老人の独白

 ノアという坊主には驚かされてばかりじゃ。


 家にやって来てから、1ヶ月程の間はずっと書斎から本を運んではワシのお気に入りの椅子に座って読み続けておった。飯当番を何度も何度もすっぽかし、折角決めた家事の分担も意味がなかった。


 とりわけ熱を入れて読んでいたのは魔法に関する書物。基礎的な指南書から応用的な実践書、更には研究者が読むレベルの論文まで読み終えた。


 文字を追って読むだけならできる者もおるじゃろう。論文なぞ何度も読み返して少しずつ理解するもの。しかし此奴はどうやら理解までしている様子。実際に質問の内容は理解の先にある議論とも呼べるものじゃった。


 歳を聞くとまだ14歳だという。


 ワシは傑物の誕生に携わってしまったのかもしれん。


 ワシも昔から周囲の人間に天才だと言われてきた。当然尻から血が出るほどの努力をしてきたから、ある程度の自負もある。しかし、自分が14歳の時に、果たしてノアと同等の議論ができたであろうか。いや、無理じゃ。


 魔法は頭で理解するだけでは成立しないと言われている。それは魔法陣に魔力を流す感覚や、自身の魔力操作レベルで発動できる魔法、魔力をいかにロスなく魔法陣へと伝達できるか(魔力伝導率)は、実際に魔法を発動してみないことには理解できないから。


 それは耳が聞こえぬ者が言葉を達者に話せぬのと同じこと。聞こえぬのだから、自分が正しい発音、発声が出来ているか分からぬ。例え喉の仕組み、舌の動きを書で読み理解していたとしても難しいだろう。


 それをまるで魔法を発動したことがあるかの様に話すなどペテン師か、筆舌に尽くせぬ才能の持ち主か。後者であれば、それは世界の翼と呼ばれる人智を越えた……。


 まあ実際に魔法を使う様を見てみれば分かるか。


 ……


 ……と考えておったが、まさか、まさか本当に……。


 あれは先日初めて魔法を使うからと、朝も早うに叩き起こされた時のこと。


 あろうことが眠気眼を擦るワシに水魔法で水をぶっかけよった。


 あり得るか?初めて魔法を使うのじゃぞ?それはもう感動的なことのはず。


 ワシも未だにハッキリとあの興奮を覚えておる。あの胸の高鳴りを、自分の可能性を、世界の面白さを知ったあの瞬間を覚えておる。繰り返し夢で追体験する程に。


 それを、ただ老いぼれのジジイの眠気を覚ます為に、初めての魔法を!!あり得ん!!


 しかもその後は風魔法での乾燥!


 ただの風ではない、温風じゃ!


 2度目の魔法で温風じゃぞ!?


 わかるか?この異常性が!?


 風魔法は通常この世界に溢れる空気を扱うもの。つまり、その魔法陣には温度という要素は含まれていない。


 温度を扱うのは応用魔法。ただの魔法行使にもう一つ別のベクトルの陣を組み込む必要がある。氷魔法が応用属性と呼ばれるのもこれが理由。ただ水を生むのとは別次元の難易度となる。


 それを2度目で使いおった。


 もうホント訳がわからん。


 その後も色々試して意見を求められた。まだまだ荒削りではあるが、尋常ではない速度でどんどんワシの知識と経験を吸収していく。


 誠末恐ろしい。


 ……

 

 ただ、1つ、此奴はこのセレストリアの敵となり得る存在。


 世界の事を想うのであれば、今この瞬間、まだワシの手が届く今この時に……殺すべきなのかもしれん。


 だが未来あるこの少年を、その野望のみを理由に断罪することは、ワシには出来ん。 


 ……いや、正直に言おう!ワシは見たいのじゃ!魔法の深淵を!


 ノアがそれに足る存在なのかは分からぬ。分かりようがなかろう。そもそも深淵なぞ在るのかすら分からぬ。


 それでも期待してしまう。この老いぼれに、世界の誰も辿り着けていない魔の果てを見せてくれるのではと。


 セレストリアで最初に出逢ったのがワシとは、運命とは本当に恐ろしいものよ。


 いや、偶然と呼ぶには出来すぎているとすら感じる。


 これは神の思し召しなのか、それとも悪魔の謀略なのか。


 悪魔との契約には相応の対価が必要とされている。


 悪魔の謀略だとすると、ワシが払う対価とは……。


 ……少し思考が飛躍し過ぎたかの。歳を取ると感情のコントロールが出来んくなってくるわい。


 今はただ、純粋にノアという少年に出会えた事を感謝しつつ、ただ見守るのみ。


 答えはいずれ、嫌でも知ることとなろう。 

 

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