燈の<5年分>の最後の想い出

決勝は、相手チームからのサーブで始まった。ちょうど、リベロの私にボールが向かって来た。勿論、私は完璧に受けた。そのまま、流れに乗って、一発目のスパイクは、二階堂先輩だった。


「っしゃー!! ここからここから!!」


「「「はい!!!」」」


そして、こちらのサーブ。香葡さんだ。得意のフローターサーブで、見事、相手陣のミスを誘った。チャンスボールで帰ってきたボールを、セッターの原口先輩があげる。そこに、速攻で香葡先輩今日初得点。相手のブロックは動けもしなかった。



そうしているうちに、流れは自然と、こっちに向いてきた。そのまま、第一セットは取ることが出来た。


「燈! もっと拾えるでしょ!? がんば!!」


「はい!! すみません!!」


その、香葡さんの喝で、私も火がついた。拾って、拾って、拾いまくってやった。誰からでも、どんなエースと呼ばれ、期待されていた選手の、どんなスパイク、時間差、バックアタック、速攻、フェイント、もう、なんでもござれだった。最後、第3セットは、もう、相手チームに闘う余力は残っていなかった。もう、闘志負け。結局セットカウント3-1で、うちの高校で初の全国優勝を果たした。





「みんな、よくやった!!」


「「「「はい!!! ありがとうございました!!!」」」」


監督の少し長い話の後、みんな抱き合って喜んだ。


「燈~!! あんたが居てくれたおかげだよ~!!」


「何言ってるですか!! このチーム引っ張って来たの、二階堂先輩じゃないですか!!」


「香葡、あんたも、27得点、よくやった!!」


「は……はい……はい……り……がとうございます……」


香葡さんは、もう涙でぐちゃぐちゃだ。





そして、東京体育館を出ると、君と杏弥が、自腹で香葡さんを迎えに来ていた。


「えー!! うそー!! 2人とも来てくれてたの!?」


香葡さんが、また涙目になる。


「おめでとう。香葡ちゃん、如月」


「すごかった! マジで!! 2人、めっちゃ目立ってたな!! かっきかった!!」


「「ふふっ。ありがとう!!」」






君は、いつの間にか、香葡さんを香葡と呼ぶようになった。中々男らしくなったじゃないか。これで、少し……安心して、君を、



「如月、なんであんなに動けるの? なんか、いつも僕をからかってないで、いつもあぁいう顔してれば、僕だって、如月の事、もっと見直すのに」


「君は馬鹿なの? このギャップが、可愛くて、素晴らしいんじゃない!」


……私は、自分から、言って置いて、如月と呼ばれるのが、とてもかなしかった。香葡さんと、君が付き合うってなった時、覚悟は出来ていたはずなのに……。



『ねぇ、教えてよ。私は……? それとも……?』



と、私は、言いたかった。





「ねぇ、哩玖、春休みになったら、燈と、私と、杏弥で、哩玖たちの家でお泊り会しない?」


「おう!! いいね!! それ!!」


杏弥は、なんの異論もない、言った感じで、ノリノリで賛成した。


「……で……でも、と……泊まるって……香葡ちゃんが……の家に?」


君は、照れていて、気付かなかったかも知れないけど、香葡さんが、少し、表情を変えた。きっと、僕と言う言葉に、違和感を覚えたのだろう。私だって、もしも彼氏にそんないい方されたら、ちょっと、きっと、ヤキモチを焼いちゃうんだろうな……。


