君との始まり

「君の……名前は?」


私と君は、駅に着くまで、いつもつり革につかまって、ヘッセの車輪の下をよんでいる君を、無理矢理、席に座らせて、話をした。


「私、如月燈。君は、ロングとショート、どっちが好き?」


「は? いきなり何?」


「良いから、答えなさい!」


「ショ……ショート……かな?」


「ホント!?」


やった! って、私、やっぱり、心の中でガッツポーズしちゃった。今まで、二の腕以上にした事なかったから。


「ねぇ、1つ、謝って良い?」


私は、言った。


「え? 何?」


「私、君と同じ駅で降りるの」


「そう……なの? じゃあ、なんで嘘なんて…」


その質問を、私は無視した。


「ねぇ、それより、君はなんで、こんな遅い時間に帰ってるの?」


「え……、あぁ……あんまり、家に帰りたくないんだ……」


「?」


ちょっと、不思議な理由だった。思ってたのと、まるで違う理由だった。思ってた……って言うのは、バイトをしてるとか、塾に通ってるとか、そのくらいに考えてた。それにしても、こんな時間になるのは、妙なんだけど……。それも、考えてなかった。頭が良いとか言って置いて、そんなところにも頭が回ってなかった。


「如月さんは?なんでこんな遅い時間に?」


? 何それ?」


「え?」


私は、思いっきり不機嫌な声で君の質問に難癖をつけた。君は、きょとんとして、何がそんなに気に喰わないの? みたいな顔をした。


「君、私は、君と仲良くなりたいの。なのに、如月、って苗字だけじゃなくて、までつけるの?そんなよそよそしい呼び方はやめて欲しいな」


「……じゃあ、なんて呼べば……」


「あったりまえでしょ? !」


「え!? 下の名前!? しかも呼び捨て!?」


君は、笑っちゃうほど怯んだね。


「何? 何? 女の子慣れ、してないの? 君は」


自分だって、男の子慣れしてないくせに、精一杯、余裕ぶちかまして見せた。君が、思ってたより、ずっと、顔を真っ赤にして、私を下の名前で呼ぶ事を躊躇ったから。


「してないよ!」


「じゃあ、手も、繋いだこと無いの? 見つめ合ったり、好きって告白したり。そもそも、好きな子、いるの?」


私は、余裕ぶちかましがてら、君の恋模様を探った。


「き! 如月には……関係ないだろう?」


「もう! だってば!!」


「む! 無理だよ!! 絶対無理!! は頑張るから、如月……で、頼みます……」


変な感じだ。先輩の君が、私に敬語を使っている。


「……仕方ないな。まぁ、許してあげるとするか……。でも、君が、高校卒業するまでには、絶対、って呼ばせるから!!」


私は、意味不明な決意表明をした。


「ふ……。何それ。どんな目標?」


その時、私の心が、どんなに飛び跳ねたか、君に分かる?君が、いつも無表情で、本ばっか見て、起こしてあげた私の事も忘れて、『誰だっけ?』なんてとぼけた事言ってた君が、んだから――……。


「……教えてくれなくても良いけど、君は、どうして、家に帰りたくないの?」


「如月は? なんで、こんな遅くまで何してたの? この前起こしてくれたって事は、今日が初めて、ってわけじゃないんでしょ?」


「んー……そうだなぁ……プチ家出を、毎日してるの!」


「は?」


君は、また、素っ頓狂な顔をして、私を見た。


「君も、そうなんでしょ?」


そう言うと、君は、何故だか、とても、悲し気な顔をしたんだ。悪い事を、言っちゃったのかな? って思ったけど、ここで、普通に引き下がったら、変身した意味がない。そう、私は思った。


「聞いてあげるよ。君の、悩みを。相談してごらん?私、これでも、入試、5位で入ったんだから」


「え!? 本当に!?」


「……何よ、君は私がバカに見えるとでも言いたいの?」


大袈裟に驚いた君に、私は、少し怒ったをして、学校でもらって置いた、入試の採点記録を、鞄の中から取り出して、君に見せた。


「5科目……489点……すげー……」


君は、本当に驚いていた。


でもね、それは、言ってしまえば、当然の事だったんだ。君には、まだ言えないけど。


「ね? 私、きっと、君に、良いアドバイスが出来ると思うよ?」


「……」


それでも、君は、口を閉ざしたままだったね。それも、そうだよね。理由が、あったんだから。でも、そんなの、私のにしてみれば、そんなに驚くほどのものじゃなかった。


「こら! 君は私を舐めてるね? 私なんかに何言ったって、なんの解決にもならない、とでも思ってるんでしょ! それは違うよ。人にはね、ただ、それだけで、そんな機能が備わってるの!」


私は、訳の分からない説得を試みた。


電車は、進み、もうすぐ、私たちが降りる駅だ。だからだろうか、君は、どこか、ホッとしたような顔をした。でも、私は違う。私は知っている。君が、どこに住んでいるのか…。


駅名が、アナウンスで流れ、降りなければならない駅についてしまった。


「降りよっか」


「うん」


私と君は、なんの躊躇いもなく、同じ駅で降りた。そして、ここからは始まる道のりを、君は、まだ知らない。私と、君が、同じマンションに住んでいるって事。だって、この変身した姿で起こしてあげた私を憶えてなかったくらいだ。髪の毛は、今より30㎝以上長くて、お化粧もしてなくて、メガネまでかけてた、私と、今の私が、君の中で、結びつくはずがない。





思った通り、私が、いつまでも、いつまでも、君の傍から離れず、後をついてくる…いや、一緒に並んでいる事に、12分経って、やっと、君は不信に思い始めたね。


「……ねぇ、如月、家、どこなの? 何処までついてくる気?」


「実はねぇ……私、君と同じマンションなの!」


「えぇぇぇえええ!!??」


君の、その大袈裟過ぎるリアクションを、私は、一生忘れない。だって、可愛くて、面白くて、…素敵だった。




「……ねぇ、それって、嘘だったりする?」


3分ほど、歩きながら、ぶつくさ言ってた君が、やっと言葉に出来たのが、それだった。


「嘘のはずないでしょ? 嘘ついてどうするの。私、こんな夜中に、1人で君をストーキングするためについて来てるとでも、本気で思ってるの?」


「……だ、だよね……。何階?」


「9階。君は、12階……。でしょ?」


「な! なんで知ってるの!?」


やっぱり、君は、大袈裟だ。いちいち、リアクションが大きすぎる。可愛いけど。


「私は、エスパーなのだ!」


「はぁ!?」


「ふふふ」


「笑い事じゃないよ! マジ、なんで知ってるの!?」


「一生、悩んでなさい! ほら、マンション、着くよ!」


駅から、15分。まぁまぁの立地条件だ。エレベーターのボタンを押して、君は、まだぶつくさ何かを呟きながら、エレベーターが降りて来るのを待っている。


私は、その顔が、とても、好きだった――……。

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