得意の定義

 翌朝も日の出前からルーティンをこなしているとリーシャがやって来た。


「アンタ、毎朝こんな時間からそれやってるの?」


 取り敢えず無視。


「ちょっと、無視しないでよ」

「またぶっ飛ばしてやろうか?」

「なっ!あんたねぇ!…まぁいいわ、勝手にするから」


 そう言って隣に座り、同じ様に瞑想を始めた。


「私ね、魔法を教わるならヘイゲン様しかいないと思ってるの」

「…」


 何やら1人で話しだした。


「昔、まだ小さい時よ、一度だけヘイゲン様の魔法を見たことがあるわ。その時思ったの、魔法ってこんなに綺麗なんだって。魔法自体もそうだけど、何て言うのかしら、変に力まずに自然体だった。思わず見惚れたわ」


 だから私はここに来たのと、聞いてもない事を喋っている。


 俺はジイさんの魔法しか見たことがないから、あれが基準になっている。あれが高レベルだと言うのであれば、魔法を学び始めるのには贅沢な環境なのかもしれない。


「自慢じゃないけど、学校じゃ私は1番なの」

「自慢だろ」


 自慢じゃないけどという枕詞がつく話で自慢話じゃないことなんてない。


「いいえ、違うわ、本当に。周りのレベルが低いだけよ。その低いレベルの中での1番なんて何の意味もないし、それでも無意識に優越感に浸ってしまう自分が嫌で…逃げ出してきたの」


 村で鶏口牛後という言葉を聞いたことがある。強い組織で後ろにいるよりも、自分が頭になれる組織にいた方がいいと言う意味だ。


 彼女は今まさに鶏口にいるのだろう。それを態々手放して、更に自分を高めようとしているのだ。


 好感が持てる考えではある。


 まあ小さい村でのんびり暮らしていた俺には鶏口も牛後も関係なかったが。


「笑わないのね」 

「笑うところがないからな」

  

 田舎者の自覚はあるが、成長しようと藻掻く奴を笑う趣味はない。


「ふーん。…まあ今日のテストで才能無しと言われたら、大人しく今の環境で悦に入ることにするわ」


 鶏口を選ぶと言うことだ。それはそれで賢い生き方なんだろう。

 

「今のうちに荷物は纏めておけよ」

「言ってなさい。逆にあんたを追い出してやるわ」


 ジイさんが起きてきて朝食を終えたら、早速リーシャの魔法を見ることになった。


 この家は森の中にポツンと存在しており、周囲の木だけ切り倒してはいるが街道からは道が繋がっていない。そもそも結構森の深い位置にあるようだ。


 玄関扉を開けるとデッキになっていて、椅子が一脚置いてある。俺が朝の瞑想をしているのがここだ。


 家の前には庭というかちょっとした畑があり、そこで日頃食べる野菜を育てている。畑の周りには一応囲いがされているが、そう言えば魔獣とかが来たことはないな。


 さて、今俺達がいるのは家の裏手。ここは20メートル四方に切り開かれていて、魔法の試し打ちやらはこのスペースでしている。元々家には結界が張ってあるから被害がでることもない。 


