君に、花束を。

「ほら! 君! 早くしないと、香葡さん、先に体育館着いちゃうよ!?」


「う! うん! 燈、ごめん!」


「馬鹿!! !! 絶対、香葡さんの前で私の事名前で呼ばないでよ!? 乙女心が傷ついても良いなら、話は別だけど!!」


「う! うん! 解った!! き、如月!!」


何だか、最初は、あんなに燈って呼ぶの躊躇ってたくせに、いざ、元の如月に戻すとなると、君には難題だったようだった。君は、一体何処まで不器用なんだ……。今日、朝、君は初めて香葡さんのとして、朝練の応援に行く。勿論、私は香葡さんの練習相手。君にも、少しは見えてたみたいだから、ちょっと嬉しくなって、期末テストも終わり、もうすぐ夏休みって事で、私と君の家で、勉強会を4人でして、遊んで、バレー部の練習も頑張って、私は、君たちと、最高の夏を過ごすんだ!!




もう、は、残りの半年を、無駄にするわけには……絶対、絶対、出来ないんだ……。




「おはよー!! 哩玖君!!」


香葡さんは、なんの躊躇いもなく、君の名前を、女子バレー部員が注目する中、叫んだ。みんな、何事か、と視線をこちらに飛ばしてくる。ここで、『香葡』なんて、呼ぶのは、君には、きっと荷が重すぎるんだろうけど、もう、私には、余り、時間がない。君には、後半年で、自立して、男らしくなってもらわないと困ってしまう。安心して、君の前から姿を消す事が出来ない。


⦅ほら! なにしてるの!! 君!! 香葡って!⦆


⦅え~……!!!??? ムムム無理だよ~……⦆


⦅じゃあ、って!! これは言わなきゃダメだよ!? 香葡さんが、君を哩玖君って呼んでくれたんだから!!⦆


⦅………………!!!!⦆


「か、かかか香葡……ちゃん……、お、おはよう!」


よくやった!! 私は、君の背中をパンッと叩き、香葡さんの元へ走った。


「香葡先輩、遅れましたー!! すぐ着替えます!!」


「うん! 燈!! 急げー!!」


「はーい」


私は、更衣室へ向かう。……その途中、君を…君と香葡さんの方を振り返ってみる。君はテレが取れてないけど、ずいぶんましに、香葡さんと話をしているようだ。……そうして、私は、また前を向き直して、更衣室に走る。


切なさ、苦しさ、寂しさ、辛さ、悔しさ、……ほんの少しの……苛立ち……、それらを背負いながら…。




「はい行ったよー!!」


「私いけます!!」


トンッ!!


「ナイス!! 燈!!」


私は、体を捩じりながら、左手首の先で、何とか、相手チームのスパイクを上げた。


「ソーレ!!」


スパ――――ンッ!!


ドスンッッッ!!!!


もの凄い音を立てて、香葡さんのスパイクが、相手コートに叩きつけられた。そして、それが決まると、私と香葡さんはハイタッチを交わした。


「ナイスレシーブ!! 燈!!」


「香葡先輩!! ナイススパイクです!!!」


私と、香葡さんの息の合ったプレーは、もはや、超高校級だった。香葡さんには、早くも、スポーツ推薦の話が来ていると言う。まぁ、私のリベロの腕も、かなり評価され、春高バレーで当たるかも知れない高校が、練習試合を申し込んでくることも少なくなくなってきた。


でも、私と香葡さんを擁する、この高校は、他の選手のレベルも相当で、練習試合でも、勝利の山を築いていった。










そして、1月、春高バレーの時が来た。


一回戦、二回戦、三回戦まで、セットカウント3-0で、勝ち上がった。テレビ放送では、去年まで、ほとんど無名だったこの高校が、もの凄い快進撃を見せたので、準々決勝では、大きくその勝利が報じられた。


そして、香葡さんと、そしてそして、『スーパーリベロ』と、本当に、自分で言っていた言葉が、テレビで流れる程、私のリベロとしての名前はうなぎのぼりにテレビや雑誌、新聞などにもその名を轟かせた。


そして、準決勝も、セットカウント3-1だったが、ほぼ、圧勝だった。残すは、決勝のみとなった。







そして、試合を終え、ホテルに戻ると、香葡さんが、私の部屋へやって来た。


「ねぇ、燈……」


「はい? ……もしかして、緊張してます?」


私は、少し緊張をほぐしてもらえるように、柔らかく笑顔を作った。


「燈は……」


「何ですか? はっきり言わないなんて、香葡先輩らしくないですよ? ふふ」


その笑いも虚しく、香葡さんの表情は和らがない。一体どうしたと言うのだろう? 勘の良い私にも、見当がつかない。


「ねぇ、怒らないで……聞いてくれる?」


「香葡先輩に私が怒る訳ないじゃないですか」


私は、しれっ、と答える。


「もしかして……燈って……哩玖の事……好き?」


「…………」


私は、決して怒って黙り込んだわけじゃない。だからと言って、バレたから黙り込んだわけでもない。そのことが、香葡さんにバレている事くらい、私はとっくに知っていた。私が、香葡さんと君をくっつけようとしてる時から、香葡さんは、それに気づいていたと思う。それを、言わなかったのは、香葡さんの優しさだったって事も分かってる。


でも、なんで、このタイミングなのか、それだけが、分からなかったんだ。


「香葡先輩、どうして、なんですか?」


私は、思った事、そのままを、口に出した。そうしたら、香葡さんの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。


「燈……急に大人びたよね? 口調とか、態度とか、なんか諸々……」


私は……何も、答える事が出来ない。それだけは、だから。その約束を、、私は今、こうして凄い高い家賃のマンションに住んで、自由に街を歩き、自由にお茶をしたり、こうして、バレーボールだってしていられるんだから。




「ごめんね、香葡先輩……それだけは……答えられない……。でも、私、あの人の事は……同居人としか思ってないよ? 本当に。これは、嘘とか、香葡先輩に気を使ってるとかじゃなくて、本当に、あの人が、香葡さんと結ばれて良かったって、本当に、本当に、思ってます。だから……これ以上は……聴かないで……ください……。今年の三月、香葡さんが三年生になるまで……」


「そうしたら……話してくれるの?」


「自然と……解ると思います……」


「……うん。分かった。ごめん、燈。明日、決勝、バンバン拾ってね!! じゃあ、お休み!!」


「はい!! 香葡先輩こそ、最高得点、期待してますよ!!」


「任せて!! じゃあね」


パタン……。


静に扉は閉められた。






「ふ……ふふぅ……ふふふふぅ……言いたいよ……君に……に好きだって……言いたいよ……。恋が……こんなに苦しいモノだって……知ってたら……って言うか……ちゃんとしときなさいよ!! 馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」


私は、そう叫ぶと、枕に突っ伏し、







「うわぁあああぁぁあぁあぁぁぁああぁぁあぁあぁぁぁあぁっぁあぁ!!!!!」







そう、泣き叫んだ。


こんなに泣いたのは、この長い人生で、初めてだった。って言うか、泣いたことが、君と会うまでは無かった。君は、私に、色んなものを教えてくれたね。お洒落しようとか、髪切っちゃおうとか、君を救う為なら、どんな敵でも怖くなかった。闘って、『殴ってやった』って言った時の、君の顔は、永遠に忘れない。……って言うか、忘れないように、出来てるんだけど…。


こんな私でも、恋が出来るんだ、って知った時の、悦びたるや、君に、花100万本、束にして、贈りたいくらいだよ――……。

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