君の視線

「「「「「「ありがとうございましたぁ!!!!」」」」」」


試合は、3-0で、私たちの高校の勝利。


しかも、スコアを見て、驚かないでよ?


1セット、25-14。2セット、25-12。3セット、25-8。


まさに、圧勝。しかも、その高校も、結構レベルの高い高校なんだと、私は後から、圭奈先輩に聞かされた。そして、香葡さんは、チームトップの、24点をマークした。でも、香葡さんは、決して自分を甘やかしたりしない。


「ごめんね、燈」


「え? なんですか? 香葡先輩」


「あんなに拾ってくれたのに、24点しか取れなかった!」


香葡さんは、そう言ってちょっとばつが悪そうに、笑った。24点なんて、奇跡に近い数字なのに、香葡さんは、それでも満足しないんだな……と、私は、感心せずにはいられなかった。そして、


試合後、汗だくになって、ドリンクを飲んで、息切れがやっと収まった頃、私は、我に返った。


(そうだ! あの人は、ちゃんと香葡さんのプレーを見ていただろうか? もの凄い事なんだって、あとで教えてあげなくちゃ!!)


そう思って、私は、観客席の一番後ろで、杏弥と一緒に試合を見ていたはずの、君を見た。そうしたら、君は今までにないくらい、キラキラした瞳をしてるから、思わず、私は手を振った。それに気づいた杏弥が、大きく手を振ってくれた。


……でも、君は、一切、私を見てなかった。君の視線の先には、香葡さんしかいなかったね。……私ってば、本当に、本当に、らしくもなく、ちょっと、寂しくなっちゃった……。きっと、私が拾いまくったボールより、24点の香葡さんのスパイクが、君の記憶にも心にも、残像として、試合が終わった、今も、頭の中で映画みたいに…、まさに、スーパーウーマンとして、輝いているんだろうな。



でも! そんな事で、へこたれたり、感傷的になったりする私じゃないよ。



「じゃあ、これで、解散! お疲れ様でした!!」


圭奈先輩が、解散の号令をかける。そして、香葡さんが、帰ろうとしたから、私は、急いで、香葡さんの後を追った。


「香葡先輩! ちょっと、お茶でもしていきません? 今日、私たちを応援しに来てくれてた、私の友達が2人居るんで、会ってやってもらえませんか?」


「え? 応援? 来てくれてたの? うわー! うれしー! 私の友達でさえ、自分たちの部活も勉強もあるから、中々来てくれないのにぃ!」


「じゃ、ス〇バで、ちょっと休みません? 4人で」


「うん! 勿論いいよ」


「ありがとうございます!!」




―ス〇バにて―


「あ、応援て、橘君と桐生君だったの!?」


「おう! すげーな、朝比奈。めっちゃかっこよかったわ!!」


杏弥は、全く持って普通。問題は……、やっぱり、君だった。君は、いきなり、私の手をつかんだ。


「あ、あ、朝比奈さん、少し、杏弥といてくれる? ちょっと、この人に話があって……」


「? うん……。構わないけど」


香葡さんはそう言って、ちょっと不思議そうな顔をしたけれど、別に特別気にしてはいないようだった。


そして、私は私で、君からどんな言葉が降りかけられてくるか、大体の予想はついてた。


自動ドアを出て、出入り口の隅に君は私を誘導した。そして、今まで、頑張ってたんだろうね。やっと、出せました、みたいに、真っ赤な顔をして、私に喰ってかかってきた。


「燈! どういう事!? いきなり朝比奈さんとお茶なんて、僕の心臓が死んじゃうよ!!」


「もう……本当に君は大袈裟の塊だね。あんなに試合中香葡さんばっかり見てたくせに。香葡さんがそれに気付いてないとでも?」


「え!? き! 気付かれてた!?」


「私が気付くんだもん。見つめられてる本人は、もっと気付くだろうね」


……ちょっと、嘘だった。私が、試合中、陶酔して試合に夢中になっていたように、きっと香葡さんも試合以外に神経が行ってるはずがない。その証拠に、観客席の君と、杏弥に気が付かなかったんだから。


でも、私の事、試合中も、手を大きく振ったあの時も、全然見てなかった事への罰として、君に、私は、意地悪をせずには、言わずにはいられなかったんだ。


「ど、どうしよう……、気持ち悪がられたかな? バレちゃったかな? うわー! どうしよう!!??」


君、ここは、一応、街中だ。それも、ス〇バの前。そんな大きな声で、自分の中の本心言ったら、もしかして、香葡さんにも聴こえちゃうかもよ?


