揺れる炎
「……うそ……だろ?」
森を抜けた先にあったのは焼けて崩れていく家々だ。
パチパチと鳴る音は、複数の家が同時に燃えることで耳障りなくらい大きな音となっている。
村の中央広場まで走ってみると、そこには並んで首を刎ねられたであろう大勢の村人だったものが転がっている。
「オゥエ!」
その中には村長であるダンケルさんの頭もあった。
なんだよこれ、なんだよこれ!!
そうだ!ミリスのヒューゴは!?
広場の死体を確認していくが二人の死体は見つからない。
「ミリース!ヒューゴー!!」
二人以外にも思いつく限りの知り合いの名前を呼びながら走るが、返事は来ない。
「はあ、はあ、くそっ、家の方か……?」
ミリスの家にいるかもしれない。
家を焼く炎が空気を熱し、肺が焼けそうに熱い。
ミリスの家に着く。姿はない。
裏手に回ってみるとヒューゴが地べたに座り樽に背を預けて血を流している。
「ヒューゴ!おい!大丈夫か!!」
「ノ、ア君……」
「どうした!? 何があった!? 今手当してやる」
ヒューゴの腹や胸には複数の刺し傷と切り傷が付けられており、血が止めどなく溢れている。
左腕は肘から下が無い。
こんなのどう手当すればいいか分からない……。
「ご…めん、ごめん、魔法、使いが……、ごめん、ゴホッ」
「あああ、ヤバい、血が止まらない!」
「ごめん、ノア、ごめん、ミ……リスちゃんを、守れなかった」
そうだ!ミリス!近くにいるのか!?
「ミリスはどこだ!?ヒューゴ!おい!ヒューゴ!」
「ごめん、ごめん、ご……ん……」
ふとヒューゴの体から力が抜ける。
死んだ。目の前で、生まれた時からずっと一緒だった友が死んだ。
「うわあああああ!!」
底知れない恐怖が全身を駆け抜ける。
「……ミリスはどこだ?」
数秒間だろう、ヒューゴの死体を見つめて呆然としていた俺は、ふと我に返った。
ミリスを探さなくては。
と、ヒューゴの後ろの樽が目に入った。
なぜ彼はこの場で切られて死んだのか。
まるで樽を守るように。
樽にはおびただしい量の血が付着している。
これは全てヒューゴの血なのか。
「頼む、ほんとに、お願いだ」
祈る思いで樽の蓋に手を掛ける。
駄目だ、これを開けてしまうと俺が俺でなくなる気がする。
だが開けない訳にはいかないだろ。
手に力が入らない。
「くそ!くそ!動け!頼む、やめてくれ」
自分でも何を言っているか分からない。
震える手で懸命に、決して開けたくないその蓋を開けると、そこには
…………ははっ。
なんでだよ。
俺たちが何したって言うんだ。
さっきまで一緒に畑仕事をしてたじゃないか。
「オエッ!」
また吐き気が襲ってきた。さっきも吐いてもう胃の中には何も入ってない筈なのに、それでも吐くのを止められない。
……どのくらい時間が経っただろうか。後悔、憎悪、憤怒、悲痛、色んな感情から止まらなかった涙も枯れた。
家々を焼く炎の灯りで気付かなかったが、空を見れば既に星が輝いている。
今はあの星さえ憎い。見てるなら助けてくれればよかったなのに。
……魔法を極めたら生き返らせることができるだろうか。
「魔法使い……」
ヒューゴが言った魔法使いという言葉。
実際に村には見慣れない靴跡が複数あった。
「……見つけ出して殺してやる……必ず」
絶対に一人残らず殺してやる。
ディストルムに魔法使いはいない。となればそいつ等はセレストリアから来たんだろう。
俺のすべき事は決まった。
だが、まずは村の皆をちゃんと送ってやろう。
樽の中で息絶えている桃色の髪の少女を抱き上げる。綺麗だった髪には血糊がベッタリと付いてしまっている。
身体は驚く程に軽くなっていた。血抜きをした獣と同じく、大量の血液が流れでてしまったんだろう。樽のそこには少女の血が溜まっている。
ああ、本当に悔しい。俺がもっと早く帰ってきていれば、結果は変わったかもしれない。
いや、皆の運命が変わらなくても、俺も一緒に殺してもらえたかもしれない。寧ろ今からでも家のナイフで自害したほうが皆と一緒のところに行けるかもしれない。
そんな負の感情がまた湧き上がってくる。
「駄目だ、俺はまだ死なない」
ミリスを横抱きに抱える。皆を村の広場まで運んでやろう。
「すぐ戻るから待っていてくれ、ヒューゴ」
ミリスを抱えて広場まで歩く途中、さっきは気付かなかったが、剣で切られた者以外にも、焼かれて殺された者もいるし、弾け飛んだであろう死体もあった。剣術使いと魔法使いの両方で構成された団体なのか。
少女を横たえ、ヒューゴのところに戻る。
彼も少女を守るために奮闘したんだろう。右手に鍬を握りしめ、辺には争った形跡もある。左腕は……あった、切り飛ばされたのか近くに転がっている。
ヒューゴはミリスが好きだった。
好きな女の子を守る為に必死で戦った。
でも最後は樽の中に隠したミリスごと貫かれて殺された。
守れなかったことを、悔やんでも悔やみきれず死んだのだ。
無念だろう。憎いだろう。
「よく戦ったな、ヒューゴ。俺は本当にいい友達を持った」
家族でもない他人を守るために死ねる人間はどのくらいいるのか。
お人好しで気が弱い彼のことだ、本当に怖かったと思う。
でも窮地でその恐怖に立ち向かえる人間が友であったことが、心の底から誇らしい。
「仇は必ず取ってやる。そしたら俺もすぐ逝くからさ、また3人で畑仕事でもしようぜ」
あの世でも友と呼んでくれるだろうか。
そもそも同じところに行けない可能性も高い。
ディストルムでは火葬が一般的だ。焼かれる時に神による審判を受け、善人の魂は煙と共に空へ登り、悪人の魂は灰と共に地中へと埋められる。
俺はこの先善人ではいられないだろう。まあ、その時は偶に話題に出してくれるくらいで勘弁してやろう。
皆の遺体を広場へと運び終わるのにはまる一日かかった。
火葬は夜に行うのが習わしだから、それまでに薪になる木材を集めよう。
家はみんな焼かれてしまって使えないから、よく燃える木を伐採して運び込む。
「こんなもんでいいのか? 火葬なんて初めてだから量が分からんな」
とりあえず火を付けよう。未だ燻る家の柱を持ってきて準備完了だ。大人達に葬式の時には酔っ払いながら笑って送るもんだと教わったことを思い出したから、家の蔵にあったダンケルさん秘蔵の酒も用意した。
「さてと、みんな、本当にお別れだ!安らかに!」
思いの外火の回りはよく、結構な規模の火葬になった。
「うえ!マッズ!酒ってこんなに不味いのかよ!」
しかも喉が焼けるように熱い!
だが今日は皆の分も俺が飲もう!
この日、俺は酒の恐ろしさを痛感した。この酒はチビチビ飲む系のやつだと知るのはかなり後になる。
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