香葡さんの答え

君は、得意の頬を赤くすることもせず、香葡さんに想いを唯々伝えた。だけど、香葡さんは、中々返事をしない……。君に……私と杏弥に……不安が過る。でも……。



ポタッ……。



香葡さんの瞳から、涙が零れたのだ。その涙が何の涙なのか、私も、杏弥も、そして、一番、君が分からなかったと思う。



「あ……朝比奈さん……? あ……やっぱり……迷惑だったよね……。プレゼントも…自分で選べないし……、僕……全然男らしくないし、それに、朝比奈さんとの関わりは、全部燈の計らいだったなんて……幻滅するよね……ごめんなさい……」


「ち! 違うの……」


香葡さんが、慌てて涙を拭って口を開いた。


「違うの。私ね、燈が……羨ましかった……。橘君は、同い年の私の事、名前どころか、付けするのに、燈は……なんだもん。なんか、近しい仲なのかな? とか、勝手に想像して、練習試合も、朝練も、み~んな、燈の事が好きだからなんだって思ってたんだ……。私の恋は……叶わないんだろうな……って……」


「え……?」


「私ね、1年生の時、橘君にボール当てちゃったとき、橘君が目覚めて、私の事、全く怒らなかったでしょ? その時から、なんか、優しい人なんだな……って、思ってはいたんだよね……。でも、気持ちが本物になったのは、燈が……計らってくれたって言う、ス〇バで、まだ、アイロンまでかけて、ハンカチを持っててくれた時なんだ。この人は、本当に純粋で、優しくて、なんていい人なんだろう……って本気で、好きになっちゃった……」


香葡さんは、顔を赤くして、泣きながら、君への気持ちを連ねる。君は、その言葉を、うんと大事そうに、心に録音しながら、聴いている……みたいに真剣な顔をして、香葡さんを見つめる。そんな、どっちが告白してるのか……もう、この場合、みたいな状況だった。



「じゃあ……」



君は、もうほぼ……確実に分かっている答えを、香葡さんに求めた。



「うん! 私と……付き合ってください!!」



「!!!!」



あーあ……。台無し。君は、元通り、顔真っ赤にして、目が潤んでる。そこで――……。



パ――――ン!! パパパ――――ン!!!



「キャー!! なに!? なに!?」



「お付き合い決定おめでとうございます!! 香葡先輩! 君!!」


「やったな! 哩玖! おっとこまえ――――!!!」


私と杏弥は、クラッカーを鳴らし、図書室に入った。


「えー!! なんでー!? 2人とも見てたのぉ!? もう超恥ずい!!」


鼻水をすすりながら、涙を瞳いっぱい溜めながら、香葡さんは、驚いて顔をさらに真っ赤にした。


でも、君は、ちょっと、間違えたね。最後の、最後で…。君は、すぐ香葡さんの方へ向かわず、こともあろうに、私の元に来た。私は、笑顔を保つのに、精いっぱいだった。


来ないで……来ないで……来ないで……。


心から祈った。なのに……。


「燈、ありがとう」


君からの言葉は、その一言だった。


私には――……それだけで、十分だった――……。


ただ、泣かないようにするのは……本当に、今までで一番きつかったな……。


私ので……、一番……。















「お……お邪魔します……」


その日、期末テストが終わり、私は、反対したけれど、君が、どうしても、って言うから、私と君が、同居している事を、香葡さんに話した。そして、今日、香葡さんを、マンションに招いたのだ。


「うわー……燈、綺麗好きなんだねぇ……すごーい。私の部屋とは大違いだよ……」


やっぱり、そう誤解された……と思い、私は杏弥の時にもした説明を、もう一度、香葡さんにもした。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            


「あはははは!! なんか燈っぽいねー!! それに、橘君ぽい!! そっかー、この部屋の奇麗さは、橘君の成す技だったか!!」


「先輩……笑いすぎですよ……。私、一応二人の恋のキューピットだと思うんですけどぉ……」


私は、頬を膨らませた。


「ごめん、ごめん! でも、なんで、二人は同居することになったの? 後で説明するって、橘君言ってたけど……」


「実は……、僕の母親……男癖が悪くて、僕にも暴力をふるって……、僕は、家に帰りたくなくて、毎日終電で家に帰ってたんです」


「え……」


香葡さんには、少し、重たい話しだ。


「でも、ある日、燈が……一度か二度、会ったばかりの燈が、僕の為に、僕の母親と闘ってくれたんです。闘って、もみ合って、罵り合って…きっと、凄い喧嘩だったんだと……思います。喧嘩した後の燈の姿は……一生忘れません。傷だらけで、髪の毛もぼさぼさで、……それで……すんごい、格好良い事言ってくれたんです……」


