帰れない理由
「ねぇ、何かあったの? てか、何があったの?」
私は、君にしつこく聞いた。君が、『そんな事僕だって分かってる』なんて言ったから。きっと、香葡さんと、何かあったんだろうな、って。きっと、何かしてもらったんじゃないかな? って、私の勘が、そう訴えたの。
「何にもないよ! 何にも!」
「……君は、君を分かってない」
「はい?」
君は、また、『何を言ってるんだ?』みたいな顔をした。
「君が、君一人で、香葡さんをものにできると思ってるの?」
「も、ものにって! そんな事、考えた事ないよ! 僕に出来る訳ないじゃないか!」
君は、もうそれはそれは額に汗を溜めて、両手を胸の前で、ブンブン振った。だけど、そんな事で、私が引き下がるとでも思ったの? 甘い甘い! 私は、絶対、君と、香葡さんを結び付けるって決めたの。それが、私の、『初恋』の人に出来る、精一杯のプレゼント。
最初で、最後の、『初恋』人に出来る、精一杯の、贈り物――……。
「出来るよ! 私の手にかかれば!」
「へ! 変な事しないで! 僕は、本当に、あれだけで……もごっ」
君は、慌てて口を塞いだ。私の口元が笑みを携える。
「『あれだけ』の、『あれ』って、何?」
「い、いや、な、なんでも……無いよ? 本当に。本当に」
冷や汗は、やがて、脂汗に変わったね。君は、本当に、分かり易い。
「言いなさい」
「……」
「黙ってないで、言いなさい。君はもう、俎板の鯉。私の手の平の上だよ?」
「で、でも……」
「これ以上、言わないなら、今すぐ、私が君の代わりに、香葡さんに告白してきてあげます!!」
そう言って、私は、体育館に入り込んでいこうとした。
「待って!!!」
グイッと、私の肩が脱臼するかと思うくらいの……多分、あの痴漢を捕まえた時よりずっと強く、私の腕を引っ張って、私を制止した。
「……分かったよ……。言うよ。言うから……」
もう、君は、半分泣きべそをかきそうなほど、疲れ切った顔をしていた。ちょっと性急すぎたかな? とも思ったけど、でも、君の恋を、叶えるためだ。手段を選んでいる場合ではない。とにかく、君と香葡さんの間に何があったのか、それによって、君が何故、香葡さんを好きになったのか、ちゃんと、把握しておかないといけない。
君の、恋のキューピットとしてはね。
「じゃあ、今日、終電の電車の中で、話すから……。もう、始業時間になるし……」
「うん! ……って、また終電? なんでなの?」
私は、思っていたの。君の恋も叶えたいけど、君を悩ませている『帰れない家』の問題も、何故なのか、どうして帰りたくないのか、どうしたら、帰りたくなるような家に出来るのか、それも、考えてたんだよ?
君は、どうせ知らなかっただろうけど。って言っても、知ったら、それこそ、『余計な事だ』とか、『如月には関係ない』とか、『僕にだって知られたくない事がある』とか、言われかねない。って言うか、言うでしょう? 君なら。確実に。
まぁ、それを同時進行するのは、さすがにきつそうだから、とりあえず、君の恋を応援する事を最優先にする事にしました。って、言いたいけど、私、器用だから、どっちも片づけちゃおうかな、って、思っちゃったんだよね。君には、大変、申し訳ないけど。
そして、まず、私は計画を変更した。君が、普通に家に帰って、普通の中の普通になって、そして、それから、男前になれれば…って思ったんだ。家の事情は、その時は、まだ、全然知らなかったけど、私に、怖いモノなんてない。関わりたくないものなんてない。君が、香葡さんを君の手にするには、やっぱり、君が変わらないといけない。毎日終電で帰ってるような変人に、恋する女の子は、そうはいないよ? そんなこと言えば、君は、益々、家庭の事情を話してくれなくなる気がしたから、私は、独自調査をすることにしたの。
君が、真面目に、地味に、授業を受けてるその時間、私は、マンションにいた。そして、君の部屋の前に来ていたんだ。まぁ、多少、お節介が過ぎるかとは思ったんだけど、気になりだしたら、思いついたら、やるって決めてしまったら、私は、なんでもしてしまう性格だから。
でも、ごめんね……。君の悩みが、あんな事だとは、思わなかったんだ。ただ単に、親同士が仲悪いとか、喧嘩が絶えないとか、それとも、離婚でもして、夜遅くまでお父さんか、お母さんが働いてらして、一人でいるのが辛いとか、そんなレベルの想像だった。
ポーン……。
「………………」
インターフォンからの返答はない。やはり、いないのだろうか? 私は、しばし、そこにとどまったが、諦めて、帰ろうとした。……その時だった。
キィ……。
「……ったく……誰よ……いいとこなのに……」
私は、慌てて振り返って、挨拶しようとした…んだけど、びっくりして、声が出なかった。生きてて、こんなにびっくりしたのは、初めてだった。
女の人が、もうスッケスケのネグリジェで扉を開けて、真っ赤な口紅を名一杯くちびるからはみ出して、その口元には、煙草がくわえられていて、頭はボッサボッサのパーマで、それはもう、『娼婦』そのものだった。
その姿に、驚いている私を、キツク睨みつけた女の人は、こう言った。
「あのクソの知り合い? あのクソにもそんなのがいんのね……」
「……クソって……哩玖の事?」
私は、その女に……母親に、負けないくらい、キツイ視線で睨みつけてやった。
これだったか。君が、家に帰りたくない理由。恐らく、毎晩毎晩、違う男とっかえひっかえで、朝から晩までやり通しだったんだろう。それを見たくなくて、母親に会いたくなくて、……家に、帰りたくなかったんだ。自分を……息子を、クソと呼ぶ、この女のせいで、君は、ずっと、苦しんできたんだね……。
スパ――――ンッ!!!
「!!??」
女が、くわえていた煙草を落とした。そして、私が殴った方向を向いたまま、しばらく放心状態で、少し時間が経つと、そろそろと、自分の頬に手を持ち上げて行った。そして、やっと、自分が、何をされたのか、分かったのだろう。女は、思った通り、ヒスを起こした。
「何すんのよ!! あんた!! 大体あんた誰なの!? あのクソのなんかなんだろうけど、こっちは学費も生活費も出してやってんだ!! 文句言われる筋合い無いんだよ!! それに、あんたには何の関係も無い事だろうが!! このクソガキ!!」
「うるさい!! あんたこそ相当クソだよ!! あんたがそんなんだから哩玖は毎日終電で帰ってるんだ!! 金だしゃ親ってもんじゃないんだよ!! 愛くれてやってなんぼだ!! そんな事も解んねーのに親やってんじゃねーよ!!」
「くっ……!」
少し、女が怯んだのが分かった。でも、哩玖とは、違った。その女は、腹の虫がおさまらず、私の髪の毛を引っ張ってきた。
「こんのクソガキ!! あたしの頬殴るなんて100年早いんだよ!!」
ゲシッ!!
「いっっっ!!!」
私は、頭をつかまれたまま、女の腹に、思いっきり蹴りを入れてやった。女が、玄関の扉へ倒れた。多分、私の髪の毛、30本くらい、抜けて、切れたと思う。でも、そんなの、痛くも痒くもなかった。
ちょっとだけ……、初めて、君と終電で一緒になった時、つり革につかまった左手の袖の下に、青いあざが見えた。あれは、きっと、虐待だったんだ。この女は、男垂らし込んで、君の居場所を奪っただけじゃなく、君の、心も、体も、傷つけやがったんだ!
そう思ったら、もう止まらなかった。
止まらなかった――……。
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