おいでやす

「はよー! 燈ちゃん、哩玖」


「おはようございます。杏弥さん」


「……おはよう……」


何だか、君は元気がない。どんな理由かと思ったら、それは、笑えるほど可愛い理由だったね。


「何、何すねてんの? 哩玖」


私とおんなじ感想を持ったんだろう。杏弥君が、君にそう尋ねた。


「え? いや…燈とは会ったの、昨日の今日なのに、もう燈ちゃん呼ばわりだし、僕の名前より、燈の方が先だし……、お前は、結局、僕より、燈が気に入ったんだろ?」


「「……プッ……あははははは!!!」」


私と、杏弥君は、大笑いした。そんな事で、ヤキモチ焼いて…。君は本当に可愛い。でも、嬉しかったのは、私を、杏弥君が、燈ちゃんと呼んだ事に、少し違和感を覚えてくれた事。君の中に、少しずつでも、私の存在が大きくなってるのかな? って、そんな、淡い期待を、抱いてしまったんだ……。


「な! なんだよ! 2人して! そんなに大笑いすることないだろう?」


「お前は、俺に嫉妬してんの? それとも燈ちゃんに嫉妬してるの?」


「! 嫉妬なんてしてないよ! 只……思った事……言っただけで……」


どちらにも嫉妬してる、そんな君が、愛おしかった。






「おっ邪魔しまーす!!」


「どうぞー」


「……ただいま……」


ここは、私と、君の部屋。杏弥君がどうしても来てみたいって言ったから、学校の帰りに、私は、杏弥君を誘った。君は、少し嫌そうだったけど。多分、君と私が同居してる、『愛の巣』を覗かれるのが、気恥ずかしかったんだろうね。君らしい。


ふっ……。『愛の巣』か……。それを、私が口に出していれば、君は恐れおののいて、杏弥君を部屋に入れないと思ったから、言わなかったけどね。




「へー……マジ広いんだな……」


杏弥君の第一声は、それだった。そして、第二声は……、


「奇麗に片付いてんなー……。お前らしい」


「……」


私は、思わず、言葉が出てこなかった。


なんで? なんで分ったの? この奇麗さが、私の性格じゃなくて、君の性格の賜物だって事……。


何だか、女の子として、『駄目女子』のレッテルを張られた気がして、それも、本当にそうだったから、反論も出来ないし、君だって、出来ない。私は、『はぁ……』と、溜息をいて、君は、その溜息を素早く察知して、こう言ったね。


「綺麗好きは、燈の方だよ」


君! やっぱり、良い奴じゃん!! ……と、一安心したんだけど、君と杏弥君の付き合いの長さを考えれば、そんな事、出鱈目だって、すぐにばれてしまうね。


「良いよ、君。杏弥さんは君と長い付き合いなんだから、そのくらい、分かっちゃいますよね」


「まぁな。でも、ちょっとデリカシーなかったね。ごめんね、燈ちゃん」


そう言って、杏弥君は笑った。


「あ、後、俺の事、杏弥でいいよ? こいつの事も、何か知らんけど、この人、とか呼んでるし。遠慮なしにどうぞ」


そう言って、杏弥(これから先は、これでいく)は、もう一度、にっこり笑った。


「杏弥、コーヒーと紅茶、どっちがいい?」


「何? 俺、お客様みたい!」


「一応、お客様だろ? ここ、俺だけの家じゃないし」


「いいよ、そんな二人して仰々しくならなくて。まぁ、元々私だけの部屋だった事はそうだけど、もう、ここは、君と私の…ううん。杏弥の部屋でもあるんだから」


そう言うと、杏弥は、また、私を満面の笑みで見る。なんで、そんな嬉しそうなんだろう? いちいちいちいち。……そんな事も分からなかったのは、私にとって、一生の不覚だ。


でも、聞いてしまった。分からなかったんだもん。


「ねぇ、杏弥、なんで、私の事そんなにニコニコして見るの?なんか私の顔についてる?」


「え!? 分かんない!?」


「え……まぁ……分かんないから、聞いてるんだけど……」


「うわー……。スーパーウーマンのくせに、結構抜けてるね!」


「ぬ! 抜けてる!? それは言い過ぎだよー。杏弥」


私は、頭半分怒った。いや、……大分、怒った。抜けてるなんて、この長い人生で、初めて言われた。私程、優秀で、行動力があって、何でも出来ちゃう私が抜けてる!? でも、その訳を説明されて、私は、反対に、大喜びする事になるのだけれど…。


