カウントダウン『2』

「おっまたせー!!」


私は、ごく普通に、席に戻った。私の頬に、涙の跡など、一切ない。目も、赤くない。鼻水もかんだけど、ファンデーションを、塗り直した。だから、みんな、私が泣いていた、なんて、知る由もない。……君もね。


「あ、燈! そろそろ、図書館、戻って、続きしない?」


香葡さんが、勉強の催促をしてきた。本当に、親御さんに怒られたのか……と、心配になってしまった……(笑)


「あ、そうですね! 明日は学校だから、放課後、図書室でしますか!」


「え! 良いの!? 橘君も!?」


「あ……うん。朝比奈さんが……良ければ……」


「実は……私、英語も苦手なの……。橘君は? 得意だったりする?」


「え……」


『得意じゃない』とでも言いかねないので、私はとっさに口を挟んだ。


「この人、得意です!!」


「えぇ!?」


⦅馬鹿!!⦆


私は、素早く君の足を、ぐっ! と踏むと、笑顔で言った。


「いっ!」


「この人、英語も大得意です!!」


「そうなんだぁ! なんか、橘君って、なんでも出来る人だったんだね。すごい」


よしよし。この調子。君の印象は、絶対、私が守って見せる! と、意気込んだ。泣いてしまった、自分への、喝だ。




その後、図書館へ戻り、2時間ほど数学と格闘しながら、私は、余裕で問題を解き、その問題を、こっそり、香葡さんにバレないように、ノートを机の下で交換し、君に、解説させた。君は、


⦅なんか……ずるしてるみたい……⦆


なんて、私に囁いたけど、恋なんて、ズルくて良いんだ。馬鹿みたいになって、はっちゃけて、本当に純粋に想う。それでいい。それ以外に、恋に必要な条件は要らないんだから。イノシシの様に、真っ直ぐ前だけを……その人だけを、見よ! って、これ、私が考えたスローガン。君に、今日帰ったら、それを言ってやろう。君が不安に思う事、君が怖く思う事、君がズルいと思う事、君が挫けそうだと思う事、ぜーんぶ、聴いてあげるよ! 私は、君の最高の、友達なんだから。これだけは、杏弥にも、譲れないなぁ。確かに、杏弥は、ずっとずっと君を支えて来たかも知れない。それは、本当にまるで、私が母親の様に、感謝してる。


でもね、杏弥、それでも、私は、この地位を捨てたら、私には、何も残らないんだよ…。かなしいけどね。君にとって、私は、所詮、その地位にいるだけの人間だから……。





「あー……疲れたぁ!」


図書館を出て、一番先に、大きな声を上げて、一日の疲れを発散するように口を開いたのは、香葡さんだった。


「だなー! 俺も、こんな勉強したの、高校の受験以来だわ!」


そこに、杏弥が続く。君は、そんな二人……いや、香葡さんを見て、少し、顔がにやけている。バレたくない……とか、勇気がない…とか、僕なんて……とか、弱気な事を平気で吐く癖に、やっぱり君はとーっても分かり易いんだ。


「ねぇ、橘君、一つ聞いて良い?」


「え……う、うん……」


「…………」


「朝……比奈さん?」


「やっぱりいいや! また今度で! ごめんね、忘れて!」


香葡さんは、一体何を言いかけたのか、どんなに気の付く、どんなに勘のいい、どんなに鋭いこの私にでさえ、その答えは、分からなかった……。







「じゃあ、私、電車、皆と逆方向だから!」


香葡さんがそう言って、手を振りかけた。その時、私は、ここを逃してはならぬ!!と思った。


「香葡先輩! 私、ちょうど、そっち方面に用事あるんです。一緒に行って良いですか?」


「え? そうなの? うんうん! 2人で帰ろう! この先は、女子トークだね」


「はい! じゃあ、杏弥、君、また明日……ね?」


グイッ!


