五月蝿い女

 レステラ王国の王都メイヴンは華の都と呼ばれ、世界でも有数の大都市である。街は綺麗に整備され、地面は魔動車が走りやすい様に石畳が敷かれている。


 今日も大凡500万にも登る人々が忙しなく働いている。


 メイヴンは王城を中心にしてまず堀があり、その外側に貴族街といわれるエリアが広がっている。貴族街は基本的に爵位を持つ者のみが居住を許され、また行政から許可を受けた商会のみが店を構えることを許される。


 そんな貴族街のとある屋敷。


「見つかったか?」


 書斎の主が焦げ茶色の重厚感のあるデスク越しに声をかける。


「申し訳ありません。大方の方向は分っておりますが、まだ姿を捉えることはできておりません」


 初老の男は謝罪の言葉を述べはするが、その様子は状況を楽しんでいる様子。

 

「はぁ、あいつには本当に困ったものだ」


「我々の情報網から一時的にでも抜け出したのです、流石は旦那様のご子女といったところですな。素直に成長を喜ぶことも大切でございましょう」

「お前がそう甘やかすから、あんなにも我儘に育つのだ」

「おや、心外ですな。私のせいではないでしょう」


 はぁ〜、と再び長い溜め息をつく男。その様子からはこれまでにも娘の我儘に振り回されてきた苦労が伺える。


「まあいい、それで向かった方向は?」

「はい、西の門からリーシャ様らしき人物が出て行ったとの情報です」

「西か、ああ、西にはあの御方がおられるか。……レジナルド、お前が行け」

「私が? お言葉ですが旦那様、私は執事長ですぞ。他に適任がいるのでは?」

「主人の決定に異を唱えるなよ。……先ずは様子を見てくるだけでいい。どうせ直ぐには帰らんだろうからな」


 娘を取り巻く今の環境については報告があがってきていた。


 高位の貴族とは言え彼も子を思う親の一人である。出来る限り子の望みを叶えてやりたい。しかし、自主性を重んじるだけでなく、ある程度の導きは必要であるとも考える、そんなタイプの親だ。

 

「承知致しました。直ぐに行って参ります」

「頼んだぞ。学長へも連絡がいるな。全く世話の焼けるやつだ。ああ、ちょっと待て」


 机の上のペンを取った。サラサラと手紙を書き、蝋で封をして執事長へと手渡す。


「あの御方へ渡してくれ」 

「ほほっ、やはり一番甘いのは旦那様ですな」

「煩い、さっさと行け」


 ニヤケ顔で部屋を後にする執事を辟易しながら見送った。


「いつの世も子は親の心を知らんことは変わらんな」


 男は心配と愛情の混じった目を、窓の外への遠い空へと向けた。

 

 

