サボり
「じゃあ……、と、『友達』として……なら……」
「そんなに警戒しないでよ。取って食ったりしないからさ」
「べ、別に、そんな事心配してる訳じゃ……」
君は、また、しどろもどろ。その態度に、私はまた笑ってしまって、君は、また、すねるんだ。
「ねぇ、君、それで、誰が好きなの?」
「え? い、言わなきゃいけないの?」
君は、また焦ってる。さっき、野良犬並みの縄張り意識で、私に、『僕の縄張りに入ってくるな』って私を牽制するように、いきり立ってきたくせに、私がいざ、本気で強気になると、君は、すぐ、怯む。面白いくらいに。
「あのね? 君、私は、君のたった一人の友達なんだよ?」
「たった一人って……なんでそんな事決めつけるんだよ……」
「じゃあ、友達、何人いるの?」
「……」
やっぱり、返せない君。電車は、混んで、他の乗客は、話す事なんてほとんどしないのに、私たちは…私は、話し続けた。
だって、勿体なかったんだもん。時間が。君を、君と、見ていられる時間、話していられる時間、どちらも、そう長くはないから。あーあ、こんな事、言ったら、君は、どんな顔をするんだろう? ふふふ。私は、意地悪だから、絶対、その日が来るまで、…その日が来ても、言わないだろうけど……。
「う……」
「ん?」
私は、少し、変な声を出した。君は、それを、察した。
痴漢だ。
ぐっっ!!
「いっ!!」
君は、その細い腕の何処に、そんな力を持ってるの? って聞きたくなるくらい、大きな拳を天高く振りかざした。ある人物の、右手を握りしめて。
「こいつ、痴漢です」
ざわっ!!
「確かに! この人、この子のお尻、触ってました!」
勇気を出して、OLらしき人が、私と君をかばってくれたね。
「ち、ち……」
『違う』とでも、言いたいんだろう。まぁ、無理だろうね。ここに被害者も、目撃者も、ひっ捕らえた者もいるんだから。
「ありがとう。君、意外と力あるんだね。後、度胸。見て見ぬ振りされるかと思ったよ」
「そんな事、するわけないだろ。あんなの、最低だ……」
君の、怒った顔、凄く、凄く、好きだった。だって、この顔は、君が好きな人に贈った顔じゃない。私のお尻に贈ってくれた顔だ。きっと、忘れないな。ううん。私の場合、絶対、忘れたくても、忘れられないよ。それだけは、感謝した。私の、運命を、ずっと、私は憎んで、恨んで……、苦しくて、辛くて、悔しくて……。どうしたら、この想いを捨てられるか、なかった事に出来るか、本気で、毎日、悩んでたんだよ?
駅員さんに、痴漢を引き渡していたら、とうとう、学校の始業時間に間に合わなくなってしまった。だから、私は、君に、こう持ち掛けた。
「ねぇ、今日、学校サボっちゃわない?」
「えぇ!?」
「あー……、やっぱり……」
「……な、何が、やっぱりなの?」
「サボりとか、無断欠席とか、遅刻とか、早退とか、したこと無いんでしょ」
君は、すぐ、後ろを向いたね。分かりやす。
「ぼ、僕は、先生にちゃんと遅れた理由を説明すれば、分かってくれると思うから、学校行くよ」
「ううん! ダメ! 今日は、君の人生初のサボりの日! 決めた!!」
「えぇぇぇえええ!!??」
またまた、君は、大袈裟に叫んだ。
私と君は、取り合えず、4月の公園に来てみた。そこは、学校から割と近くて、生徒達のたまり場みたいなところにもなってる。よく、ここで、手と手を恋人繋ぎして、ベンチで何時間も話してるカップルがいるのを見る。まだちょっと肌寒から、ちょうどいいんだろうね。触れ合う距離とか、じゃれ合う温度とか、話し込む時間とか……。
「君と、ここに来てみたかったんだ!」
「……」
「何? まだ、さぼった事気にしてるの?」
「当たり前だろ……。僕は、別に人に流されてればいい……って思ってる訳じゃないけど、それなりに人としてしちゃいけない事はしないようにしたいんだ。如月とは……やっぱり、成績も違うし……」
「へぇ……人としてしちゃいけないの?サボり」
「いけないだろう? 普通」
「君はね、普通過ぎるんだよ。普通なんて、ぶち壊す為にある形なの。何にも起越す事の出来ない人が、何かを起こす為にある、形。サボりは、それを壊す、呪文だよ? そんな事も知らないの?」
「…なにそれ」
……。泣きそうになった。君が、あんまり素直に笑うから。
君は、とうとう、諦めて、私とベンチに腰掛けた。
「ふー! 風、まだ少し冷たいね」
私は、4月の風に、少し、温かさを感じつつ、君の横にいたくて、その風を『冷たい』って言った。
「そう? 大分、温かくなったよ」
君は、ロマンチックな雰囲気をぶち壊すように、言った。まったく。乙女心がまるで分かってない。君とこうして過ごせている事に、私がどれだけ嬉しくて、楽しくて、そして、かなしいか、君には、知る由もないから、仕方ないけどね。
「ねぇ! 手、見せてよ!」
私は、いきなり、そんなリクエストをしてみた。
「は?」
「いいから。見せて」
グイッと、私は、君の右手を引っ張って、手の平を広げた。君の手の平は、なんか朱くて、血が通ってて、あったかくて、少し、ごつごつしてて、指が長くて、そして、少し細かった。でも、やっぱり、女の子とは違う、男の子らしさを、感じたんだ。
「へ~……。君でも中々男の子らしい手の平をしているね~」
「なんだよ、その言い方。なんか、馬鹿にされてる気分だ」
君は、私といると、怯えるか、怒るか、どっちかしか出来ないみたい。そうさせてしまうのは、私なんだけど。
「そんな事ないよ。本当に褒めてるの。今日は、この手のおかげで、私、痴漢から解放されたんだから。感謝してます」
私は、深々と頭を下げた。
「……うん。でも、大丈夫? ショックとか……無いの?」
「んー……、そうだなぁ……。そんなに! なんだか、『こういうものか』って、思った」
「そんな風に思っちゃだめだよ!」
突然、君は怒りだしたね。びっくりしちゃった。
「あんなのは、最低で、最悪で、人間として、恥ずべき行為なんだ。女の子を……女性をすごく傷つける行為なんだから……」
「……」
「なに……笑ってるの?」
君に言われて、初めて気が付いた。私、笑ってたね。だって、君が正義の味方みたいで、本当に頼もしく見えたの。男の子なんだなぁ……って。ちゃんと、人として、生きてるんだなぁ……って。感嘆しちゃった。
「…………」
「な! なんで泣くの!?」
君に言われて、初めて気が付いた。私、今度は泣いていたね。だって、君があまりに愛おしくて……。どうして、こんな事になったんだろう? 私は、私のペースをずーっと守って来たの。誰にも侵されず、誰にも邪魔されず、誰にも触れさせずに……。
それを、どうして、君なんかに……。
地味で、モテなくて、なんか家庭に事情があって、毎日終電で、朝も学校サボったりしたことないわりに、遅起きで、なのに、痴漢を捕まえる時は、とても勇敢で、あぁ…もう、駄目だ。
私、本気で、君を、好きになっちゃったよ――……。
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