ダンディ執事

 リーシャが同居人となり少し経ち、俺の朝のルーティンには1つ項目が増えた。


「行くわよ、《炎槍ゲイグ》!」

「ふんっ!」

 

 迫りくる炎の槍を素手ではたき落とす。


「《雷衝ライ!》」

「きゃ!」


 俺の雷魔法がリーシャを襲い、捌ききれずに身体を痺れさせた。その隙を使い、一気に距離を詰めながら別の魔法を発動させる。


「《創造クリエイトソード》」


 魔法により生み出された剣で首元を捉えた。リーシャは両手を上げて降参ポーズをとる。


 最近は速度の速い雷魔法とオリジナル魔法を組み合わせてみている。やはり属性魔法が使えた方が付随効果を相手に与えられるから何かと便利だと考えたからだ。

 

「降参よ…。は~、あんた無茶苦茶じゃない?なんで素手で魔法を弾けるのよ」

「素手じゃない。魔力を纏わせているんだ」

「簡単に言うわね~。そんな一瞬で魔力を纏うなんて無理よ」

「戦闘中はずっと纏わせておけよ。ダメージも通りにくくなるぞ」


 俺は基本的に魔力を常に身体中で循環させている。こうすることで身体の基本性能を底上げすることができているし、打たれ強くもなる。


「そんなことできるの? 集中力が持たないわよ」

「現にできてるだろ」


 もちろん俺も最初からできた訳じゃない。魔力を練るのだって集中力が必要だ。


 魔力を扱えることに気付いてから、俺はずっと魔力を練ることしかしてこなかった。というより魔法を知らないからそれしかできなかったんだが。それがこうして自然に魔力を纏うことに繋がっている。


 リーシャとの朝練は毎日行っている。俺に負けているのがよっぽど悔しいのか、早朝の瞑想まで真似してくるから朝のルーティンは二人で行うことが習慣になりつつある。


 ジイさんが起きて来てからは魔法の教室が開かれているが、俺はほとんど参加することは無く、気ままに過ごしている。基本的な魔法理論は頭に入っているから、自分の練習時間に充てたいのだ。


 リーシャが来て少し騒がしくはなったが、思ったよりも悪くはないなと思い始めている自分がいる。自分一人で練習し、誰にも言うことなく、使うこともないと思っていた魔法を一緒に学べる仲間がいるということに少しだけ充実感を感じてしまっているのかもしれない。


(駄目だな。こんなんじゃヒューゴやミリアに会いに行けない)


 自分のしなくちゃいけないことを忘れるな。ここで力を付けて賢者も世界八翼オクトセラフも皆殺しにするんだ。楽しみなんて必要無い。


「魔法書でも読むか」


 リーシャを残していつものデッキに向かい腰を下ろそうという時に人の気配に気づいた。


「こんにちは」


 声をかけてきたのはやけに背筋の伸びた姿勢のいい初老の男。森に似合わないピシッとした服を着て髪は撫でつけ後ろに流している。あれはスーツってやつか? この距離になるまで気配を悟らせなかったという事実が俺の警戒心を高める。


「なんだお前」

「いや失敬、私はレジナルド・ストラットンと申します。クロム侯爵家の執事長を務めております」

「執事? 執事が何の用だ? 働き口なら無いぞ」

「いえいえ、私は既に素晴らしい主の下で働かせていただけていまして、大変充実した毎日を過ごせておりますのでお気遣いは不要でございます」

「気遣ったつもりはない」

「おや、これまた失敬、早とちりしてしまいましたな」


 なんだこいつ。変な奴だな。


「そんな殺気を立てずに。私はお嬢様をお迎えに上がったのです」

「お嬢様?」

「はい、クロム家のご子女、リーシャ・クロム様でございます。こちらにおいででは?」


 変な奴ではあるが、嘘をついている雰囲気もない。まあ実はリーシャを狙う刺客であいつを殺しに来たとかだったら面白くはあるが、多分本当に家の人間なんだろう。

 

 あいついいとこのお嬢だとは思っていたが、侯爵家の人間かよ。


「リーシャか、あいつなら裏にいるぜ?」

「ああ、やはり。ご丁寧にありがとうございます。このまま裏手に周っても?」

「好きにしろ。さっさと連れて帰ってくれ」


 では、とレジナルドと名乗った男は足音も立てずに歩いていった。


 この世界の執事は皆ああなのか? 結構強そうだぞ。


 男が消えて直ぐにリーシャの声が聞こえてきた。


「だから帰らないってば!」


 あいつ本当に声がでかいな。


「私を連れ帰りたかったらお父様でも引っ張ってくることね!」


 ジイさんとも少しばかり会話をしている様子だが、結局は諦めて帰るようだ。もっと粘れよ。


 気配が近づいてくる。


「お隣、よいですかな?」

「好きにしろ」


 俺の承諾を待って、デッキに座る。俺が地べたに胡座をかいているからか、レジナルドも地べたに座った。高そうなスーツで地べたに正座はなんだか違和感を覚えるな。


「振られてしまいました」


 好きにしろとは言ったが、会話をするとは言ってない。俺は無視して本の文字に目を走らせる。


「元より今日は連れ帰る気などなかったのです。様子を見てくるよう旦那様に命じられて来たに過ぎません。あ、負け惜しみではありませんよ? 本当ですから」


 何故か少し楽しそうに話すレジナルド。


「元気なお嬢様を見ることができて安心しました。最近はとてもつまらなそうに学園へ通われていましたから」

「興味ないな」

「分かっています。ダンディな執事が独り言を言っているだけですから」


 うっざ。ダンディな執事は自分のことをダンディとは言わん。


「お嬢様は侯爵家のご子女ですから、学園でも多くのご学友の方々に囲まれておりました。ここでは師と言えども老人と、無愛想な少年しかおりません」

「いや、俺もいるぞ」


 寧ろ無愛想な少年なんていない。


「こちらに来て10日程度でしょう。それでもとても充実した様子でした。共に歩む人とはやはり量ではなくて質なのですなぁ」

「勝手に共に歩ませるな。一時的な同居人にすぎん」

「はっはっは、分かっておりますとも」


 セレストリアの人間なんかと一緒に歩むなんて死んでもゴメンだ。


「1年後、旦那様とお迎えに参ります。それまでどうかお嬢様をお願い致します」

「嫌なこった」

「ありがとうございます。そろそろ帰らないとお叱りを受けてしまいますので、名残惜しいですがこれにて失礼させていただきます」


 こいつ言葉が通じないのか?


「最後にお名前をお伺いしても?」

「…ノアだ」

「ありがとうございます。それではノア殿、また会いましょう」


 そう言って森の中へ消えて行った。あいつは1人で来たのか? 街までの距離は数日と聞いている。ご苦労なこった。

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