 ***


 爺さんの家に住み着いてから2ヶ月がたった。魔法の習得はすこぶる順調であり、最近は並行してオリジナル魔法の開発にも着手している。


 オリジナル魔法と言っても、どちらかと言うと魔法と言うより魔術に近いものだ。


 遠距離から広範囲を殲滅できる魔法も魅力的だが、強者との戦いを想定するなら近距離で消費魔力を抑えた魔法が理想だと思う。


 そこで目を付けたのが魔力の硬質化だ。ジイさんとの戦いで思い付きで試した魔力で殴るという使い方。あれが出来るのであれば、応用を効かせて色々と出来そうだ。


 魔力に硬度を与える発想は結界魔法に近いかもしれない。俺が考えて作る魔法ではあるが、多分他にもやってるやつはいるだろう。


 そんな事を考えならがら、早朝の日課である瞑想アンド魔力操作の練習を庭先で行っている。


 俺は日の出の時間が好きだ。徐々に太陽の光が差し込んで、朝の霧が晴れていく感じが、頭の中を整理するのに凄くいい。


 魔力の操作に集中しているようで、考え事に集中しているようで、何にも没頭していない。全てが意識することなく息をするように自然と行われている感覚。


 そんな心地よい感覚に身を任せていると、森の先から人の気配がする。


 今まで訪問者なんぞいなかったが、爺さんは偶に本やら何やら持ってくる人がいると言っていたな。


 近づいてくる気配は、徐々にその姿を表した。


「あ〜、やっと着いたー!!」


 現れたのは、背中まである金色の髪に木の葉やら小枝やらを引っ付け、高価そうな衣服に身を包んだ少女。


 あれは爺さんへの物資配達ではないだろうな。


 服は所々破れており、大きな瞳も半分ほど閉じている。そんなお疲れな様子ではあるが、金髪に反射する朝日はキラキラと輝いて眩しい。


「あのお爺さん、なんでこんな山奥に住んでるわけ!?  一言文句言ってやらないと気が済まないわ!」


 声も大きく、放つオーラとも呼ぶべき存在感が大きい、というか五月蝿い奴だ。


 ズンズンと地面を踏みしめて此方へとやってくる。


「うわっ!誰アンタ!?」


 やっと俺に気付いたようで、大袈裟に声を上げる。俺は今瞑想中だからこんな事に心を惑わされてはいけない。

 

「……」

「ちょっと!聞こえてるんでしょ? あんたよあんた!」


 心を鎮めろ。どんな時も平常心を保ち、殺意を隠し、自然体でいなければ何千万という人間を殺すことはできないはずだ。心を殺せ。


「おいコラ!無視すんじゃないわよ!」


 眼の前まで来た少女は、あぐらをかく俺の頭をスパーンと叩いた。


 ブチッ


「よし、先ずはお前からに決めた」


 俺はスッと立ち上がり少女を見下ろす。


「な、なによ…」


 長い睫毛は少し吊りがちな瞳によく合い、幼さを残しながら女性としての美しさを醸し出す。


 まあ知ったことじゃないが。


「《創造クリエイト巨兵の右腕タイタンズ・ライト》」


 魔法名をトリガーに俺の背後に魔法陣が出現し、巨大な拳が少女に向かって振るわれる。


 その刹那の時間、拳が少女に当たる寸前で結界を割る感覚が伝わってきた。

 

「にゃ、へぶっ!」


 それでも拳は止まらずに少女をやって来た森へと吹き飛ばした。


「チッ、ジジイ、邪魔すんなよ」

「これ!騒がしいと思って起きてみれば、いきなり女の子に向かって何ということを」


 俺の魔法と少女の間に出現した防御結界は、爺さんの魔法だ。あの一瞬で威力をまあまあ殺されてしまった。まだまだ発動までの時間が長いな。


「アイツが邪魔してきたんだ」

「それにしてはやり過ぎじゃぞ」

「どうせ殺すんだ。関係ないだろ」


 俺は朝のルーティンを再開する。

 

「初対面の女の子を殴り飛ばすなぞあり得んじゃろ……。ホレ、お主が運んでこんか、飯抜きにするぞ」


 それは困るな。


 爺さんと俺は何かと飯当番を押し付け合っている。それはどちらも飯を作るのが嫌いだからだ。隠居なんだから飯くらい張り切って作りやがれ。


「全く面倒な奴だ」

「自業自得じゃ」


 丁度腹も減ってきたしな。切り上げて拾いに行くか。


 森へと入ると、直ぐに木にぶつかって気を失っている少女を見つけた。


 伸びてはいるが息はありそうだ。

 

 よく見るとこいつスカートなんて履いてやがるのか。森から来たのに全然準備がなってないじゃないか。


 それは衝撃で捲れており、中身が露わになって……。


「なにっ!? セレストリアの女はこんな下着を履いてるのか!?」


 なぜ下着ごときにこんなに凝った裁縫が施されてるんだ!?


 これは……見てもいいものなのか?


 いや、装飾されているということは見られることを前提に作られている?


 つまりこの女は俺にパンツを見て欲しがっている? 


