何が必要なの?

「少しは落ち着いた?」


君が、ホットミルクを淹れてくれた。私は、泣くのを必死で止め、笑って言った。


「平気平気! あれは、本当に、想い出し泣きだったから! 君にはびっくりさせちゃったね。時々本当にあるの。いきなり、映画のラスト想い出すちゃうとか、そうだなぁ……今日は、あれよ、君を、あの人から救った時、君が泣いたのを急に想い出して、私、頑張ったなぁ……って? なんか、格好良かったなぁ……って? そんなもん。だから、本当に気にしないで!!」


「う……うん。なら、良いんだけど……」


君は、明らかに動揺している。私も、まだ、心臓がバクバク言ってる。こんな事になるなんて、思ってもみなかったから。君が、私からの君へのプレゼントの方を先に見たがるなんて、思いもしなかったから。香葡さんがどんなものを欲しがったか、大体の男の子なら、そっちでしょ?選ぶの。君は、びっくり過ぎるくらいの笑顔で、私の中の選択とは違う方を選択したから、思わず、私は何か、自分でもよく分からない想いが喉にこみ上げて、それが、涙になったんだと思う。


何だったんだろうね?これも、の一種なんだろうか? ……と、私は、真剣に考えてしまった。私に、……。



「で? 燈が僕の為に用意してくれたプレゼントって?」


君は、やっと笑顔に戻った、私に、また、泣きたくなるような質問を何の躊躇もなく問いかけてきた。


それを、悟られないように、何とか、涙を堪えるように、すんごい笑顔を作って、私は、スマホを取り出した。


「これなのだ!!」


「!!」


君の、表情が一気に変わった事に、私にはすぐわかった。自覚してるのか、してないのか、自然と、私の手にあったスマホを、君は自分の手に取り、香葡さんの赤くなった頬を、それこそ赤い頬をして見つめいた。


至近距離の香葡さんの顔。瞳。くちびる。まつげ。眉。風でちょっと乱れた前髪。ピースをする、バレーで鍛えられた、少し、普通の女の子よりしっかりした指。そこに突き指に巻き付けられたテープ。何もかも、いつも、遠くからしか香葡さんを見られない香葡さんが、スマホと言う機械ごしではあったが、至近距離で、まるで、君を見つめるように香葡さんが、笑っている。


君は、キラキラした瞳で、その写真を、しばらく、何も言わず見ていた。そんな君を、私は、君が香葡さんを見ているように、君を見ていた。『何とも言えない想い』って、こういうことを言うのかな? 嬉しそうな君を見て、私は嬉しい。それなのに、どこかその写真を撮って来て、君に見せてしまった自分に後悔する自分がいる。なんとも、不思議な感覚だ。今まで味わった事がない。


そんな、混乱している私に、やっと我に返った君が言った。


「ありがとう! 燈。朝比奈さんこんな顔をするんだね……」


君の横顔が、眩しい。でも、その直後、君の口から放たれた言葉は、想像もしない言葉だった。


「燈も、こんなに女の子らしく映ってる。こっちの方がびっくりしたよ!」


「!!」


「いつも、意地悪な顔してないで、こういう女の子っぽい顔してれば、燈の事だから、すんごいモテそうなのに……」


腹に、グッと気合入れて、涙を、堪えた。私は、褒められたんじゃない!からかわれたんだ!って、言い聞かせて……。


「はっはっはっ! そんなの、知ってるよ!! 香葡さんにも言われたもん! 私、男バレで、すんごい人気者なんだって!私は、スーパーウーマンなんだから、当然でしょ? これ以上女子力磨いたら、もう、学校中、私の事、好きになっちゃうよ?」


「女子力……。料理も掃除も洗濯も洗い物もしないのに? 多少……磨いてよ……」


「うっわ! 失礼! もう! そんなこと言うなら、もう一つのプレゼント、見せてもあげないよ!?」


「あ、そっか。まだあったんだっけ? なんなの? こんなに素敵なプレゼントもらったら、もう何も要らないのに……」


君には、『欲』ってものがないのか? 最初から、二つあるって言って置いたでしょ? それも、君にとって、そんなに、スマホの香葡さんは素敵だったんだね……。


でも、ちょっと、少し、1㎜、思ってもいい? 私のことも、少し、女の子に見えた? スケットじゃなくて、相棒じゃなくて、同居人じゃなくて、応援隊長じゃなくて、最高の……友達……でも…なくて……ほんの少し、女の子……だったかな?







