初めての魔法

 爺さんの家で厄介になることに決めた俺は、取り敢えず色んな本を読ませてもらうことにした。


 ディストルムには本というものが殆ど存在しなかったから正直これだけでもここにいる価値がある。あちらでは精々村の権力者の家に数冊程度あればいい方だっただろう。俺は村長であるダンケルさんの家に住まわせて貰っていたため少しは読んだことがあるが。


 爺さんの家には色々な本がある。小難しい政治的なものもあれば、昔のお偉いさんの伝記や娯楽物語的なものまで、壁一面が本棚だ。なんでも偶に爺さんを訪ねてくる人がいて、お土産として食べ物やらと一緒に置いていくのだとか。

 

 怪我の具合は、体中の骨がボッキボキだったが2日寝たら完全回復した。爺さんの回復魔法は上級ということで、ワシがいなかったら死んでたと喚いていたが、そもそも爺さんがいなかったら怪我もしていないから感謝なぞするわきゃない。


 怪我が治っても暫くは本の虫になった。中にはくだらないものも混ざってはいたが、セレストリアについての知識を吸収できたし、何より単純に面白かったのだ。セレストリアとディストルムで使われている文字が一緒だったのが幸いだ。


 中でも興味深かったのが魔法についての指南書と魔物についての本だ。魔法と言えば今まで俺がしていたことは、どうやら魔力を練って使う初歩の魔術であり、魔法とは別物だということに衝撃を受けた。ここでは魔術とは属性を持たない魔力行使であり、魔法とは火や水といった属性を持つ魔力行使のことを指すらしい。魔法の指南書は寝食を忘れて読み耽ったほどだ。というか今も現在進行系で読み耽っている。


 魔物についてだが、セレストリアには魔力を持つ”魔物“と呼ばれる生き物がいるらしい。魔物は魔石を体内に宿しており、これをお金と交換してくれる交換所という組織があるんだそうだ。俺が遭遇していた豚や牛は、害獣ではなく魔物だったということ。ちなみに害獣という括りは無い。


「ノアよ、今日の飯当番はお主じゃろう? ワシ腹減ったんじゃが、まだなーんもしとらんように見えるぞ?」

「待て待て、今いいところなんだ」


 住まわせてもらっているからには家事の分担をしようという事にもなった。今日は俺が飯当番なんだが、今読んでいる本が面白すぎてそれどころではない。


「そうやって前も結局飯抜きになったではないか。成長期なんじゃから飯を食わんと大きくなれんぞ」

「親の様なことを言うな。俺の身体だ、俺の好きにする」

「いや、ワシの飯も無いんじゃが……」


まったく煩いジジイだ。

 

「なあ爺さん、魔術と魔法は区別されてるんじゃないのか? この本によるとどちらも同じだと書いてあるが」

「……いきなりじゃな。まあよいか。そうじゃなぁ、古典魔術論に拠ればどちらも同じものじゃ。優れた魔法使いが発動工程を短縮するために、魔法陣というものを開発したのじゃ。その魔法陣を通る魔力は自動的に属性を持つように設計されるのが普通で、それを魔法と呼ぶようになった」

「なるほど、魔法陣は使う魔力量も一定になってるのか?」

「一般に出回っている魔法陣はそうじゃな」

「つまり殆どの魔法は誰が発動しても同じ結果になるのか。つまらんな」

「甘いのう。魔法陣はその仕組みまで理解して始めて発動できるもの。簡単に発動できるのは初級魔法くらいなもんじゃ」


 魔法は初級、中級、上級、特級に分かれており、複雑さや発動に必要な魔力が桁違いに上がっていく。


「優秀な魔法使いは独自の魔法を発明しておる。というより、オリジナル魔法を発明して始めて優秀と呼ばれると言った方が正しい」

「優秀な奴は皆特級魔法まで使えるものなのか?」

「いや、それとこれとは別じゃな。特級魔法には魔力量が必ず関係し、それは生まれ持った資質に大きく左右される。故に、より少ない魔力で特級と同じ様な効果を生む魔法を編み出す天才もおる。そういう輩は総じて優秀な魔法使いじゃ」


 確かに、同じ効果を得られるのであれば少ない魔力でできた方がいいな。


 属性は基本属性と呼ばれる火、水、土、風の4属性と、応用属性と呼ばれる氷、雷、光、闇の4属性。それに特殊属性と呼ばれる空間、幻惑、結界の3属性の合わせて11種類で構成されている。


 オリジナル魔法になると、属性の組み合わせとかも出てくるため一括りには出来ないものもあるのだとか。


 詳しくは聞くつもりも無いが、爺さんが使った魔法もオリジナルなんじゃないかと思う。


「ちなみにじゃが、基本属性の特級魔法を一属性でも使えるようになれば、国から星の勲章が与えられるぞ。勲章を持つ人間は、魔導士と呼ばれ爵位さえ与えられる。4つの星全てを持つ4つ星魔導士は賢者と讃えられておる」

「賢者か。この国にはどのくらいいるんだ?」

「今のレステラには6人の賢者がおるはずじゃ」

「6人か、意外と少ないんだな」

「それだけ難しいということじゃ」


 6人の賢者に世界八翼オクトセラフか。なかなか倒し概のありそうなやつがいるな。


 パタンと読み終わった本を閉じる。


「よし、爺さん、魔法の試し打ちに付き合ってくれ」

「え、嫌じゃ。ワシは飯を食うんじゃ!まずは飯を作れ!」


 こうして俺と爺さんの魔法の特訓が始まった。


***


 俺は早朝から爺さんを叩き起こして外に連れ出した。


「勘弁してくれんか、ワシは朝が弱いんじゃ。自然に起きるまで寝ていたい派なんじゃ」

「まだ寝てるのか?俺が起こしてやろう《水球スーイ》」


 爺さんの真上に水の塊を生み出し、そのまま落としてやる。

 

「はい?」


 びしょ濡れになる爺さん。絵面的に気持ち悪いな。


 温風で乾かしてやるか。


「《送風ナーファ》」


 風に靡く爺さんへ数分そのまま風を当ててやる。わりかし乾いたかな。


「え?ナニコレ?」


 生乾きの爺さんは言葉を失っている。


「何って魔法だよ。濡れて壊れちまったか?」

「いやいやいや、お主魔法なんて使えんかったよな?」

「本の読んでただろ?」


 あんなにも丁寧に説明してくれているんだ、読んだらできるようになるに決まっている。


「確かに読んどった。読んどったが……そんな簡単に出来てたまるか!」


 煩いジジイだな!


「今日は色々と教えてもらいたい事があるんだ。ちょっと付き合ってくれ」

「はあ、まあよかろう。ただし条件がある」

「……なんだ?」


 急に目つきが真剣になる爺さん。

 

「今日の飯当番を代われ」

「な、なんだと?」

「聞こえなんだか?……飯当番を代われと言ったのじゃ」


 いや、聞こえてる。聞こえてるが、それは余りにも代償が大きくないか?


「嫌ならいいんじゃぞ? 1人で思う存分試すがよい」

「ちっ、わかった。今日だけだからな」

「ほっほっほ」


 ホント嫌なジジイだ。朝に連れ出したことを相当根にもってるな?


 たが、それなら俺にも考えがある。

 

「代わってやるんだ、死ぬまで扱き使ってやる」

「覚えたての魔法で何ができる?」

「ようし、戦争だ。構えろジジイ」


 こうして爺さんとの命を賭した戦争、もとい初めての魔法の授業が始まった。

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