「朝比奈さん、ちょっとごめん。燈と少し話があって……」


そう言って、君は、私の腕を、痴漢を捕まえる気か!! みたいな勢いで引っ張った。


⦅いったい!! 脱臼するじゃん!!⦆


⦅何考えてるの? 何か、良くない事考えてるでしょ!? 絶対!!⦆


なんだ……そんな事か……。と、私は、深ーい溜息を吐いた。


⦅違うよ! 君が、迷ってる、香葡さんへの誕生日プレゼントの候補、探してあげようと思って、色んな店回れば、何か見つかるかも、って思っただけ⦆


⦅ほ、本当?⦆


⦅何よ、信用ないなぁ……。じゃあ、いいよ。私、行かなければ良いのね?⦆


⦅あ、や、……ごめん……。リサーチ…よろしく……⦆


⦅素直でよろしい。じゃあ、頑張ってくる!!⦆


そう言うと、君は、両手を顔の前で合わせて、そっと、頭を下げた。


「可愛いね。君は……」


ボソッと、出てしまった言葉に、私はハッとした。


⦅またからかう……⦆


私は、君の赤くなった頬を、触りたかった。ちょっと、香葡さんへとは違う、君の微笑みに、嬉しくもあり、辛くもあった。


君は、決して、私を、にはならない。君が、好きなのは、香葡さん。君が、想いを寄せるのは、香葡さん。君が、抱き締めたい、と想うのは、香葡さん……。


君とって、私は、所詮、頼りになる、スケット。相棒。同居人。応援隊長。そして……なんだ。


嬉しいよ? 楽しいよ? 君のおかげで、本気で、暴れた。本気で闘った。本気で倒した。本気で、君を、救えた……。


そして、自分でもびっくりするくらい、バレーボールのリベロ、というポジションの才能を発揮できた。


君を……を……本気で……、好きになれた……。




でもね、一つ、本当に、一つ、大きな勘違いがあったんだ……。



が、こんなにも胸を荒げるものだとは知らなかった……。

心が、波打って、それは、大波で、どんどんどんどんと言う名の大潮に引きずり込まれてゆく――……。


そんな、感じ……。



君には、何一つ、話さない。話す必要はない。だって、君を困らせるだけだから……。そんな自分を、何だか、健気に想う私は、思い上がりだろうか? 良い子ちゃん……ぶってるんだろうか?


素直で、分かり易い君を感じるたび、すんごく、羨ましくなる事、君は、知ってるはずもないね。私も、なら、この恋を……例え、君の恋を邪魔したり、香葡さんを傷つけても、きっと、君を奪いに行くのに……。君を離さないのに……。




「燈?」


「!」


私は、すっかり、ぼーっとしていた。その私に、香葡さんが、声をかけて来た。


「あ、香葡先輩、すみません。ちょっと、一問、解けなかった問題あったなぁ……って、今、思い出しちゃって。家帰ってから、調べまーす! じゃあね! 杏弥、君!」


「おう! じゃあな!燈!」


「それじゃあ……」




あ、君、まだ少し、私を疑ってるな? まったく仕方のない奴だ! 本当に、協力するのやめちゃうぞ!? ま、君が心配するのも無理ないか……。私は、どちらかと言うと、右左、考えずに行動しちゃうタイプだし、もしかして、君の心配通り、口からポロッと零れて、君の気持ちを、香葡さんに言っちゃうかも知れないもんね。



「!」



あ、バレた!


君は、私の、にやけた顔を見て、すんごい青い顔でこっちを見た。中々心理を紐解くの、上手いじゃん! だから、私は、自分に、戒めるためにも、右指の親指を立てて、!! と、サインを送った。君は、少し、安心したように、杏弥と帰って行った。




「で? 燈が行きたいところってどこ?」


「雑貨屋さんです!先輩の家の近くに、可愛い雑貨屋さんがあるって、二階堂先輩に聞いたことがあって……」


それは、本当の話だ。まだ、バレー部に入って間もない頃、私は、既に、スーパーリベロの頭角を現しつつあった。その時、二階堂先輩に、さりげなく、香葡さんの事を、聴いた事があったんだ。


「二階堂先輩、香葡先輩って、どちらにお住まいなんですか?」


「あ、H町だよ。香葡んちにね、私、遊びに行ったことがあって、その時、香葡の家の近くに、めっちゃ可愛い雑貨屋さんがあって、私、今ではもう、遠いのに、常連だよ。すんごい雰囲気も良いし」


「へー……そうなんですか……。私も、行ってみたいです!! 今度、香葡先輩にお願いして、連れてってもらっちゃおうかな? えへへ」




そして、香葡さんと、私は、その雑貨屋さんへ向かった。

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