待ち伏せ
次の日、私は、早起きをして、1階のエントランスに、早朝から君を待ち伏せていた。エレベーターの、横にある、階段の隅に隠れ、君がエレベーターから降りて来るのを、待ってた。
君は、なんの疑いもなく、なんの用意もなく、なんの心配もなく、なんの準備もなく、私に出迎えられた。
「君! もう少し、早起きしたら?」
「うわ!」
「だめだぞ? この時間じゃ、学校、ギリギリじゃん!」
「き……如月だって……」
「君は、私と違って普通なんだから!お勉強はしっかりしなさい」
「僕だって、そんなに馬鹿な訳じゃ……」
「車輪の下、好きなの?」
「え?」
「君、いつも読んでるから」
「……暇つぶしにね……。好きかどうかって言われたら、好きだけど……」
「そ。ま、いいや。行こう! 学校!」
そう言って、私は、君を、君の手を取って、どこか縛られている君を、連れ出したんだ。
それはまるで、私自身を連れ出すように――……。
学校に向かう途中、私は、色々な話を、君に聞いたね。だって、君に、私は、感じるはずのない感情を、抱いてしまったんだから。『運命の人』だって、思っちゃったんだから。
「ねぇ、君は、食べ物は何が好き?」
「……酢豚」
「えー! あれ、私苦手!!」
「なんで? 美味しいのに……」
「嘘だよ! 私も、酢豚、大好きだよ」
……嘘だった。私に、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も無い。何でも良いんだ。言ってしまえば……。でも、君と、何でも良いから、共有したい気持ちだった。一緒だよって。おんなじだよって。気が合うねって。
「如月は……」
君は、何か言いかけて、やめた。何を、言いかけたの?私には……この私には、分からなかった。
「ねぇ、君、私とお付き合いしてみる気はない?」
「は!?」
君は、またまた、大袈裟に驚いた。
「な、何言ってるの……。僕たち、会ってまだ間もないし、名前と、歳くらいしか知らないじゃん」
「それが何? 何か、断わる理由になるの?」
「なるよ! 十分なるよ!」
君は、本当に焦っていて、可愛かった。思わず、もっと『もっと困らせてやろう』そう思っちゃったんだ。
「良いじゃん! 君、地味だし、家にも帰りたくないし、いつもおんなじ終電だし? 付き合わない理由の方が見つからない!!」
「そ! ……んな……事言われても……」
君は、本気で困っていた。仕方ないな。って、思った。これ以上困らせたら、君は、もう私を避けるんじゃないかって思ったから、この辺でやめとこう、って思ったんだ。
「……ふふふ……。嘘だよ! 冗談。君は、からかいがいがあるね。すぐ驚くし、すぐ大袈裟な態度をとるし、すぐ本気で困る。本当に、からかいがいがあるね」
「なんだよ……それ……。僕は、如月のおもちゃじゃないんだから……」
君は、少し、すねているのが分かった。可愛かったな……。こーんなに可愛いから、つい、またからかいたくなる。
「でも、君は好きな子はいないの? ほんっとうにいないの?」
「……」
その沈黙に、私は、ちょっと……かなり、かなしかったんだよ。君は、頬を赤らめて、言ったんだ。
「こ、この前は……言えなかったけど……いる……って言えば……いる……かな……?」
なんなんだ。この歯切れの悪い言い方は! と、私は、心の中で、怒りが爆発しそうになった。こーんなに、君を好き好きオーラを出してる私に、はっきり、きっぱり、男らしく、いるならいるって、スパ―――ン!! と言ってくれなきゃ、こっちだって納得できないよ。そう思った私は、そう頭で思たままの事を言葉にした。
「なに? それ」
とてつもなく、低い声だ。
「え?」
君は、また、少し怯んだ。そんな事、関係ない。私のこの恋心を、馬鹿にするような、君の『好きな人います』発言に、この血気盛んな私が怒らない訳がない。
「君は、私を馬鹿にしてるの?」
やっぱり、低い声。
「え……何が……」
もう、君は、しどろもどろだった。だから、少し、気が晴れた。『こいつ、少し、私の気持ちに気付いたな』って私が、気付いたから。
「……もういいよ。君は、嘘は下手だし、地味で、女の子慣れしてないし、夜更かしばっか毎日して……。そんな君を、好きになってくれる女の子なんて、いないよ?」
私は、気が晴れた、と言っても、君の無神経な発言を、許したわけじゃないよ?絶対、その恋を……『応援』しよう、って決めたんだから! 変態だと思う? 変人だと思う?
きっと、これを口に出していたら、君は、そう思っただろうね。でもね、私は、本気だよ?
こんな私だけど、君の為に、私の道を、捧げる覚悟を、この時、したんだ。君が、君らしくいながら、君が好きな人に、君を自然に、好きになってもらえるように。
だから、君に、こんな質問をした。
「ねぇ、君、君は、誰が好きなの?」
率直だったでしょ? 真っ直ぐだったでしょ? 当然みたいな顔をして、君の心の中に入ろうとしたんだよ。本当に、土足で、踏み込むように。ううん。土足で、踏み込んだの。どかどかと。ずかずかと。遠慮なんかしないよ。だって、私は、君とは、長くいられない。…まぁ、そんな事は置いておいて。
君は、『何? その入り方……』みたいな、本当に、『ふざけんな』みたいな顔をして、私を睨みつけた。怖くなんてなかったよ。私に、『怖いモノ』なんて、無いんだから。
「な……なんで……如月にそんな事言わなきゃいけないの? 僕の友達でも、むしろ、僕は、知り合いとすら、思ってない。如月が……全部、勝手に……」
君は……少し後悔しながら、言葉を紡ぐ。それも、私には分かってたんだよ。君は、優しいから、私を拒みたがりながら、でも、どこか可哀想……。一応、電車で起こしてくれたし、一緒のマンションにだって住んでるし、知り合いくらいには、私の事を思ってくれてるって、分かってたよ。
だって、その証拠に、私を、絶対、如月って呼んでくれるから。私は、最初こそ、君の名前を叫んだけど、その後、一度も、君の名前を呼んでいない事、君は気付いていたかな?
本当は、呼びたかったんだ。
『哩玖』『哩玖』『哩玖』『哩玖』『哩玖』『哩玖』『哩玖』…………。
どこにいても、何をしてても、君は、私の、初恋の人だから。
でも、言えないよ。『好き』って。『付き合って』は言える。だって、『友達』でも、『付き合う事』は出来る。そうじゃない? 『友達』って付き合い、出来るじゃん。君には、どういう意味で、言ったんだけど、君には、伝わらなかったみたい。
だから、もう一度言う事にした。
「『友達』として、私と付き合ってください!」
「……え?」
「私は、君が好きだよ。『友達』として。この告白で、『知り合いに』なれた?」
「あ……や……」
君が、さっきの言葉を、やっぱり、後悔してるのが分かった。
「いいよ。許してあげる。さっきの、君のひっどーい言葉! 私、知識だけじゃなくて、心も広いの。だから、友達として、付き合ってよ」
君は、それでも、困ったような顔をして……。どこまで、男らしくないんだろう?って、呆れちゃった。
でも、そんな君も、大好きだった――……。
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