でも、私は、正直、嬉しかったんだけど……。


「燈は? どう?」


そんなこと、気にしない! とでも言い聞かせたんだろう。香葡さんは、笑顔で、私にも聞いてきた。


「あ――……私……3月の末から、ちょっと用事あって。家、空けなくちゃいけないんですよ……。だから、私抜きで! って言うか、杏弥も行くな!!」


「はぁぁぁああああ!!?? なななななな何言ってるの!!!!!燈!!!!!」


「「!」」


君はテンパッテ気付いてない。7ヶ月ぶりに、私の事を、ではなく、と呼んだ。


そのことに、香葡さんは、少し、悲しそうな顔をした。


「香葡先輩、この人、単にテンパッテるだけですから。気にしないでくださいね。香葡先輩と一緒にいたくないとか、そう言うんじゃ全くないので……」


「そんな事解ってるよ!」


「!」


香葡さんが、バレーボール以外で、私に怒鳴り声をあげるのは、初めてのことだった。でも、香葡さんは、すぐに我に返った。


「あ……ご、ごめん。燈…」


「全然気にしてないですよ! 私こそ、すみませんでした。じゃあ、2人でお泊り、決まりだね!!」


「そ、そんなぁ!?」


⦅何? 君は香葡さんが嫌いなの? 君は香葡さんを傷つけたいの? 香葡さん、すんごい勇気をもって言ってくれたんだと思うよ? その勇気を台無しにする気なの?⦆


私のコソコソ話に、少し不安そうにしている香葡さんに、一刻も早く君に、『O.K』と言わせなければならない。


⦅い・い・よ・ね?⦆


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」


意味不明な答えで、君はお泊りを何とか承知した。















―春休み―


「はわぁあわぁあ……」


朝9時、君は、何にも知らずに、目を覚ました。大きなあくびと共に……。


「ん? ……まだ起きてないのかな? 家を空けるのは、来週のはずだし…。ま、寝かしておくか……」




シャクシャクシャク……。君は、髪の毛ぼさぼさで、洗面所で歯を磨きながら、1週間後の事でも考えてたんでしょ? ぼーっとして、それでも、頭の中で香葡さんの笑顔や、仕草、きっと披露されるであろう、香葡さんの手料理なんかを考えて、バラ色に染まっているんだろうね。



朝11時、君は、少し私が起きてこない事に、不信感を覚えたんだね。そろそろかなぁ……って、私も思ってた。


コンコン!


「燈?」


コンコン!


「燈、もう11時だよ? さすがに優勝したし、ゆっくりしたい気持ちは分かるけど、そろそろ起きたら?」


「…………」


「? 燈? 入っても良い?」


「…………」


「燈? 入るよ?」


カチャ……。


「!!??」


その部屋は、綺麗に整頓され、もう荷物は何も残されてはいなかった。机も、テーブルも、絨毯も、タンスも、本も、ベッドさえ……。


君は、きっと焦った。それからの君の行動は手に取るようにわかる。君は家中の扉を開け、私を探しただろう。きっと、スマホに、30回くらいコールしたね。後は……杏弥に電話したかな?


きっと、杏弥は、『落ち着け』って言ったはず。杏弥は、冷静な人間だから。その通り、


【きょ! 杏弥!! 燈が! 燈がいなくなったんだ!! どうしよう!? 何かあったのかな!? 何があったのかな!?】


【まぁ、落ち着けよ、哩玖。心当たりは何もないのか?それか、置き手紙とか、なんかないのかよ?】


【お、置き手紙!? ど、どこに……!?】


【普通、リビングのテーブルの上とかさ】


【あ! あった!!】


【じゃあ、俺も急いでそっち行くから、お前は勝手に動くなよ!? 良いな!?】


【……】


【おい! 哩玖!?】


【プー……プー……】


電話は、君の方から、一方的に切られた。杏弥は、慌てて身支度をして、君と……かつての私のマンションへ向かっていった。




カサカサッ!


君は、私からの手紙を、広げた。






≪橘 哩玖へ。


君の事を、最初と最後だけ、哩玖と呼ばせて。

哩玖と出逢って私は、初めての事がいっぱいあったんだ。まずは、女の子になった事。まさかおかまだったなんて思わないでよ? 君を好きになって、初めて、女の子の気持ちが色々分かるようになったって意味。

恋って、こんなに力をくれるんだ、とか、こんなに自分の気持ちを抑えてまで、哩玖の恋を応援したくなったり、大好きな人の幸せを願う事が、こんなにも辛いことだったんだなぁ……って思ったり……。


それでも、とーっても楽しい1年弱だったな。本当に、哩玖の恋を叶えてあげた私に、感謝しなさいよ? 哩玖一人じゃ、絶対、香葡さんと付き合う……なんて未来、なかったんじゃない?


でも、バレー、リベロ、哩玖に言わせると、だけど、凄かったでしょ?私。香葡さんに負けないくらい、格好良かったでしょ? 哩玖は、香葡さんに夢中で見てはいなかったと思うけど、私も、結構、優勝に貢献したんだよ?


でも……、ごめんね。こんな風に、黙っていなくなる、私を許して。哩玖に、面と向かって、お別れを言える程……私、強くなかったみたい。情けないね。ごめん。


その部屋は、哩玖が必要なくなるまで、家賃も、生活費も、哩玖の口座に振り込まれます。必要なくなったら、鍵を下記の住所に送ってください。でも、無理は駄目だよ? 哩玖の事は、から。私を、この17年間、見張り続けて来た人たちが……。


私の事は、最初からいなかったって、思って。これからの哩玖の人生には、私は、必要のない、人間だから。……必要のない、だから。


本当はね、私のを、哩玖にだけは教えてもいい、って、言われたんだけど、君が知ったら、抑えきれない、何かが、込み上げてくると思うから、言わないでおく。それに、杏弥と香葡さんに、隠し通せるとも思えない……。


どうか、香葡さんと、お幸せに。私の努力を無にするような事をしたら、許さないからね!


                               如月燈≫



「燈…………どうして…………」


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