「……ド変態じゃねーか……」


 いや、落ち着こう、こいつは俺に対して“誰?“と聞いた。つまりこいつは爺さんを訪ねて来たわけだ。


 「……爺さんにパンツを見せに来た……のか?」


 いかんな、こんな布切れ一枚ごときに心を乱されてしまった。


 取り敢えず飯を食うために運ぶか。


 家まで運んでソファの上に投げ捨てる。


「これ、もっと大事に扱わんか。可哀想に、可愛い顔までボロボロじゃないか」

「自業自得だ」


 爺さんは回復魔法をかける。


 みるみる傷が塞がっていくが、意識は戻らない。


「まあ少し寝れば大丈夫じゃろう」


 俺は2日もかかったのに、こいつは少し寝れば回復するのか。俺はどれだけ瀕死だったんだ。


 同時に自分の魔法の弱さを再認識させられる。


 これじゃまだ爺さんには勝てないな。


 夕方になり本を読んでいると少女が目を覚ました。


「うっ、痛たたたっ。あれ?ここは?」

「おや、目を覚ましたかね」

「ヘイゲン様!?……あれ? 私は変な男にやられて……、あー!あいつ!」


 五月蝿いなホント。


「ヘイゲン様!あいつヤバい奴なんです!」

「分かっておる、落ち着きなさいリーシャ」


 誰がヤバい奴だ!お前の方がヤバいわ!


 少女はリーシャというらしい。やり取り的に爺さんの知り合いなのか。


「すみません。取り乱しました」

「よいよい。ところでリーシャよ、そなたどうしてこんな所まで?一人かの?」

「そうでした」


 コホンと1つ咳払いをする。


「ヘイゲン様にお願いがあり、一人で参りました。このリーシャ・クロムに魔法の手解きをしていただきたく……簡潔に言うなら弟子にしていただきたく参りました」

「ふむ、弟子とな。ワシはもう弟子は取っておらんのじゃ。遥々出向いてもらって申し訳ないが、期待に沿えそうにはないのう」


 弟子となるとここに住んだりするのか? それだけは勘弁だ。爺さんナイス!

 

「そんな!確かに今は弟子をお取りになっていないことは存じていました!でもそこをどうかお願いします!」


 食い下がるリーシャ。


「そう言われてものぅ。こればかりは曲げるつもりはないんじゃ。今日は泊まっていってもよい、明日街まで送っていこう」

「嫌です!お言葉ですが、その男はどうなんですか?弟子ではなくて!?」


 爺さんがはっとしたようにこちらを見て首を傾げる。

 

「……ノアよ、お主はワシの弟子なのか?」

「は?んなわけねーだろ。誰がこんなジジイに教えを請うかよ」

「うーむ、でも確かに魔法を教えてやったこともあるのう」

「あんなもん魔法打ち合ってただけだろうが!」 


 確かに、一番最初は見るだけ見てもらったぞ?でもあれは魔法というものがこれで合っているかの確認なだけだ!


 あんなの道を聞いたくらいのもんだろ!


「ほら!やっぱり!……ヘイゲン様、あれは紛うことなき弟子ポジションの人間です。であれば1人も2人も変わらないはずです!」

「うーむ、そうじゃのう」


 おいジジイ!言い包められるな!追い返せ!

 

「お願いします!私なら……料理、そう料理や身の回りのお世話も致します!」

「おい!それは卑怯だろう!」

「アンタは黙ってて!」


 爺さんは腕を組んで考えている。


 考えるなジジイ!心で感じろ!そいつは要らない!

 

「わかった、よかろう」

「ホントですか!?」


 ホントかよ!?

 

「但し条件がある。ワシも魔法使いの端くれ、魔法の力量を見てからじゃ。厳しいようじゃが、才能無しと判断したら大人しく帰ること」

「分かりました!ありがとうございます!!」


 礼を言うのはまだ早いだろう。


 才能無しとなれば帰されるのだ。


 さっさと帰れ。


 今日は身体を休め、明日の朝にリーシャの魔法を見ることになった。 

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