「嘘だよ。残念ながら、香葡さんは、帰り際に、私が、君と杏弥が応援に来てるから、一緒にお茶でもしませんか? って言ったの。香葡さんも気付いてなかったみたいだよ? 君と、杏弥に」


「……はぁ……良かった……」


君は、一安心、と言った感じで、大きな溜息をいた。それで、もう収まったかと思った私は、中へ入ろうとした。と、その時、


「いや!! 良くないよ!! この状況は何!?」


「は? 何って?」


「なんで、僕ら朝比奈さんとお茶してるの!?」


「あー。私が、応援に来てくれてた人がいるって言ったら、喜んでたから、一緒にお茶しませんか? って誘ったの。気が利くでしょ」


と、私はあっけらかんと笑った。


「もう……なんでそんな余計な事……」


君は、げんなりして、しょぼくれて言った。


「恋は、見てるだけじゃ、成就しないよ? まずは、友達になれればいいじゃん! ちゃんと、計らうから。ね?」


「えー……。もう…心臓もたないよ……。朝比奈さんが、こんなに近くにいるなんて、以来、一度もなかったんだから……」


「弱気になるな!!」


私は、強く、強く、その言葉を、君に投げかけた。


「君は、少し、自分に甘すぎる! そんなんじゃ、本当に、香葡さんに嫌われちゃうよ?」


「……でも……」


「傷つくのが怖いのは当たり前。想いを口に出す勇気を出すのが難しいのも当たり前。でもね、君、人を好きになるって事は、とんでもなく大きな力をくれる事も、事実なんだよ? 恋をしてるだけで、毎日が楽しくない? 恋をしてるだけで、学校に行こうって思わない? 会いたくて会いたくて、たまらなくない?」


「……それは……そうだけど……」


「でもね、それだけじゃダメなんだよ。人は、恋をすると、強くなれるの。人は、恋をすると、優しくなれるの。その強さと、優しさで、好きな人を、包んであげるの。いつも、一緒にいるよ、って。僕がいるから大丈夫だよ、って。香葡さんは、君みたいなタイプ、結構、好きじゃないかな?」


「え!?」


まただ……。君の大袈裟が飛び出してきた。だから、ここは街中。ス〇バの前。少し落ち着きたまえ。


「とにかく、少しの間、私に香葡さんの事は任せてよ。時々、こういう時間、設けてあげるからさ」


「……心臓……5個無いと……足りない……」


「5個持てば? それでいいじゃん」


「そんな無茶な……」


「そんな事は良いから! そろそろ戻らないと、香葡さん、帰っちゃうよ?」


私は、君の手を引っ張って、また、ス〇バの中に入って行った。


「すみません。先輩。ちょっと、話し込んじゃって……」


「良いよ、良いよ。それより、橘君が応援に来てくれるとは思わなかったな。桐生君は、1年の時に結構話した事あったけど、橘君には、あんなに酷い事しちゃったから、中々こっちから話しかけられなくて……。あの時は、本当にごめんなさい」


君は、ピーンと背筋を伸ばして、カカカカと腕をぎこちないにも程があるだろう、と言いたくなるほど、ギシギシと、カップに手を伸ばし……たのかと思ったら、その右手には、ハンカチが握られていた。


「こ……これ……、朝比奈さんに……ずっと、返さなきゃって思ってて……返せなくてごめんなさい……」


「え? 本当に今も捨てずに持っててくれたの? それに、洗濯に、アイロンまでかけてくれてある! すごい! ありがとう!! ……でも、これは、全然足りないけど、あの時も言ったけど、ボール当てちゃったお詫びだから、橘君が持ってて。あげる!」


「え……ほ、本当に、い、良いの?」


「うん! 橘君なら、大事に使ってくれそうだし。それ、あんまり女子っぽくないでしょ? だから、橘君も、使えると思うよ。本当に、あの時はごめんなさい」


ペコリ。


と、香葡さんはばつが悪そうに、でも、ちょっといたずらっぽく、笑って、そう、言った。君は、本当に、泣くんじゃないか……って心配するくらい、感動してるのが、分かった。





私は……、ううん。私は、これで、良いんだ――……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る