カウントダウン『3』

今朝は、遅い登校だった。香葡さんから、昨日の夜、limeが来て、


【ごめん! 燈! この前の小テスト、最悪でさぁ! 明日から、朝練ダメだって親に言われちゃった!! でも、放課後、燈たちと勉強会するって言ったら、少し、親の顔がほころんでたよぉ! ありがたかった!! じゃあ、橘君と桐生君にも、明日から、テストまで、よろしく! って伝えといて♡】


との事だった。そのlimeを、聞かせたら、君は分かり易く、溜息を吐いた。明日の朝、香葡さんに会えないからじゃない。むしろ逆。君の緊張病はもはや入院患者並みだから、毎朝、香葡さんに自分の名前を呼ばれたり、褒められたりするだけで、嬉しいのに、きっと、凄く、疲れてたんだろうな。その、まぁ、分かる気もするから、溜息くらいで絶交はしないから、安心して。それより、君は、賢くならないといけない。私が、昨日、夜2時まで、君に、数学を叩きこんだ。まずは、数学から潰していこう! 作戦。


でも、君は、思ったより、根性があるね。私の、スーパー頭脳に、何とか歯を食いしばって、理解しようと、必死で復習した。数学は復習。英語は予習。なんて言葉があるくらい、数学は、復習がとっても大事。だから、君が、分からないところ、ぜーんぶ、私は教えてあげた。


「すごいんだな――……、燈って……。なんで、2年の問題解けるの?」


「私が天才だから! それ以外、お答えする答えがございません!」


「……うん。でも、本当に天才かも。燈、将来、何になりたいの?」


「え……?」


私は、珍しく、ほんの少し、押し黙った。


「何? 僕、何か悪い事聞いたかな?」


「あぁ……そう言うんじゃなくて、い――――ッぱいありすぎて、困ってるって事!!」


「それはそうだね。きっと、燈なら、何にでもなれるね」


君はそう言って、とびっきりの笑顔を見せた。


………………駄目だよ………………。


その笑顔は、香葡さんに見せるもの。香葡さんにだけ、見せて良いモノ。私なんかに……こんな、ばばあの私なんかに、見せちゃ、いけないんだから!



私の心は、もうカタカタ音がして、震えていた。瞳に、滲んだ、君の……、数学の、復習を、私に指摘された箇所を、必死で頭に叩き込んでいる君の横顔が見える。



こんなの、駄目だ。これじゃ、君に、バレてしまう。私が、君に初めて告白した時と同じだけ、まだ、君を想ってるよって。本当は、応援なんて、苦しいよって、言いたくなる。



良いんだ。私は、で良い。スパイクも、サーブも、トスも、あげられない、只の、後輩。同居人。恋の味方。スパイ。友達……。



それで……良い……。






―香葡さんの誕生日まであと3日―


キーンコーンカーンコーン……。


終業のチャイムが鳴る。本日、初の勉強会開始だ。


「燈! お待たせ!」


昇降口で、私と、君と、杏弥が、香葡さんを待っていた。香葡さんは、この日、日直だったらしく、少し、集合の時間に遅れてやって来た。君の同行が収縮するのが、分かった。


「香葡先輩! 全然待ってませんよー! 行きましょう!図書館!」


「うん! 橘君も、桐生君も、よろしくね。私、本当に数学と英語、弱いの! 助けてねぇ!!」


「ははは! 朝比奈って何でも出来そうなイメージあんのにな」


杏弥はそう言って、香葡さんをからかった。それに引き換え、君は、緊張で、手足が震えている。……情けないなぁ。でも、君の本領を発揮するのは、勉強会だ! 君に夜中の2時まで叩き込んだ数学の問題を、香葡さんの前でスラッと解いて、そして、解説するのだ! そうすれば、香葡さんは、惚れる……とまではいかなくても、感心……くらいはしてくれるんじゃないだろうか?