「リーシャよ、お主の噂は聞いておるぞ。流石はクロム家の子女と言うべきか。しかし、今日はそんな事は抜きにしてワシの目でしっかり見極めるからの」

「臨むことろです。寧ろそれでないと意味がない」


 俺はベンチに座り、10メートルくらい距離を取って向かい合う2人を眺めている。


 正直に言うとリーシャのことは気になっている。


 同じ年代の、優秀と言われる人間がどのくらいの力量なのか。


 ジイさんの言う「才能がある」とはどのレベルなのか。


 場合によっては俺なんかゴミみたいなもので、復讐なんか出来る訳ないということを理解させられるかもしれない。


 まあそれでも止める気はないが。


「それじゃあ、一番得意な魔法を見せてもらおうかの。ああ、周囲への被害とかは気にせんでもよい」

「はい!」


 両手を突き出すと彼女の体よりも大きな魔法陣が現れ、ゆっくりと魔力が通っていく。なかなか扱いが難しそうだ。


「《焔獣の怒りガイラ・ゲイラ》」


 魔法名を唱え魔法陣から出てきたのは、黄色い炎で創られた体高3メートルはあろうかという巨大な四足の獣。


「行けっ!」


 腹の底に響く唸り声を上げて、炎の獣はジイさんへと飛びかかった。


「ふむ」


 ジイさんは1つ頷くと言葉を放つ。


「《羅生門らしょうもん》」


 地面から総毛立つような気配の門が突如として出現し、開いた扉の中から無数の黒い腕が伸びて獣を捉える。


 獣は抵抗を試みるも大地にガラス質の爪痕を残して消えていった。


 鈍い音を立てて扉がしまり、ズズズと地面へ還って行く。


 エッグ!なんだよあの扉は…鳥肌が治まらん。ジジイあんなのも使えるのかよ。


「そんな…簡単に…」

 

 しんと静まり帰る場。


「火属性の上級魔法じゃな。見事な魔法ではあったが…ノアよ、お主はどう感じた?思ったまま言ってみよ」 

「そうだなぁ、今のが得意な魔法ってんなら帰った方がいいな。発動までに10回は殺せてる」

「なっ!なんですって!? ヘイゲン様、あいつの意見なんて関係ないのでは!?」


 まあ確かに俺の意見は関係ないわな。言って損した。


「リーシャよ、ワシも同じ意見なのじゃ。それにのお主にとってはショックかもしれぬが、今のお主とノアとの間には確かな差がある」

「そんなの信じられません」

「…ノア、今の魔法は初見じゃろうが…使えるか?」 

「はあ?やらせる気か?」

「できんのか?」

「カッチーン、やってやるわ!ちょっと待て!」

「初見でできる訳がありません!」 

「まあ見ておれ」


 出来るか出来ないかで言われればできる…はずだ。


 時間をかけてくれたお陰で魔法陣はじっくり見えた。なんとなくの構成は理解できているか?…うん、分かるな。


 魔力量も足りそうだが、これにこんな使う必要あるか?


 そのまま使うのも芸が無いし、ちょっとアレンジしてやろう。こんなに魔力使うならもっとガッツリと…。


 よし。


「行くぜ? 《焔獣の怒りガイラ・ゲイラ》」


 一瞬で発現したそれは、リーシャの出した四足の獣よりも一回り小さい獣。しかし、その色は白い。


 元の魔法は大きさに魔力を振っていたが、俺のは温度に全ツッパしてやった。


 グツグツと獣の足元の地面は沸騰している。


「…なにあれ…?」

「ジジイ、覚悟はいいか?」

「まじかお主…」


 ジイさんは再度あの不気味な門を出現させる。


 中から腕が出てくるが、超高温かつ小さくなったお陰でスピードも上がり、ブチブチと引き千切りながら門を破壊しようと攻撃を仕掛けさせる。


「オラオラ!行けや!」

「ぬぅ!」


 ジイさんも本気になったのか、出てくる腕が太く、多くなった。


 遂に絡め取られて、俺の獣はリーシャのそれと同じ様に引き摺り込まれて姿を消した。


「あー!まじかよ!駄目か!」

「相変わらずとんでもない事をしよる…」


 畜生、また負けた。まじでこのジイさんを殺せる日はいつになるのか。


 今の攻防で地面は高温に泡立っている。


 しまった、暑い。


「理解できたか?これが今のお主とノアとの差じゃ」

「…はい、分かりました。いえ、正直に言うと差は…分かりません。……荷物を纏めて来ます」


 めっちゃ落ち込むリーシャ。


 よし!かーえーれ!かーえーれ!


「これこれ、待つのじゃ。誰も不合格とは言っとらんわい。今のはお主の位置を理解させる為の事。差を知り、それでも立ち向かう覚悟はあるか?」


「はい!…元より自分の限界を超えたくて来ました。壁がある方が燃える質ですので」


 ふぉっふぉっと笑うジイさん。おい、引き止めるなよ!

