ありふれた爺
「
辺りに氷の結晶が舞う。
(創造魔法:
義眼の内部で魔法を発動し、身体を一回り大きい不可視の悪魔で覆う。
「
弾ける氷の刃は
俺の義眼には魔法がストックされている。数ヵ月の研究の結果、俺は義眼に魔法を溜めておくことに成功した。現在のストック上限は5つ。
元々の”魔法の増幅”の研究からの副次的な効果としてこのストックに至った訳だが、主研究に付随する形で思わぬ利点もいくつかあった。
その最たるものが、
通常魔法の発動に魔法陣の展開は必須であり、一目見ただけで発動する魔法を悟られてしまう可能性がある。
しかし、義眼の内部で展開することで相手に悟られずに魔法の発動が可能となるのだ。しかも魔法陣への魔力供給は常に行われているため、タイムロス無しに打てる。
右目を失った時は喪失感もあったが、ぶっちゃけお釣りが来るレベルで義眼の改良は上手くいってるな。
「回避……とは違いますね。それは……何ですか?」
「手の内を明かしたら面白くないだろ?」
当然義眼と同時並行で魔法の研究も行っていた。オリジナルの
アリスからは魔法陣も魔法自体も見えないから、さぞやり辛いだろう。
「……さて、そろそろ終いにしよう。今日は俺が飯当番なんだ」
瞬時にアリスの背後へ走って移動。すれ違いざまに剣を拝借し、背後から首筋へとそれを当てる。
「ほい、俺の勝ちってことで。付いてこい負け犬」
「なっ……」
剣を放り、驚くアリスを置いて家へと戻った。
あ〜、やっぱ腕に力が入らんな。飯当番どうしよう。アリスにやらせるか。
その後、遅れて戻って来たアリスに例のメイド服を着させ、晩飯を作らせた。ジイさんと付き人が絶句していたが、本人は意外にも乗り気でニコニコと気味の悪いあの笑顔で飯を作っていた。
アリスはリーシャと違い料理の心得も有るようで運ばれてきた飯は美味く、男臭い飯しか食わないジイさんも結果的には泣いて喜んだ。
***
「お祖父様、お世話になりました。とても楽しい一時でした」
次の朝、アリス達はさっさと帰り支度を整える。
「もう帰るのか…。もっと泊まっていってもいいんじゃぞ?」
爺さんは名残惜しそうに引き止めにかかる。
「もっと滞在したいのは山々なのですが、申し訳ありません、学園での予定もありますので」
「そうか〜、また寂しくなるのう」
ホントにこのジジイはなんでこんな森の中に引き籠もっているんだか。寂しいなら家族の下へ戻ればいいものを。
「ノア様もありがとうございました。貴重な経験が出来ました」
「飯、美味かった」
「まあ!王都にいらした際は是非エリオット家へお越しくださいね。聞かせて頂きたいお話も沢山御座いますし、精一杯おもてなしさせていただきます」
王都か。人が多いという意味では、村を焼いた魔法使いがいる可能性が一番高い場所だな。
「ところで、ノア様は何時までお祖父様の下で修行を?」
「そうだな、直に冬になる。冬が終わる頃に出るつもりだ」
「ぬ?そうなのか?」
義眼の改良も一段落した。あとは冬の間に戦える身体作りをがむしゃらにやるだけだ。
「冬が終わったらということでしたら大学へ通われてはいかがですか? 王都メイヴンには王国内でも最高峰の教育機関が揃っています。実は私も来年の春からその内の一つ、メイヴン王立大学へ通う予定なのです」
「ほう、それはいい考えかもしれぬな」
「大学か……」
大学がどういう場所なのかは知っている。興味が無い訳じゃないが、これ以上学問に更けるつもりはない。
「はい。考えておいてくださいね」
最後まで笑みを絶やさずに、アリスは帰っていった。
「ノアよ、大学の話じゃが、真剣に考えてみたらどうじゃ?」
「俺が行くと思うか?」
爺さんは俺の目的もその動機も知っている。
「無理にとは言わんが、今しか出来んことも多い。復讐はそれからでもよかろう」
「良し悪しを決めるのは俺だ。あんたが口を出すな」
「魔法を学ぶ云々よりも、お主には経験すべき事があるように思うがのう」
爺さんのことだ、仲間との生活とか人との触れ合いとかそんな事が言いたいんだろう。
「……くだらない」
本当に。くだらない。
***
ノアの気持ちは痛い程によう分かる。
彼奴とは何度も同じ言い合いをしてきた。
セレストリアの人間に家族同然の仲間達を皆殺しにされたんじゃ。
さぞ憎かろう。さぞ悲しかろう。
しかし、言い方は悪いが
文化のレベルが上がり、平和になりつつあるこの世界でも、まだまだ戦争は起きておるし、盗賊などに村ごと焼かれることもある。世界的には禁止になってはいるが、そういったルートから裏で奴隷として飼われ嫐られる人間もおる。そういった人間は死ぬより辛い目にあうことも多い。
だから我慢しろなどと言うつもりは無いが、学舎で学び、都会で暮らすことで歴史や文化に触れる機会もあろう。そうすればこのセレストリアでも自分と同じ悲劇に苦しむ人間がいると分かる筈じゃ。
ノアは賢く、何より強い。
明らかに常人とは別の格を持つ人間。
義眼の能力によって、既にワシと同等……いや、それ以上の力を得ているかもしれん。
正しく世界の翼となり得る存在。
それをただの悲劇の中の復讐で幕を引かせるのは実に惜しい。
ノアを正しく導くことがワシの使命。
これは所詮ワシのエゴなのかもしれんが……。
……とまあ色々と格だの使命だのとも考えたが、単純に下らぬ事で言い合う友として、魔法を教える弟子として、共に暮らす家族として、平和な世の中を精一杯生きて欲しいという、そんな想いの方が今は強いが。
人は良くも悪くも人との出会いで変わる。ワシもノアとの出会いで変わったのかの。前はもっと“優れた魔法師を育て上げること”に執着していた。
でも今は只の爺になっておるのかもしれん。己の夢を若者に託す、ありふれた爺に。
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