この一日の為に、君の勇気を全部使いなさい!!
私の言葉に、君は何も返せなかった。当たり前だけどね。君は少し……いや、かなり、人や運に任せて、良い事も、悪い事も、まるで自分には関係ない、みたいな顔をするときがある。それを、私は、どうしても、許せないんだ。
君には、気の毒だったけど、あの女の元から、離れる方法は、本当になかったの?
君には、酷だったけど、終電に乗ってまで帰りたくない家なら、捨てればよかったじゃん。そんなの、幾らでも出来たと思うんだ。君に、本気で逃げ出す覚悟さえあれば……。
君は、気の毒な程、悲惨な運命にあったけど、君は、私に出逢って、こんなに素晴らしい運命に人生の色を変えることが出来たんだ。それは、私に感謝してもらっても、良いと思うんだけどな……。
その私に、ここまで協力させて置きながら、君はまだ逃げるの? 男らしくないにも程があるよ。
と、私は、君に無言の視線を数分、送り続けた。君は、逸らさないのか、逸らせないのか、私の瞳をじーっと見たままだ。私の、余りに真っ直ぐなビームに、只、動けなくなっているだけなのかもしれないけど……。
そして、私は、君から視線を逸らした。君の口から、何も出てこなかったから。
『こんなもんか……。私が好きだった君は……。こんなもんか……。君が好きだった香葡さんは……』
って、思ったから。だけど、逸らした瞬間、君の口から、とんでもない言葉が飛び出いした。
「こ!」
「え?」
「告白するよ!! 朝比奈さんに!! 明日!! 燈が言ってくれたのとは……違う渡し方だけど、その方が……きっと、朝比奈さんにも、燈にも、堂々としていられる告白だと思うから!!」
「君……一体……どんな……」
私は、少し、心配になった。急かしておいて、脅しておいて、そりゃないけど、ちょっと怖かった。君が考えた告白が、どんなものなのか……。
「全部言う!! 朝比奈さんに!!」
「全部って? 何?」
「だから、全部だよ! 燈がバレー部に入った理由も、僕が応援しに行ったのは、朝比奈さんの為だったって事も、朝練、見てて面白かったなんて言ったけど、本当は、朝比奈さんに会いたかったからだったって事も、ス〇バをセッティングしてくれたのも、勉強会をセッティングしてくれたのも、全部燈だったって事も、この……プレゼントも、燈が、持たせてくれたって事も……全部……」
「だ! ダメだよ!! そこまで正直になっちゃ!! 人間上手な嘘も、時には必要なんだよ!?」
「……下手な嘘より、よっぽどいいよ……、僕は…朝比奈さんの前では……男でいたい」
「!」
君は、いつの間に……この一瞬の間に、どんな成長を遂げたの? さっきまで……ついさっきまで、グダグダ言ってた君が、急に、男でいたい、なんて言葉を口にするなんて、私は、思ってもみなかったよ……。
だけど……なんでだろう?
私は、初めて、本気の本気で、君の恋の応援をしてきた自分を、ここに置いて、いなくなりたかった。君は、きっと、気付いていない。香葡さんは、君の事が好きだよ?これは、女の勘。って言うか、杏弥だって気付いてたかもしれない。
香葡さんは、君の事が……好きだよ? 大丈夫。君が、そのプレゼントを、私の差し金だと白状しても、香葡さんは、そんな事で、君を悪く思うような人じゃない事は、この数か月で、私は、もしかして、君より、知ってるかも知れない。
だって、数か月、私、君を見るたび、香葡さんを見て来たんだから。香葡さんは、君を見てたよ。君が、香葡さんを見ていたように、気付かれないように、少しずつ、近づきたいよ……ってサイン、私に出してた……。それが、私には分かった。だから、君を、嫌がる君を、何とか尻をひっぱたいて、香葡さんが君に近づけるように、慈善事業をもうこれでもか! ってくらい、ひたむきに、しおらしく、健気に、してきたんだよ?