「そんなの、当たり前でしょ? 燈ちゃんが、こいつのスーパーウーマンだからだよ! 燈ちゃんが、こいつを救ってくれたからだよ! 俺にも出来なかった、アイツを倒す……、そんな事を、やってのけた、燈ちゃんが、すんごいな、って思って、思わず感謝でにやけちまう」


「……ふっ……そっか。私はスーパーウーマンか」


「「だね」」




私たち三人は、しばらく、笑いの絶えない時間を送った。


でも、私は、その途中から、ある事に気が付いていた。


『杏弥』だ。


杏弥は、とてもとても嬉しそうに、その時間を過ごしているように、私は感じていた。本当に、本当に、心の底から、君の事をずーっと可哀想だって、助けてやりたいって、思ってくれてたんだね。だから、君を救えなかった、自分の代わりに、君を助けた私に、なんの警戒心も持たずに、接してくれたんだと思う。


じゃなくちゃ、幾らなんでも同棲と聞いて、すぐ、はいそうですか、なんて言える友達……その上、の友達なら、まず、いないはずだよ。


『また騙されてんじゃないの?』とか、『今度は金でも目的なんじゃないの?』とか、きっと、思う所があると思う。


そう、ただ単に、君が私の家に逃げて来ただけなら、ね。


でも、私は、『闘った』から。君の為に、もう、言ってしまえば、女……どころか、命捨ててでも、あの母親から、君を救おうと思った。だから、杏弥は、私を認めてくれたんだと思う。そして、迎え入れてくれたんだと思う。君の、新しい、『友達』として。



そんな、楽しい時間が少し落ち着いた頃、君がトイレに立った間に、杏弥が、私に聴いてきた。


「ねぇ、燈ちゃんて、本当は哩玖の事、好きだろ」


「うん」


「!」


「どうした? そんな驚いた顔しちゃって……」


「え…だって、朝比奈の事知ってるって……」


「知ってるよ。知ってる上に、応援してる」


「応援!? なんで!?」


「私はね、あの人が、幸せになれればそれで良いんだ。いい女ぶってるとか、背伸びしてるとか、健気な女気取ってるとか、隙あらば…とか、全然ないよ。只、只ね、その人を……好きだって気持ちは、大切にしたいんだ。『初恋』……だからね……」


「じゃあ、尚更、アタックすべきでしょ! 哩玖、今なら燈ちゃんを好きになるかも知れないよ?」


「それは、愛情じゃなくて、感謝状をくれるのと一緒。そんなの、好きでも何でもないよ。私、あの人にも言ったけど、結構頭はい良いの。入試、5位で入ったから。見る? 試験の結果表」


「あ、いや、見なくていい。でも、そんな風に思えるなんて、燈ちゃんて大人なんだね」


杏弥は、本当に目をぱちくりさせて驚いてた。


そうだよ。私は、だよ。


君たちより、ずーっとね。




そんな話を終えた頃、君がトイレから戻ってきた。


「何の話してたの?」


と、君が聞いたから、私は言ってやった。


「どうやったら、香葡さんと君が上手く行くかなぁ……って、杏弥と相談してたの」


「!! そ! そんな相談しなくていいよ!! 僕、本当に見てるだけで……良いん……だから…………」


君ぃ……、もっとうまく嘘、つけないの? 本当に分かり易いよね。


もう、香葡さんが好きで仕方ない、って顔、雰囲気、オーラ、守護霊までそう言ってる。出来れば、もっと話したい。出来れば、もっと近づきたい。出来れば、一緒にいられたら……。


そんな顔して、君は、『見てるだけで良い』なんてほざく。馬鹿だなぁ。良いんだよ? 恋はそう言うものなんだよ? 求めて求めて、求めまくるものなの。


でも、私は大丈夫なの。この恋を、成就させようなんて、最初はなっから思ってないから。


でも、一つ、変わらないのは、何度も言うけど、君が、私の…、


って事。


それだけは……どうか、離れても、忘れないで――……。

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