「はいよ!!」


「え!? 何!? これ!?」


余りに綺麗にラッピングされた、可愛い袋を見て、君は、大袈裟に驚いた。


「何言ってんの! 香葡さんへの誕生日プレゼントだよ! ちゃんと、最後の最後に、リサーチ、完了しました!! 友よ!!」


「えぇぇぇぇええええ!!! ほっ本当にぃぃぃぃいいい!!??」


君の瞳はもう、


「何!? 中身何!? どうやって調べたかとか、誰に聞いたとか、どうやって伝えれば……!!!」


君はもう、舞いあがってしまって、通常運転の出来ない、気球の様に、ふわふわ、よろよろ、揺れているのがもう、目を閉じていても分かる。


「馬鹿! そんな事、言ったら、台無し!!」


「え? だって……じゃあ、なんて言って渡せば……」


「『僕、雑貨屋さんとか、意外に好きで、実は、趣味が、雑貨屋さん巡りなんだ。それで、この前、もう、うろうろしてたから、場所ははっきりとは憶えてないんだけど、なんか可愛い雑貨屋さんがあって……。そこで、すんごい可愛いモノ見付けちゃったんだよね。それが、これ』って言って、手渡すのさ!」


「……わ……渡すのさ……って……」


「ん?」


君が、下を向いて、小刻みに震えている。私は、次に起こる事を、完璧に予言できる。君は、『そんな事言えるはずないじゃないか――!!!』って、顔を真っ赤にして、言うんだろうな…。




「そんな事言えるはずないじゃないか――!!!!」




……やっぱりね……。あ、ビックリマークが、私の方が一つ少なかったか……。これは失礼……。


って、君は、もう本当に真っ赤な顔をして、恥じると言うより、怒ってた。でもね、君、恋を楽して手に入れようったって、そうは問屋が卸さないんだよ? みんな、必死で、恋をして、自分の弱さと闘って、時には自分の弱さに泣いて、それでも前を向こうと、強くなろうと、その彼を……その彼女を…大好きな人を、手に入れようと頑張ってるんだよ。好きになっても、きっかけさえつかめない人だって、一度も口もきけず離れちゃう人だって、好きって伝えたって冷たくあしらわれてしまう人だって、名前だって覚えてもらえない人だって……、そういう切なくて、かなしくて、くるしくて、つらくて、どうしようもない恋しか出来ない人だって、いるんだから。


君が、どれほど恵まれているのか、君はまだわかってないの? 本当に、呆れちゃう……。本当に、見放すよ? 私……。




「ねぇ、君」


「な、なに……」


「君は、大馬鹿だね……」


「な、なんで!? 燈が無茶言いすぎるんだよ!」


「それは、本当に無茶な事なの?」


「え……?」


「大好きな人の名前を呼べて、大好きな人に名前を呼んでもらえて、一緒に過ごす時間があって、輝いてる好きな人を、間近で見ることが出来て、…それ以上、何がある?」


「………………」


君は、少し、私の質問の意味が解らなかったようだった。


「それ以上、何があるの? 気持ちを伝えるための勇気を出す理由」


君は、少し、ハッとしたようだった。君は、私のおかげで、大分救われてるんだよ?分かってる? 君は、気絶をして、そのままだったら、……私と出逢っていなかったら、香葡さんと交わる事は、なかったかも知れない。『橘君』と、二度と呼ばれる事は無かったかも知れない。一緒にス〇バでお茶なんて、なかったかも知れない。一緒に、図書館で試験勉強なんて、なかったかも知れないんだよ? 朝練だって、君一人なら、絶対行かなかったでしょ?


私がリベロになって、香葡さんの信頼を得て、可愛い後輩であったから、君は、練習試合にも、朝練にもギャラリーとして、顔を出せたんじゃない。だから、私は、もう一度だけ言った。


「他に、何が必要なの? 勇気を出す理由」

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