杏弥君への説明
―1ヶ月後―
「んー!! おいしい!! 君の作ったオムライス、本当に美味!!」
「『美味』って…なんか利きなれない言葉を使うね」
君は、そう言って笑った。でも、君の作ってくれたオムライスは、この世のものとは思えないほど、美味しかったんだ。嘘は、言ってないよ。
「でも、本当に家事全般、任せて申し訳ない!! 切腹!!」
「あはは! 大袈裟!!」
いつも、大袈裟なのは君の方のくせに。君は、終電で毎日帰っていた頃とはまるで別人の様に笑うようになった。それは、杏弥君も、認めていた。
あ、そうそう。私、杏弥君には、全てを話した方が良いよ、って、言った。だって、君の…私が現れるまで、本当にたった一人の『友達』だった杏弥君に、家を出た事や、私と一緒に暮らしている事、隠したりしたら、『友達』に失礼だって思ったからさ。
もしも、自分が杏弥君の立場だったら、もし、知らないまま、知ったら、『なんで言ってくれなかったんだ!』って、怒りたくなるもん。
「なんだよ、哩玖。こんな体育館裏に呼び出したりして。…その子、誰?」
私は、君の告白に、同行した。
「初めまして。1年3組の如月燈と言います。すみません。突然、先輩を呼び出したりして…」
「え!? もしかして、君みたいな可愛い子が俺に告白とか!?」
「………」
君の友達のわりに、杏弥君は、明るくて、友達も多くて、成績だって、君より良かった。その代わり、少し、不真面目だ。君とは、対照的に見えるのに、どうして、高校生になっても親友でいるんだろう? そんな、君にも、杏弥君にも失礼な事を私は、杏弥君の一言で、考えてしまっていた。
「…違うよ、杏弥。この人は、僕の恩人。僕を、助けてくれた人」
「え? それは朝比奈だろ?」
「うわ! 馬鹿!」
「へー。やっぱり、お二人仲よろしいんですね。香葡さんの事は、さすがの君も話してないかも…って思ってたんだけど…」
私は、独り占めしていた何かを盗られたようで、なんだか、悔しかった。変なの。
「え!? お前が、朝比奈の事、俺以外に話してたの!?」
杏弥君も、私とおんなじ気持ちだったみたい。
「彼女が…どうしても教えろって言うから…」
「そんなんで教える程、お前口軽くないだろ。てか、そんなマインドじゃねぇだろ」
「だから、それを、今から説明するよ」
「あ、おう…」
「彼女は、僕の母さんと闘ってくれたんだ」
「えぇ!? アイツと!?」
「うん。僕の為に、学校サボって、家に行ってくれて、乱闘して、傷だらけになって…」
「で?」
「…そんな事に燈を巻き込んじゃって…」
「え!?」
「え!?」
杏弥君の驚きの声に、君も驚きの声を上げた。
「お前が女を呼び捨て!? まさか、もう朝比奈はどうでもよくて、その子が本命って事!?」
「あ…や…だから…」
まーた、しどろもどろしてる…。仕方ないなぁ…。
「違います。この人が好きなのは、香葡さんです。私は、只の、同居人なので」
「えぇぇぇえええ!!?? 同居人!!?? それって同棲じゃん!!」
「杏弥!! 声がでかい!!」
君は焦りまくってた。ちょっと、笑えるくらいに。
「それも、誤解が少々あります。私が、この人のクソ…んんっ!」
私は、慌てて、咳払いをした。
「お母さんを、メッタメタにして、この人の居場所を壊してしまったので、代わりの、居場所を、あげただけです。杏弥さんも、ご存知ですよね? この人の家」
「あぁ。勿論」
「私も、そのマンションに住んでるんです。事情があって、一人暮らしで…。で、この人の周りを、ちょっとしたきっかけで、ちょろちょろしてたら、この人が毎日終電で帰ってるのを知って、何か、家庭に問題があるんだろうなって思ったんです」