「格好いい……事?」


「うん……。ボロボロになりながら、……『殴ってやった』……って」


君は、上の階の元居た自分の部屋にでも目をやったのか、首を上にあげ、微笑んだ。


「スーパーウーマンだと……思った。僕を……あの地獄から、いとも簡単に、連れ出してくれて……、こんな風に自分の部屋にまで転がり込ませてくれて……、燈は……知らなかったと思うけど、僕、女の子の名前を、下の名前で呼んだの……燈が初めてだったんだ……。でも……燈は……よくわかんないけど、不思議と、フワって呼べたんだよね……」


「………………」


香葡さんが、少し、瞳のキラキラが消えているのが分かった。それを、一瞬で見破った私は、慌てて、君を正気に戻さなきゃ!! と思った。君は、私には感謝で呼べただけ。それだけなんだから……。


「こらこら君! 君が、これから下の名前で呼ぶのはたった一人だけでしょ?今日から、私の事はに戻して、君は、朝比奈さんを止め、って呼ぶんだよ!!」


「え? えぇぇぇえええええ!!!???」


「そんなに驚く事? ……」


「!!!!!!!」


君は、やっぱり分かり易い。香葡さんにと呼ばれ、君は、さっきまでしていた私の『殴ってやった』発言など何処かに飛んで行ってしまったようだった。もはや、君の脳内細胞は、すべて、香葡さんのモノになった。いや、心も……かな?




でも、私には、心配事が一つだけあった。




「あ……の、香葡先輩?」


「ん? 何? 燈」


「私と、この人が、同居してる事、何とも思わないですか? なんか、申し訳ないです。例え、この人を助けたのが、たまたま私で、この人に、他に行く場所がなかったから、私は、この人を強引に同居させましたけど、それって、それでも嫌ですよね?」


「……う~ん……そうだね。そうかも」


「あ……やっぱり? そうですよね。ちょ、香葡先輩、こっち来てください」


そうこそっと言うと、香葡さんを部屋の隅まで手を引いて連れてった。


⦅香葡先輩、実はね、私、めっちゃ金持ちなんです。私、違うアパートかマンション、探して、ここはあの人だけに住まわせましょうか?⦆


⦅え? 燈って、そんなご令嬢なの!?⦆


⦅しー! ご令嬢……って訳ではないんですけど……、まぁ、色々あって、お金持ちはお金持ちなんですよ。そうした方が良いですよね? そうしたら、香葡先輩もここにあの人と一緒に勉強したり、話したり出来ますし……⦆





「イ――ラナイ!!」


「え?」


「もしも、燈じゃなかったら、絶対そうしてもらうけど、燈なら、燈だったら、全然大丈夫!! 何にも心配なんてしてない!! それに、勉強だって、燈が居てくれた方がきっとはかどるし、哩玖君は、燈にそんな真似させるなら、また、お母さんの元に戻る! とか言い出すかも知れないでしょ?」


確かに……。私が、こんな高いマンションに同居して、家事全般をやる代わりに、生活費、学費は全部私が出していると言う、この形を納得させるまで随分時間がかかった。それを、お金全てを出すうえ、私が引っ越すなんて言ったら、きっと、君は絶対、と言えるほど、断固断るに違いない。


恐らくは、香葡さんが想像するように、自分の家に帰る……と言いかねない。


「大丈夫だよ。燈! 私、哩玖君と同じくらい、燈の事も、大好きだから!」


「香葡先輩……。じゃあ、あの人に、私が、襲われそうになったら、香葡先輩のスパイクで、叩きのめしてくださいね!!」


「あはは! 哩玖君に燈を襲わせても、燈は余裕で勝つんじゃない? 私のスパイクなしでも!!」





君……、君の好きになった人は、本当に素敵な人なんだね。部活を通して分かった事。勉強会を通して分かった事。こんな風に、君と私が同居している事を……気にしないよって、本当は気にならないはずも無いのに、言ってくれるそんな香葡さんの、答えに、私は、本当に、君の恋が実って、良かった――……って思えたんだ。

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