賭け

「……いかがでしょうか?」


 長い沈黙に痺れを切らしてアリスが問う。

 

「ああ、すまん、考えてたんだ。……そうだな、お前の案でいく。先ずは村を襲った魔法使いを探す」


無表情なその瞳孔が確かに開いた。

 

「では早速大学入学の手続きをしなくてはいけませんね」

「なんでだよ」

「情報を集めるには大学が一番良いと思いまして。それにこの国で1番人口の多い場所は王都です。であれば件の魔法使いがいる可能性が1番高いのは王都です」


 身を乗り出し、早口で捲し立てるアリスの顔面をアイアンクローで抑える。


「落ち着け。確かに大学には多くの情報が集まるだろう。でもそこに俺の求める物があるとは限らん。態々大学に通うのは金と時間の無駄だ」

「いえ、私が無駄にはさせません」

「はあ?何いってんだホントに……」


 コイツの意図がわからない。


「なんでそこまで大学に通わせたいんだ?」

「……その方が楽しそうだからです」

「お前の為かよ」


 なぜ俺がアリスを楽しませにゃならんのだ。


「他で楽しみを見出だせよ。なんで俺に拘る?」


 そう、こいつは俺に拘っているように思う。2回しか会ったことない俺に。


「それは……、私も登場人物になりたいのです。ノア様が往かれる物語の」


 俺の物語?


「私は自身の身を捧げる物語を探していました。私はただの傍観者として終わりたくはないのです。ちゃんと名前のあるキャラクターとして生を全うしたいのです」

「俺なんていつ死ぬか分からんような輩だぞ?」

「それならそれで諦めます。でも、ノア様は世界を変える存在になると、私の直感が言っています」

「世界を変える? 俺はそんな気さらさら無いな。拘るのはいいが勝手に期待して勝手に失望するなよ」


 復讐さえ終えたらさっさと死のうとまで考えている人間が世界を変える訳ないだろ。


「いいのです。これは私の賭けみたいなものですから」

「あっそ……、好きにしろ」


 はい、と何処となく嬉しそうに返事をする。


「そういえば1つ、ノア様のお話には明らかに可怪しい点があります」

「可怪しい点?」


 どれだ?熊の肉球は香ばしい匂いがするって話か?それともクシャミを止めるツボが鼻の下にあるって話か?


「はい。断罪の聖壁ムルス・ダムナを越えることは不可能な筈なのです」

「あん?なぜ?普通に行き来できてるが」

「あの結界は魔力を持たない者は内から外へ移動できず、魔力を持つ者は外から内へ移動できないと言われています。事実、私も結界まで行ったことはありますが、その中へは入れませんでした。私がノア様をディストルム人だと確信しきれなかった要因もこれです」


 確かに考えてみれば、もし外から内へ入れたとすると、下らない考えを持つ魔法使いが内へきて悪さをしていくだろう。


 例え法や思想で縛ったとしても、イレギュラーは必ず発生する。


 なぜ俺は素通りできているのか……。


「いや、待てよ、俺だけじゃない」

「そうです。魔法使いもまた、内と外を移動しているのです」

「どうやって?」

「……分かりません。その辺りの情報を探ることで犯人の手がかりになると考えています」

 

 俺と犯人共に共通点があるのか、それとも全く別の理由で行き来が可能になっているのか。

 

「ですから、大学へ行きましょう」

「……現実問題として、俺には金が無い」

「冥峰で得た魔核などがあるのでは?」 

「……あるにはあるが……」


 如何せん相場が分からん。とりあえず色んな魔物の魔核を持ってきたが、あそこの魔物はデカいんだ。置いてきたのもあるし、そこまで多く持って帰って来たわけじゃない。


「大丈夫です。冥峰の魔物の魔核であれば、恐らくは数年分の学費くらいにはなるはずです」


 そう、大学は4年制だ。年齢はまちまちだが、基本的には17歳から20歳までの4年を過ごすことになる。別に必ず卒業しなきゃいけない訳じゃないから、構わないっちゃ構わないんだが……。


 アリスの圧が凄い。


「はぁ……、分かった。そこまで言うなら賭けをしよう」

「賭けですか?」

「ああ、お前が勝ったら俺は大学に行く。俺が勝ったら大学は行かない」

「……いいですね、乗りました」


 僅かな逡巡を挟んで承諾するアリス。

 

 リーシャとの勝負には賭けもあった。だが俺は一度も負けること無く苦汁を飲ませ続けてやった。


 このお嬢様にも運力の違いを見せつけてやろう。 


「賭けの内容は決めていいぜ」

「そうですね……、では明日の朝、お祖父様がナイトキャップを被ったままダイニングに来られるか、脱いで来られるか、というのはどうです?」

「……いいだろう」

「ではノア様からお選び下さい」


 ……勝った……。

 

 爺さんのナイトキャップには法則がある。


 爺さんは週に2回、日曜と木曜にキャップを洗濯するため被ったままダイニングに来るのだ。


 今日は水曜日。アリスは2日前に家に来たと言っていた。つまり月曜に来たということ。その法則は知るまい。


「決めた、被って来る」

  

 俺は内心ほくそ笑みながら、悩むフリをして答える。


「よろしいのですか?」


 惑わす様に問いかけるアリス。


 そんな揺さぶりには惑わされないぜ?


 おっと、顔がニヤけそうだ。


「ああ、問題な……」


 ……いや待て。何故アリスはこのお題を選んだ?


 昨日も今日も爺さんはキャップを脱いで起きてきた筈だ。にも関わらずまるで“被って起きてくることを知っている”かのようなこの出題。


 ……なにか仕込んでるか?


 ……だが賭けを提案したのは俺だ。


 いや、考えすぎだな。迷った時はシンプルな方が案外真実だったりするもんだ。


 以前からここに通っているアリスはキャップを被ってダイニングに来るところを見たとこがあるだけだろう。


 ……

 

 なんて浅はかな考え、俺はしないぜ?


 ゴホン。

 

「やっぱり“脱いで来る”にする」


 俺はな、そんじょそこらの野郎とはオツムのデキが違うんだよ。


 爺さんのナイトキャップなんてものは、賭けの対象にするには余りにも不自然だ。そんなものこの世の全ての人間が微塵も興味を持たない。


 つまりアリスは“明日は例外的にキャップを脱いでくる”ことを知っていて、このお題をチョイスしたんだろう。


 例えば、既に今日アリスの付き人が洗濯しているところを見ていた、とか。


 人が泊まりに来ればそのくらいのイレギュラーは発生してもおかしくない。


 はははっ、読み切ったぞ、アリス。


「分かりました。では私は“被って来る”になりますね。明日の朝が楽しみです」

「ああ、そうだな。負けても泣くなよ」

「ご心配には及びません。それではノア様もお疲れでしょうからこれで失礼致します。お休みなさいませ」


 微笑を携えてアリスは部屋から出ていった。


 さて、俺も寝ることにするか。


 春が来たら大学には行かずとも、アリスの言う通り王都で情報を集めるべきだな。


 明日からは持ち帰った素材の活用方法も考えないといけない。

 

 久々のベッドは心地よく、直ぐに眠りへと誘われた。

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