「はぁ。んで? そこから、どうすれば、同棲になるんだよ」
「先ほど、この人からもお聞きになったと思いますが、私、この人を救うべく、この人の母親にしておいてはいけない、と判断した、女を、コテンパンにぶちのめしてやりました。そして、この人に、居場所を作らなきゃ、って思ったんです。じゃなきゃ、この人は、また、あの部屋に帰らないといけない。それは、絶対にはばかられました。だから、だだっ広いマンションで、一人暮らしをしている私の部屋を、この人の居場所にしたんです」
「……びっくりしたけど…お前、最近よく笑うもんな。なんか、納得の理由だわ」
そう言うと、杏弥君は、私の方に体を向き直して、こう言った。
「ありがとう。燈ちゃん…だっけ。こいつを、救ってくれて。俺は…何も出来なかったから。小学校の時から、こいつんちの家庭の事情、知ってたのに…。まぁ、小学校時代は、何も出来なくて当たり前だったかも知れないけど、大きくなっても、なんも出来ないままでさ……。もどかしかったんだよな。本心………」
杏弥君は、少し、涙ぐみながら、君の事を、本当に『感謝しています』的な顔で見た。君は、本当に『良い友達』を、2人も持ったね。自覚、してる? 君は杏弥君のおかげで、今日まで一人じゃなかったんだよ? 君に杏弥君がいなかったら、君は、死んでかもね。…本当に。
君のお母さんは、本当に最低な人だった。でも、君は、本当に、驚くほど、素直で、優しくて、純粋で、可愛いくて、素敵な人に育った。それは、きっと、杏弥君がいてくれたおかげなのかも知れないね。
私は、そう思いながら、杏弥君に少し嫉妬した。杏弥君より先に、君に出逢っていれば、私ならもっと早く君を救えたかも知れないのに…。
「ねぇ、燈ちゃん」
私が、そんな事を考えていると、杏弥君が、私の名前を呼んだ。
「はい」
私は、なんの躊躇いもなく答える。
「こいつの事、好きなの?」
「それは、答えなければなりませんか?」
少し、その質問に驚きながらも、冷静に私は答えた。でも、君が、それを阻んだ。
「何言ってんの? 杏弥。燈は、恩人。友達。同居人。それだけだよ。朝比奈さんの事も話してあるって言ったろ?」
「…だな。でも、全然好きじゃない奴の為に、アイツと大激闘する奴、いんだな。くくく…」
杏弥君は、少し、そう言って笑った。
「全然好きじゃない、なんて言いました?私」
「ん?」
杏弥君は、少し首を傾げた。
「私は、好きですよ。この人の事。『友達』として、『付き合ってます』から」
「…それは…どういった意味?」
杏弥君は、少し困惑している。
「この人に、朝比奈香葡さんと言う好きな人がいるのも知ってますし、確かに、この人の言う通り、恩人、友達、同居人、です。でも、私の『初恋』は、この人ですから」
「え!? そうなの!?」
「はい」
「ちょっ! 何言い出すの! 燈」
「言ったでしょ? 付き合ってくださいって。でも、君は断った。だから、私は、『友達』として付き合って、って言ったの、忘れたの? 私は、君を諦めたわけじゃないよ」
私は、何だか、止まらなかった。多分、杏弥君より、優位に立ちたかったんだと思う。『嫉妬』って奴だ。朝比奈香葡さんへの嫉妬とは、全く別の。
「私は、杏弥さんと同じくらい、この人を大切に想ってます。大切にしてます。もう、杏弥さんだけのこの人じゃありませんからね」
杏弥君は、そう言った私をじーっと見つめていた。その様子を、君はオドオドしながら見ている。
「だな。俺も、今日から燈ちゃんとも友達だ!! これでどう?」
私は、満面の笑みを浮かべて、言った。
「…良いですね!!」
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