星暦祭篇

メイヴン王立大学

 メイヴン王立大学はなにも魔法だけを学ぶ場所ではない。様々な天才と呼ばれる人間が集い、研鑽し、世界に羽ばたく場所である。


 それ故に、この大学は3の学科に分かれている。


 1つは「一般科」。


 ここは一言で言えば色んな物事を学ぶ科である。法、経済、社会、商い、歴史、文学と、様々な講師を呼んで幅広い授業が行われる。生徒は自身の興味ある分野の講義を受けて単位を取得していく。


 1つは「魔法技術科」。


 通称「魔技科」。魔法技師とは生活の中で使われる魔法や魔法具の研究や製作を学ぶ科である。魔法は生活の至る所に使われており、移動、建築、通信、武器などこちらも学べる範囲は広い。


 そして最後に「魔法科」。


 魔法科は魔法技術科とは違い、魔法そのものの研究を行う科である。魔法科で魔法が研究され、魔技科でその活用方法が研究される、というのが両者の位置付けだ。


 それぞれの科は指定の範囲の講義の中から規定の単位を取得する必要があるが、他の科の講義を受けることは禁止されていないし、大学側は寧ろ推奨している。様々な視点から学びを得ることで、固定観念に囚われない研究をしてほしいという方針だ。実際に科を跨いで共同で研究された例もある。


 一学年の生徒数は、一般科が500人、魔技科が300人、魔法科が200人の合計1000人だ。メイヴン王立大学は王国内最高峰の大学で、他国からの留学生も多い。様々な国から様々な位の人間が集まるため、爵位や貧富の差などによる待遇差が出ないよう配慮されており、生徒間の差別も厳しく取り締まられている。


「……って、聞いておるのか?」

「ああ、……問題ない」


 俺は今、件のメイヴン王立大学の学長室のソファに座り紅茶を飲んでいる。


 生まれて初めて飲む濃いめのオレンジ色をした謎の飲み物は、香り高くコクがあり、爽やかな味の中には僅かな渋みを含んでいる。


 最初は恐る恐る口をつけたものの、二口目からは舌と鼻で味わう様に、じっくりと堪能した。

 

「……そんなに美味そうに茶を飲む人間は初めて見たわい。もう一杯飲むか?」 

「お、気が利くな、頼む」


 長い白色の口髭を蓄えた老人は、側に控える秘書の女にお代りの指示を出した。


 この老人がこの大学の長、フリッツ・ボッシュその人だ。


 身に纏う黒いローブの胸元には四つの星が輝いている。つまりこいつも賢者と言うこと。


「マーロックの奴から聞いた通り、変なやつじゃなお主」

「こんな美味い茶は初めてなんだ。少しぐらい楽しませてくれ」

「……今どういう状況か分かっておるか?」

「美味い茶と美味い菓子に舌鼓を打っている」


 添えられた菓子も絶品である。是非とも作り方を教わりたい。


「いや、王立大学の学長が態々時間を割いて、自ら大学の説明をしてやっとるんじゃが……」

「爺さんも食うか?」

「……爺さん……」


 俺が何故こんなところにいるのか、その理由は単純で、アリスとの賭けに負けたからだ。


 ジジイがナイトキャップを被ってダイニングにやってきた時の、アイツの憎たらしい顔を俺は忘れない。


 賭けに負けたものの、入学試験は既に終わっていたらしく、なんじゃそりゃと思ったのだが、アリスのお願いによって爺さんから学長へ文が出されることになったのだ。


 爺さんとこの学長は古くからの友人らしく、特別に試験を行い能力を確認した上での判断、という条件付きで入学を認められることになった。


 試験は昨日、午前に筆記、午後に実技が行われ、今日結果の報告ということで再度呼び出された訳だ。


 ちなみに受けたのは魔法科の試験。アリスも魔法科だから別にしようかとも考えたが、どうせ入るならやはり魔法を研究したいから魔法科にした。

 

「まあよいわ。長い説明も鬱陶しかろう。そうじゃ、お主の順位じゃが、実際の実力は置いておいて、特例での合格じゃし最下位にしておくからの」

「順位なんてどうでもいい」

「それと、マーロックからの紹介とは言え学内では特別扱いせん。問題を起こすようなら容赦なく退学にするからの、問題は起こしてくれるなよ?」

「任せろ、こうしてジジイのお喋りにも付き合ってやれるくらいには懐は深いつもりだ」

「……ワシの懐の深さに感謝せい。ホント心配なんじゃが……」


 実際不用意に絡まれない限り問題無い筈だ。俺は基本的に図書室に籠もるつもりだからな。


「ほれ、規則や手引はここに入れておいた。ちゃんと読んでおくんじゃぞ?」


 ポンと封筒が渡された。中には書類と冊子が入っている。


「お主、住むところは確保できておるのか?」

「大丈夫だ。アリスの伝で安く借家を借りれた」

「エリオット家か。であれば心配なかろう」


 最初はエリオット家の空き部屋を貸してやると言われたが、断固拒否した。瞑想や読書の時間を邪魔されたくないしな。


「それでは、話は以上じゃ」

「名残惜しいな……」

「……帰りに茶葉を持たせてやってくれ」

「おお!話の分かる爺さんだ」

 

