人間の尊厳

 昼過ぎの温かい日差しで目を覚ます。


 周りを見渡せば焼けた家々と皆の墓。


 ああ、夢じゃなかった。本当に皆死んだんだな。


 現実を受け止められずにしばらくボーっとしていると、激しい頭痛と吐き気に襲われた。


「なんだコレ、ヤバいな……」


 フラフラと足取りも覚束ない。


 というか地面で寝てたから身体がバキバキだ。


 とりあえず井戸水で顔を洗う序に、鱈腹飲んでおく。


「これが噂の二日酔いか? オエッ……酒は二度と飲まん」


 決意を胸に自分の格好を改めて認識する。


「はぁ〜、水浴びして着替えるか」


 血と涙と汗と泥とゲロに塗れた服は、凄まじい悪臭を放っている。


「服は……どこかにはあるか?」


 どうせ誰もいないから素っ裸で焼けていない家を探す。なんだか火事場泥棒みたいで気が引けるが、今は有り難く貰って行くことを許してほしい。


 なんとか服を調達して、これからやることを整理する。


「まずはセレストリアに行こう。それから魔法使いを片っ端からブチ殺せば仇は取れるはずだ」


 何年かかるか検討も付かないがやり遂げる。


 荷物も持った。荷物と言っても皮の袋に入っているのは水筒と火打ち石くらいだが。


 あとは……憎しみも消えていない。


 憎しみや怒りを持続することは難しいと聞いたことがある。だから毎日確認しよう。俺が何の為に生きているのかを。


 その前に広場だった場所に作った墓に別れを告げに行く。酔っ払ってはいたが、ちゃんと穴掘って遺骨を埋めるところまでした俺を誰か褒めてくれ。


 墓石の代わりに拾ってきた大きめの石を置いて墓の完成だ。


「……行くか。足跡を辿れば早いのか?」


 村にはクソ野郎共御一行のものと思われる足跡が残っているから追跡は簡単なはずだ。


 ……と思っていた時期が俺にもあった。


 森に入った段階で追跡は困難になった。俺は森の歩き方を知っている訳じゃない。特訓場までもとりあえず方角だけ決めて走っていただけだ。


「クソッ、これは完全に迷ったな……」


 まだ結界の外にも出れていない。


「取り敢えず結界の外に出よう」


 セレストリアに行かなければ話は進まない。


 そのまま一番近そうな結界面から抜けるべく移動を開始して、1時間程度で到達した。


「よっと」


 僅かな抵抗を感じるが、それだけ。どうやら結界を超えることに成功したらしい。


 結界に近づくことは禁忌であり、超えることは不可能であると言われていたから、もっと特別な何かがあるかと思っていたが、意外とあっさりしていて拍子抜けだ。


 結界の外には道が広がっている。


 なんて展開であればいいなと思っていたが、想定通り森が続いている。


 まあそうだよな。だって内側からも森見えてたし。


「まだまだ絶賛迷子って訳だ」


 そもそも行き先が分かってないから迷子もクソもないか。


 と現実逃避の為に無意味な思考に逃げていると、生き物の気配を感じた。


「これは……害獣なのか?」


 木の影から現れたのは、見たことの無い二足歩行する豚のような生き物。


 手には両刃の斧を持ち、鎧みたいな服を纏っている。


 こいつ話せるのか?


「おい、お前は魔法使いか?」


「ブルァ!!」


 ……んん?


 ダメ元で話しかけたが反応があった。

 

 反応はあったが……、会話が出来ないのか、出来ているけど滑舌が超絶悪いのか……、わからん。


「あー、言ってる意味分かるか?」


「ガァ!!」


 おっと!いきなり攻撃かよ!


「こりゃ通じてないよな?」


 怒りを顕にする豚野郎と、困惑する俺。


 よし、面倒だからやるか。


「ブルァ!」


 またも斧を振り下ろすのを躱しながら鳩尾にアッパーをかましてやると、吹き飛んで大木に激突し動かなくなった。


「何だったんだ?」


 よく見ると裸足だ。てことは俺の追ってる奴等じゃなさそうだ。


 生きてるか死んでるか知らんが、斧は貰っておこう。武器持ってきてないし。


 恨むなら村を襲った魔法使いたちを恨め。


 そのまま適当に歩いているとまたもや気配。


 出てきたのは、二足歩行の牛野郎だ。

 

「……念のために聞くけど、お前は魔法使いか?」


「モバァ!」


 違うようなので同じく鳩尾にアッパー。


 てか同じ斧持ってるけどそれ流行り?同じ斧屋で買った感じ?こんな森に斧屋があんのか?