それを……君も、香葡さんも、知らない。分かってない。伝わってない。
私は――……君の友達。
私は――……香葡さんの後輩。
君と、香葡さんの中では、それ以外の何物でもない。分かってる。分かってる。分かってる――……。
それなのに、なんでだんだろう?こんなに切ないのは…。こんなに悔しいのは…。
私は、きっと、自分の首を自分で締め過ぎた、自主的な死刑囚。
「燈?」
その声に、私は、ようやく、我に返った。そして、自分にこう言い聞かせた。
『大丈夫。私は、2人を見ていなきゃいけないのは、もう、数か月も無い。この元気で明るくて、前向きで、頭脳明晰で、スポーツもスーパーリベロで、楽しい事は、幾らでもある。君を、諦める……事が……出来れば……、なんの…問題もない。大丈夫。そうだよ。私、モテルもん! 好きな人、別に出来ちゃうかもよ!?』
……なんて……、君以外、好きになることなど、あり得ないのに、あるはずも無いのに…。
「あぁあ……きみぃ!! もっと早くその覚悟決めててよね!! 私が、この数か月、どんだけ頑張ったか、君も知ってるでしょ!? バレー部入ったり、練習試合に連れてったり、朝練のギャラリーに招待したり、ス〇バでお茶したり、図書館で、勉強会したり……。君が最初から、そんな風に男でいてくれれば、私、こんな苦労しなかったのになぁ! もう!」
「う……ごめん……。でも、何もかも、それなんだ」
「それ?」
私には、それが分からなかった。
「燈が……如月燈が、僕なんかの為に頑張ってくれたから、いっぱいいっぱい頑張ってくれたから、最後……最初くらいは、僕の手で、僕の言葉で、僕の想いを、朝比奈さんに、伝えたい。僕を、男にしてくれて、本当にありがとう。燈」
私は、しばらく言葉が出てこなかった。そうか、君は、私の気付かないところで、いつの間にか、本当は、すんごいスピードで、成長していたんだね。そんな事にも気が付かなかったなんて…私としたことが……。笑っちゃう……。
「じゃあ、明日、放課後の図書室で、また勉強会しましょう、って、香葡さんに言って置く。勿論、私も、杏弥も行かない。君と、香葡さんだけ。ちゃんと、伝えるんだよ!?」
「うん」
君の返事に、特別気合…みたいなものは感じなかったけど、でも、顔は、今まで見たことないくらい、真剣な眼差しだった。
私が、最後に、君に告げた言葉は――……。
「頑張れ」
だった。
「あれ?燈と桐生君は?まだなの?」
「あ……うん……なんか、ちょっと二人とも用事があって、遅れるって……」
君は手を震わせ、でも、鞄の他に、大きな手提げバッグをもっている君に、香葡さんは、何か、感じ取ったようだ。
「ん?なんか、今日橘君、荷物多いね」
「う……うん……わ……じゃなくて……こ……でもなくて……」
君、分かるよ、分かる。落ち着け。落ち着け。私と、杏弥が、図書室の扉の前で、君の恋が実る、その瞬間が見たくて、クラッカー片手に、じーっとその光景を見つめていた。
「朝比奈香葡さん!!誕生日、おめでとう!!これ!!良かったら!!」
君は、もう深々とお辞儀をして、手提げバッグから、取り出した、綺麗にラッピングされたプレゼントを、香葡さんに差し出した。
「え……?な、何?」
「あ……朝比奈さん……今日、誕生日だよね?……その……お祝い……です」
「……橘君……私の誕生日、知っててくれたの?そんな、プレゼントまで……」
「僕……朝比奈さんにボール当てられて、気絶して以来……朝比奈さんの事が……好きだったんだ……。でも、僕、度胸ないし、勇気もないし、何にも出来ないでいたら……、燈が僕の為にバレー部に入ってくれて、頑張ってくれて、練習試合ににも招待してくれて、朝比奈さんの凄いプレー見せてくれて、朝練のギャラリーとしても招いてくれて……」
君は、心の底から、何とか……何とか、言葉を紡いで、香葡さんへの想いを伝えている。
「ス〇バも、勉強会も、みんな、燈の計らいだったんだ……。後、これは、本当は、燈にはやめろって言われたんだけど……、僕、どうしても、朝比奈さんには正直で居たくて……。このプレゼントは、燈が選んでくれたものなんだ。朝比奈さんが欲しがってた、猫の、マグカップ……。ごめんなさい……。燈に任せっぱなしだった僕が、朝比奈さんに告白する権利は…無いのかも知れないけど……、でも、僕は……朝比奈さんが好きです!!」
君は……随分、男に……大人に……なったんだね――……。
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