 

「リーシャ、お主は今いくつになったかの?」

「14です」

「14か…。14歳で上級魔法を使えることがどれ程に卓越した事であるか分かっておるか? 安心せい、お主には確かに才はある。ワシが鍛えてやろう」

「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!ベルマ様に二言はございませんよね!?もう弟子になりましたからね!?」


 ……俺の必死の帰れコールは敗北したらしい。こんなの居たところで邪魔なだけだと思うんだがなあ。まあ飯を作るらしいから、家政婦くらいに思って割り切るか。

 

「しかし、じゃ。ノアの言ったことで、ワシも気になったことがある。ワシは魔法と言ったはず。なぜあの魔法を選択した?」

「……質問の意味が分かりかねます」

「ワシが見たかったのはお主が放てる最大威力の魔法ではないし、最高難易度の魔法でもない。一番時間をかけて練習し、呼吸と同じレベルで使うことの出来る、一番好きな魔法じゃ」


 はっとしたように目を見開くリーシャ。


 そう、俺もそれは気になった。得意な魔法とは最も練度の高い魔法のことだと思って見ていたら、発動まで時間はかかるし何の変哲も無いただの魔法。


 あんなに時間かけてたら、対面での勝負なら発動までに死んでいるだろ。まあ後方からの魔法支援ならある程度の役には立つかもしれないけど。


「申し訳ありませんでした。そうですね、ヘイゲン様に対して高難易度の魔法を放つなど無意味な事でした」

「うむ。さて、もう一度見せてくれるかの。魔法を」

「はいっ!」


 再度対面する2人。


「行きます!」


 声と同時に炎の鞭が高速でジイさんを捉え、パリンという何度も聞いた音が鳴り砂埃が舞う。 


「おお」


 思わず声が出てしまった。


 今のは中々凄い。無名唱だ。


 無名唱による魔法の発動はめちゃくちゃ難しい。発動のイメージを完全に体に染み込ませる必要があるからだ。それは単純に効果のイメージはもちろん、その範囲や速度、使う魔力量などまで含めてである。こればっかりはいくら本を読んで理解できても体に馴染んでいないと不可能だ。


 高々魔法名の1ワードと思うかもしれないが、不思議なことに言葉をトリガーに使うのと使わないのでは天と地ほどの差がある。そして魔法名を唱えることは確実に相手に自分の手を曝すことになる。


 一応は俺もできる。いや、できないことはない魔法がある、くらいの話で、時間をかけて丁寧にイメージすれば発動はできるのだ。でもそんなもの無名唱の意味が無い。


 つまり、リーシャの見せた無名唱での魔法行使は称賛に値するものだということ。


「今のは初級魔法の《火鞭クラハ》じゃな。素晴らしい魔法じゃったぞ」

「はい!私が一番好きで練習している魔法です。ヘイゲン様には防がれてしまいましたが…」

「防げぬような魔法を使えるのであれば、ワシから教えることは無いからのう。無名唱なぞノアでもできん芸当じゃ」

「……できるぞ」

「お主が無名唱魔法を発動するまでに、ワシなら10回は殺せるがの」


 ほっほっほと笑うジイさん。


 勝ち誇った顔を向けるリーシャ。


 ぐぬぬぬぬ!


「よろしくね、ノア!」

「嫌だね。俺は俺で勝手にやる。お前は飯でも作ってろ」

「……あんたは雑草でも食べてなさい」

「あん?飯作るんとちゃうんか?」

「誰があんたのも作るっていったのよ」

 

 早速バチバチと火花を散らす。


「今日の昼から早速作ってもらおうかのう」

「任せてくださいヘイゲン様」

「おかしくね?」

 

 新入りの癖に生意気だなこいつ。

 

「師弟関係となったんじゃ。ヘイゲン様などという他人行儀な呼び方ではなく、マーロックさんと呼んでおくれ」

「分かりました、マーロックさん」

「ということじゃ、すまんのノア。お主の飯はお主で作るんじゃな」


 こうして同居人が増えることになった。


 俺の生活を邪魔しなければ関係ないか。


 でも無名唱は本気で悔しいし、そう言えばジイさんも防御に使う結界魔法は無名唱だったな。


 そう考えると、無名唱というのは実力者の証なのかもしれない。リーシャを実力者と認めるのは業腹だが。


 魔法の開発もいいけど、早めに使いやすく俺の戦い方に馴染む魔法を作って練習する必要があるな。


 ちなみに余談だが、リーシャの料理の腕前はお粗末なものだった。お粗末というかあれは最早料理ではない。


 ジイさんに出された料理を見て、俺の分を作られなくて本当によかったと思った程。


 直ぐにジイさんは料理当番を解任し、当分は横について手伝いをさせるみたいだ。


 ざまあみろクソジジイ!

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