 呆れ顔のフリッツが立ち上がると、秘書が俺を部屋の外へと誘導する。


「お主がこのメイヴン王立大学で良き友に、良き師に、良き本に出逢うことを祈っとる」


 扉の前で立ち止まり考える。俺は大学に行く理由を爺さんに話した。このフリッツは俺の目的を知っているのか。


 知っていて今の言葉を吐いたのだろうか。


 ……まあそこまで深く関わる人物でもないし、どちらでもいいか。


 後ろ手を振り、学長室を後にした。


 …………


 ……


 校門を潜り振り返ると正面に見える古めかしい建物が1号棟と呼ばれるものだ。ベージュの石を加工し積み上げて作られたこの3階建ての建物は、正面入口を中心に左右50メートルほど広がっており、かなり大きい。さらに左右はコの字に折れて奥にそれぞれ50メートルほど続き、多くの教室や図書室、食堂なんかも入っている。ブロック式だかモロッコ式だかそんな名前の有名な建築様式なんだとか。


 正面入口はホールになっていて、そのまま奥の庭園に続いている。学生たちはここで食事を取ったり本を読んだりしているようだ。


 さらに庭園の奥にはドーム状の建造物があり、ここで入学式や卒業式が行われるという。正確な名称は忘れたが、生徒間では“式場”と呼ばれているらしい。


 ここまでが約200年前に建てられた部分だ。


 棟は全部で5つある。その内授業で使われるのは3つで、残りの2つは研究室やサークル活動に使われる。


 また大学の裏手、式場を越えた先には運動場が2つ用意されており、スポーツ活動も行われている。申請すれば魔法の試打なんかも行えるらしい。


 ちなみに図書室は1号棟の右翼の3階に位置しており、その全てが本で埋め尽くされている。


 それと、校門から1号館までの約100メートル四方の空間も庭園となっており、全体を通して気合の入った造りとなっている。


 学長室を出てから秘書にざっと中を案内してもらったが、どこぞの建築家の作品だの庭園の名前だのと説明が多く1時間以上のツアーとなった。


 詰まらない時間だったが、紅茶と菓子を貰ったから良しとしてやろう。


 時間は昼を回ったところ。


「さて、昼飯でも食ってから街の散策でもするか」

「お供致しますね」


 ……


 何か聞こえたが無視して歩き出す。


「無事入学を認められた様で安心しました」


 取ってある宿はここから歩いて15分程。1階が食堂になっており、なかなか美味い料理を出すのだ。


「王都の散策であれば私がご案内します」


 ちなみに部屋はベッドと机が置いてあるだけの質素なものだが、不思議と居心地がいい。


「そう言えば、借家の鍵は既に受け取られましたか?」


 あ、しまった、借家の鍵を受取り忘れていたな。思い出してよかった。明日からは借家での生活となるため、散策序に必要な物を揃えるか。


「生活雑貨のお店もリストアップしていますのでお任せください」


 ……


 半歩後ろを歩くアリスに目をやると、ニッコリと笑顔を返された。


「こえーよお前。え?俺声に出てたか?」

「いえ、当然の流れかと思いまして。まだ鍵を受け取っていらっしゃらないことは不動産屋に聞いてましたので」


 確かにエリオット家縁の不動産屋だが、一々動向を把握されてるみたいでキモイ。


「ふふっ、まるでデートの様ですね」

「護衛連れてデートなんてナンセンスだろ」


 そう、当たり前だがアリスには護衛が付いている。爺さんの家にも来てた女だ。


「両手に花じゃないですか。ねえセシア?」


 護衛兼侍女の女はセシアという。


「え〜、私は遠慮しときます。タイプじゃないです」


 そう、こいつはこんな奴なんだ。生意気で歯に衣着せぬ物言いをする。アリスはセシアを気に入っており、信頼している。アリスの裏の顔を知る数少ない人間の1人だ。

 

「あらそう?じゃあ私の独り占めですねっ」

「おい、やめろ」


 身を寄せるアリス。


「そうですアリス様。変な病気にかかりますよ」

「俺はバイキンか!」


 生粋か計算か、どちらにせよ自由な振る舞いをするセシアのことは俺も好ましく思う。


「なんですか?ジロジロ見て、狙ってるんですか?ごめんなさい、彼氏いるんで」

「ノア様、振られてしまいましたね」


 前言撤回、鬱陶しい奴だ。


 飯を食った後もこの調子でやんやんと言い合いながら、散策しながら買い物をすることになった。


「そう言えば、魔核の買取価格は満足のいくものでしたか?」

「そうだな、デカいのは手元に残したんだが、それでも5つで300万ちょっとってとこだな。1つ100万のがあったから、それだけ売っておいた」


 ジャラジャラと金を持っているより、拳より少し大きい魔核を持ち運ぶ方が楽だから、必要な時に換金することにした。

 

「思ったよりも安価なのですね」


 300万ユロルなんてアリスにとっちゃ端金だろうが、この国の一般的な収入がこのくらいらしい。


 1回ベルナに行けば1年分の収入になると思えばお得に思えるが、チップが命になる訳で、釣り合っているかは分からんな。


 既に支払ったのが1年分の学費70万ユロル。


「雑貨は庶民的な店で頼むぜ?」

「承知しています」


 贅沢な暮らしをするつもりはないし、借家の家賃は毎月3万ユロルだから、暫くはもつだろう。

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