 脳内にハテナがいっぱいだ。


 それから同じ斧を持つ馬野郎にも出会ったことで憶測は確信へと変わった。


「……よし、決めた。先ずは斧屋を探して店員に街への行き方を聞こう」


 こうして俺は森の中を数日間彷徨うことになった。



***


 今日で10日目。


 流石に疲れてきた。食料も無いため木のみやキノコ、野草で腹を紛らわせ、肉は偶見つけたウサギを食べたのみ。害獣は大概食えたものではないと相場で決まっているから口にしてない。


 幸い川を発見して飲水は確保できているが、碌な準備もせず森に入ったのは間違いだったか。


 今は結界を背にして川に沿って下流へと進んでいる。


 村を作るには川の側というのは大昔から決まっている筈。魔法使いも同じだろう。


***


 さらに20日が経った。


 腹の減りに勝てず害獣も喰らった。予想通り死ぬほど不味いが本当に死ぬよりはマシだ。

 

 途中よくないキノコを食べて超弩級の腹痛に見舞われたが、丹田スクランブルでなんとか乗り切った。こんな時には薬師のフーさんを思い出す。


 相変わらず出会うのは豚、牛、馬のアックス三兄弟が多い。それ以外には棍棒を持った緑の肌の大男やそいつよりデカいのろまな奴等は二足歩行だったから会話を試みたが失敗に終わった。


 他にもデカいトカゲやらデカい狼とも遭遇したが、会話はできなさそうだからやられる前にやってやった。なかなか強くて苦戦したがやってやった。


 ここいらの生き物は何でこうも襲いかかってくるのだろう。まさか人間が主食か?


 まずい、ひもじい食生活と疲れのせいか意識が朦朧としてきた。こんなところで俺の斧屋探しの旅を終わらせる訳にはいかない。


 ……あれ?俺の目的は斧屋探し?


 思考も纏まらなくなってきたところで、新しい気配を感じた。


 約1ヶ月の間で俺の感覚は研ぎ澄まされている。


 人間としての尊厳は汚れた衣服と共に燃やした。水筒も壊れた。


 俺に残されているのは右手の斧と左手の火打ち石のみ。


 パンツだけはデカいトカゲの皮とヒゲで作ったが、ごわごわしていてとても不快だ。


 しかし尊厳どうのと言うより、単純に俺のアレが揺れて気になるのだ。あと虫刺されが怖い。


 気配の絶ち方も探り方も、この生活で自然と身に付いた。


 息を潜めて魔力を巡らせる。


 さあ来るなら来い、野生に還ったニンゲンの恐ろしさを思い知らせてやるわ!


 ガザガザと茂みを掻き分けて現れたのは、年老いてはいるが明らかに人間だった。


 瞬間、俺は己の目的と自分のいる場所を思い出す。


 セレストリア+魔法使い=皆殺し


「おい、お前、魔法使いか?」


 びくりと驚いた様に肩を揺らす。


「んん?びっくりした。なんじゃお主は、……人間か?」

「あん?どう見てもニンゲンだろうが」


 失礼なジジイだ。確かに体も洗わず髪もバサバサでちょっぴりワイルド、略してちょいワルな感じなのは否めないが。

 

「いや、こんな場所にそんな格好でおる人間はおらんぞ」

「ごちゃごちゃ言ってねーで俺の質問に答えろよ爺さん」

「こわっ!最近の若者はキレやすいらしいからのう。質問な、いかにも、ワシは魔法使いじゃ」


 爺さんが言い終わるよりも前に全力で殺すための一撃を繰り出した。


 パリンッ

 

「ぐおっ!」


 雷槌よりも速い斧での一撃は、確かに爺さんを真っ二つにしたかに思えたが、当たる寸前で見えない壁によって勢いを殺される。


 だがそれでも残った斧圧で爺さんを吹き飛ばす。


「チッ、これが魔法か?」

「ぐ、なんという一振りじゃ。防御結界が全部割られてしもうた」


 見えない壁は結界か。


 それをまとめて破壊してからもう一撃必要だな。


 斧を地面に放り、両手を構える。


「待て待て、待つんじゃ。なんでそんなにヤル気満々まの?」

「黙れ、魔法使いは死ね」

「えー、あれかの?最近流行りのおやじ狩りってやつ?」

「最後の言葉はそれでいいか?」

「いやいや!最後の言葉が疑問形って悲しくないか?せめてアンサーを寄越せい」

「一々ツッコミがウザいジジイだ」

「心の声が漏れとる!」

「心の声じゃねえよ。身体の声だ」

「えー、せめてそういう事は心の中で言おう? しかも爺さんからジジイになっとる! とゆーか心の声の反対って身体の声なのか!?」


 ゼイゼイと肩で呼吸をするジジイ。


 頭が冷静になってくる。殺すのは確定だが、少しだけこの愉快なジジイに興味が湧いてきた。


「……」

「……え? なんで急に無言で見つめてくるんじゃ? 照れるんじゃが……」

「やっぱすぐ殺すか」


 本気で魔力を込めたぶん殴り。


 しかし、最小限の動きと空中に通した魔力の流れで軽くいなされる。


「なんだよ、やっぱ魔法使いは強いのか」


 ただ魔力を込めただけだと意味がなさそうだ。


 これまでの害獣達とはレベルの違う、ちゃんと思考する強敵。


 俺はこの爺さんを殺しきれるだろうか。


 しっかりと村人全員分の殺意を込めて、この愉快な老人を無惨な肉塊に変えることで達成感を味わえるだろうか。


 一度目を閉じてヒューゴとミリスの最後を思い出す。


 大丈夫、彼らの悔しさは俺の中で生きている。


 息を吐いて目を開ける。


 さあ、恨みがあるから死んでくれ爺さん。

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