この恋を、諦めないで

「あー!! 疲れたー!!」


私は、家に着くと、すかさずそう言って、リビングのソファに寝転がった。


「あ! あああ燈!」


何だか知らないけど、いきなり、君は悲鳴にも似た声ををあげた。


「何よ。そんな大きな声出しちゃって」


「パ! パパパパンツが……!」


両手で、顔を覆って、君はそう言った。そう言われて、私は、自分の格好をよぉく見てみた。すると、君が、慌てたのも、無理ないな、って思った。私は、思いっきり、自分一人で住んでた時みたいに、大股を広げて、パンツ丸出しで、寝転がっていたのだ。


「わ! 君のエッチ!!」


私は、慌てて(いつもはどんな時もほとんど冷静沈着なのに……)、ソファから起き上がり、スカートを直した。


「エ……エッチって! 燈が自分で、勝手に、そんな格好したんだろ!」


「何よ! その言い方! 見たくないもの見たみたいな!! こんなに可愛い女の子のパンツ見たら、ほとんどの男の子は、メロメロになっちゃうんだよ!? それを、勝手にって! 失礼甚だしいな! 君は!」


「……だから、……女の子が……勿体ないって……言っただろ?」


「……そうだったね。君の、だーい好きな香葡さんも、結構、スカート短いよね」


「……」


君は、何も言わない。暗黙の了解、と言った所だろうか。でも、君は、本当は、香葡さんを独り占めしたいから、そう言う言い方をしてるんだ、って、私、解ってるよ? 君は、余りそうは見えないけど、結構嫉妬深いんだね。でも、それを、私にも言ってくれた事、実は、凄く、嬉しかったの、とうとう、言えなかったね。


「解決策は……、一つあるよ。香葡さんのスカートを、長くする解決策!」


「え…? なに!? どんなの!?」


「君が、香葡さんと付き合えば良いんだよ! そうしたら、『僕の為に、スカート、長くしてくれない?』って言えるじゃん!!」


「またー!! もう! 燈はすぐ僕をからかう! そんな事あり得るはずないって言ってるじゃん! 朝比奈さんは、すんごいモテるんだから! 僕なんて、相手にされないよ!」


「『また』は、君の方だよ。このまま、香葡さんとまるっきり接触しないで、高校生活終わって、後悔しない? 本当の本当に後悔しないって、胸に手を当てて、その胸は、文字通り、胸を張って、『後悔しない』って言ってる?」


「……そ、それは……」


「青春はね、あっという間に過ぎてくものなの。ほんの一瞬んだよ? 本当に儚くて、立ち止まってなんていられないんだよ? 立ち止まれないほど、一瞬で駆け抜けていってしまうものなの。だから、君も、腹を、くくりなさい! 香葡さんに、想いを伝える準備をこれからしていこう!! 私が、全身全霊でお手伝いするから!!」


「えぇぇえええ!!?? ムムム無理だよ!! 僕なんて、相手にされない!! 絶対絶対相手にされない!!」


君って人は……。私は、少し、いや、大分腹が立ったから、一言前より、ずいぶん、キツイ一言を君に放った。


心を、込めて……。


「君は、もっと、自分に自信を持ちなさい。君は、地味だけど、良い奴だし、優しいし、純粋だし、真面目な人だよ。朝比奈香葡さんと付き合っても、なんら遜色のない、立派な男の子だ。只、臆病過ぎる。安全地帯から、出る勇気を君に出させるのは、私にも、杏弥にも、出来ない。君から、一歩踏み出して、安全地帯なんか、壊してしまえ!!」