―図書館にて―


「うわー……この問題……わっかんない……」


香葡さんが、ポロッと零した。私は、チラッと、君に視線を送った。君は、その視線に気が付いたけれど、『ん? 何?』みたいな、本当に鈍いだなぁ……と呆れてしまうような顔をしたから、首を、香葡さんの方へ振った。すると、君は、やっと、はっ!というした顔をした。


「あああ朝比奈さん、その数式、このΣの方程式に当てはめると、同じように解けるんだ」


「へー!! そっか! そうなんだぁ! すごい! 橘君!勉強、出来るんだね。しかも、こんな難しい問題!」


『あああ』は、余計だったけど、君の指摘は、私が教えた通り、正解だったから、私は、一安心して、もっと、もっと、と、君の腕をグイッと押した。


「あああ朝比奈さん、ああああの……解らないところがあったら、聞いて。答えられるところは、頑張るから……」


「ありがとう! 頼りにしてます」


香葡さんは、頭だけぺこりとすると、ニコッと微笑んだ。『頼りにしてる』。君には、どれほど嬉しかっただろうね。良かったね。ほとんど徹夜で、数学復習しておいて。私に、本当に、感謝……、しなさいよ? ……言わないけどね。




それから、12時半ころまで、3時間、私たち4人は、勉強を黙々として、でも、時々、香葡さんが、君に質問をして、君は、その質問に、完璧に答えて見せた。我が子も、立派に育ったものだ。……と、私と、杏弥は目を合わせ、クスリと笑いあった。勿論、君と、香葡さんにバレないようにね。私は勿論だけど、杏弥も、かなり、協力的な、君の味方だね。こんないい友達がいたから、君は、私と出会うまで、人生を歩んでこられたんだね……。



「あ~……疲れません? 昼食にでも行きませんか?」


私は、そう提案した。


「うん! お腹ペコペコ!!」


香葡さんが、ニコニコして、待ってましたとばかりに、賛成の声を上げた。


「だな。俺ら、よくこんな集中力もったな。俺、こんなに長くぶっとーしでべんきょーしたの初めてだわ!」


「私もだよー! 桐生君! もう、3時間なんて、授業だったら、耐えきれなかった!! でも、橘君が、教えてくれて、しかもかなり分かり易く!もう感謝しかない! ありがとう。橘君」


「あ、……いや……、どう……いたしまして……。役に立てたなら……良かった……」


君は、やっぱり、分かり易い。とても、とても、嬉しそうだ。頬が、赤い。君、君、凄く格好よく最初の攻撃が当たったんだから、後、3日のうちに、撃墜しないと、駄目だぞ?




「おいしー! ここのイタリアン、食べてみたかったんだよねぇ!」


香葡さんが、図書館で声をあまり出せなかった反動からか、普通の時より、ボリュームを大きくして、『トマトとモッツァレラチーズのパスタ』をパクパク美味しそうに口に運んでいる。


「おいしい? 橘君」


「え? あ、あ、もも勿論!! すごくおいしい!!」


君は、私のなしで、返事をした。それも、本心からなのだろう。本当に、美味しそうに食べている。ちょっと、どもりが酷いのは、もう、放って置こう。こういう人だって、きっと、香葡さんはそう認識してるはず。だって、君は、香葡さんと初めて会った時から、きっと、こんな感じだったんだろうから。


でも! 少しくらいは、改善出来ているはず!! だって、私が、君の最高の友達になって、君の最強の恋の味方になってあげたんだから!! そうでしょう? そう思わない?



「すみません、先輩、君、杏弥、ちょっと、お手洗い」


「行ってらっしゃーい!」


私は、そう言って、トイレに向かった。個室が、3つあって、3つとも空いていた。私は、一番奥のトイレに入って、蓋の上に乗っかると……、


「……ふ……馬鹿……泣くな……泣くなよ……私の……馬鹿……」


私は、出るはずもない、涙が、ポロポロ零れてくる事が、自分でも、意外で、不思議で、馬鹿…みたいで……、困り果てた…。


恋って、こんなんなの? こんな想いを、君は、してたの? 香葡さんに、こんな気持ちで、接してたの?


こんなに……苦しくて、こんなに……切なくて、こんなに……辛くて、こんなに……胸が痛くて……、こんなに……こんなに……思い通りにならない想いを……体中に纏って、香葡さんに、接してたの?


じゃあ、私は……鬼だ。


君に、ずいぶん、無理をさせてしまっていたんだね。





…………やっと、私にも、解った……気がするよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る