君のその後の表情を見て、私は、君の心を見透かす事が出来た。


『そんなの……簡単に出来たら、こんな人間じゃない……』


『それが出来てたら、とっくに朝比奈さんのスカート、長くしてって言ってるよ』


『僕に、安全地帯を壊す勇気があったら、きっと、ハンカチを、新しいハンカチを、プレゼントしてるよ……』


私は、その頭の中の言葉を、口に出した。


「そんなの……簡単に出来たら、こんな人間じゃない……って思ってる?」


「え……」


「それが出来てたら、とっくに朝比奈香葡さんのスカート、長くしてって言ってるよ……って思ってる?」


「え……あの……」


「僕に、安全地帯を壊す勇気があったら、きっと、ハンカチを、新しいハンカチを、プレゼントしてるよ……って思った?」


「……なんで……分かるの? そんな、細かく……。まるで、エスパーみたい……」


「君の心を読めない方が、どうかしてる。君は、単純で、分かり易くて、嘘がつけないからね。それが良い所だよ。でもね、その心を、香葡さんに、読みとってもらえないのは、君が香葡さんから逃げるからだよ。このままじゃ、いつまで経っても、君は、香葡さんの視界に入れない。只の、で終わっちゃうよ?それでもいいの?」


「…………」


君は、しばし、沈黙した。


「ぼ……僕でも……相手になんてしてもらえなくても良いから……、せめて……1年生の時一緒のクラスメイトだったって、覚えてもらえるくらいの存在になれるかな?」


「なれるよ」


「僕でも、気絶させちゃって、申し訳なかったって言う、只その同情で良いから、朝比奈さんの心に残れるかな?」


「残れるよ」


「僕でも、……新しいハンカチを……プレゼントしたら……、少しは、気の利く奴だって……、思ってもらえるかな……?」


「もらえるよ」


私は、君が、想いを寄せる、香葡さんの事が、とても羨ましかったよ。君に、そんなに想われて……。でも、君の恋を、応援するって決めたのは、私自身だから、私こそ気合を入れ直して、君に言った。


「ねぇ、頑張ろう? 君が拾えそうにないボールは、このスーパーリベロの私が必ず拾って見せるから。君が、スパイクを打てるように、床に滑り込んで、ボールを繋げて見せるからさ」







「ありがとう。燈」






そう言った君は、今までで、一番、格好良かった。








―次の日―


「香葡先輩!おはようございます!! 今日は、朝練に、ギャラリー連れて来ましたよ!!」


私は、朝から、もう元気いっぱいに、香葡さんに挨拶をした。その後ろで、杏弥にそれとなぁく背中を押されながら、君が少しずつ、こちらに歩み寄ってきた。


「あ、桐生君と橘君! 只の朝練なのに、見に来てくれたの!?」


香葡さんは、部活に入って、いっぱい接するようになって分かったけど、本当に、明るくて、優しくて、周りへの気配りも欠かさないし、おっとりしてそうなのに、でも、部活では絶対弱音を吐かない強い人で、その上、向上心の塊。朝練と放課後、誰よりも頑張って練習を重ねていた。


⦅ほら! 哩玖! 挨拶くらいしろ!⦆


そんなこそこそ話が、私の耳にもすこーし聴こえて来た。


「香葡先輩、橘先輩ね、この間の、私たちの試合見て、香葡先輩の事、めっちゃ格好いいってもうそれはそれは大騒ぎで! ね? ?」


「!!」


私の、意地悪…いや、協力を、これでもか、と言うくらい憎らしい目で私を睨む君。こんな事で怒っててどうするの? だって、これから、君は、香葡さんをその手にいだかなきゃいけないんだよ?


君の、その、見た目からは想像も出来ない、結構な力と、男の子らしい、ごつごつした、指の長い、すんごい大きな手に。


「おはよう! 橘君!」


「お、おおおおはよぅ……朝……比奈さん……」


君は、想いを伝えたいのか、伝えたくないのか、どっちなんだ。そんな挙動不審な態度では、すぐにばれてしまうと言うのに、君には、その自覚がまるでない。


「2人とも、朝練のギャラリーなんて、いたことないから、滅茶苦茶励みになるよ! ありがとう!」


……さすが、君の好きになった人だね。なんて、素敵な迎え方をするんだろう。普通、ギャラリーが来たって、こんな明るく、お礼なんて言ってもらえないよ? 君、もう少し、本当に、もう少し、頑張りな?





この恋を、絶対、諦めちゃ、いけないよ――……?

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