スーパーマン
「お……お邪魔……します……」
「ふふふ。君ねぇ、ここは、もう君の家でもあるの。『ただいま』でい良いんだよ」
「う……うん。た、ただいま……」
「よし!」
私は、『よっこいしょ』っと、ばばくさく、ソファに寝転がった。
もう、くたくた。激闘を繰り広げ、体中傷だらけ。あのクソババァも、中々しぶとかったな……と、私は思っていた。なんで、あんな女から、君みたいな、良い奴で、純粋な奴で、優しい奴で、真面目な奴が、生まれたのか……。それは、ある意味、奇跡だと思ってしまう。
「グ――――――――――ぅ!」
「!?」
私は、ソファに寝転がった瞬間に、寝落ちした。もの凄いいびきをかいて(それは後から君から聞いたんだけど)。
私は、今でも、後悔している。……と言っても、私は、大丈夫なんだけど。君が、私にそっと毛布を掛けてくれて、傷の手当てをしてくれたって事、知りながら、知らないふりをした。本当は、『いてて!』とか、『もっと優しくやってよ!』とか、言いたかったんだけど、パワーが切れちゃってさ。脳裏で感じるしか出来なかったんだ。
でも、君は、『いてて!』も、『もっと優しくやってよ!』も、言う必要のないくらい、丁寧に、優しく、私の頬や、くちびるや、腕や、足や、おでこや、もうぼっさぼさになった髪の毛を、そぉっと、私を起こさないように、手当してくれて、梳かしてくれて、また、私をちょっとおてんばな女の子くらいに戻してくれたね。まぁ、私は、学校は、しばらく行けないけどさ。この顔じゃ、仕方がないよね。
―次の日―
「行ってらっしゃい!」
「うん!」
君は、何だか、人が変わったみたいに、すんごい笑顔で、学校へと旅立っていった。君のあんな笑顔、どこに隠してたの? どこに仕舞ってたの?どこに埋まってたの?
きっと、あの女のせいで、だんだん、だんだん、減って行った、笑顔を、君は、今、こうして、取り戻しかけているんだなぁ……って、私、嬉しくて、たまらなかったんだよ? その笑顔を、取り戻させたのが、私だ、って事も、事実だったしね。香葡さんにも、出来なかった事でしょ?
君が、どうして、香葡さんに惹かれたのか、まだ聞いてないけど、君が、香葡さんに惹かれたきっかけになったその時と、さっき、新しく旅立っていった時の、笑顔、どっちが素敵だったのかな? どっちが、ドキドキしてた? どっちが、嬉しかった? どっちが大切な瞬間だった?
君の事だから、そんな事聞いても、答えはしないし、きっと、私への気持ちなんか、恋じゃないから、比べようがないね。
でもね、私は…、少なくとも私は、君の旅立ちの笑顔が、とーっても、愛おしかったんだよ? またまた、『初恋』が育って行ったの。これ以上、膨らんだら、きっと、君の恋に影響しちゃう。だから、私は、一生懸命言い聞かせた。
君が好きなのは、香葡さん。君が惹かれているのは、香葡さん。君を虜にしているのは、香葡さん。君の頬をあんなに赤く染めるのは、香葡さん。
私は、『友達』。君を救っただけの、『英雄』。君の只の、『同居人』。
それ以上でも、それ以下でもない。それを、忘れちゃいけない。それを、間違えちゃいけない。それを、勘違いしちゃいけない。
君が見せた笑顔を、『特別』だなんて、思っちゃいけない。
……。恋って、結構、しんどいんだね。初めて知った。当たり前だけど。『初恋』なんだから。
でも、自分でも、驚いてるんだ。私に、こんな感情が生まれた事が。きっと、あの人達も、必死になって、頭を抱えてると思う。
「やった!」
私は、君を見送ったすぐ後、玄関の扉が閉まった直後に、そう呟いた。君の笑顔を見られたからじゃないよ? ……いや、それも勿論あったけど。でも、あの人達に、これでどうだ! って、言ってやりたかったんだ。私だって、恋くらい出来るんだぞ! って。私だって、誰かの為に、闘う事が出来たんだぞ! って。
「なんだよ、哩玖。お前、今日偉く機嫌良いな」
「え? あ、まぁ……。ちょっと、……いや、かなり、良い事があってさ」
君に、ちゃんと友達がいる事に、私は、その時はまだ知らなかった。勝手に地味で、友達なんかいないって決めつけてたから。まぁ、その辺、私も、かなり失礼だし、偏見の塊だし、名誉棄損も甚だしかったよね。ごめん。ま、多少、予想と近いところはあって、少なくはあったみたいだけど。
君と仲が良かったのは、たった一人。小学校からの腐れ縁で、母親の事も知っている、なんでも話せる、新米の友達の私より、もう少し、頼りになる存在だったのかな? 君の小さな変化に、気が付いたんだから。それは、やっぱり、ちゃんと、友達だったんだね。
その人の名前は、
「母親から、逃げられた」
「え!? どうやって!」
「スーパーマンが、現れた」
「は?」
杏弥君は、驚いた後に、素っ頓狂な声を出した。そりゃそうだよ、君。大体、私は、スーパーマンじゃなくて、スーパーウーマンだ。勝手に男にするな。君の事だから、私の喧嘩を想像して、『えらい剣幕だったんだろうな』とか、『男が現れても物おじしなかっただろうな』とか、『あの母親に勝つなんて半端ないな』とか思ったんでしょ? そりゃ、そうだけど、だからって、私だって、一生懸命だったんだから! 君を、助けたくて、君を、自由にしてあげたくて、君を、守ってあげたくて…。
「僕、もう、あの家に帰らなくていいんだ」
「どういうことだよ? 生活どうすんの?家とか、金とか……」
「それは……詳しくはさすがに杏弥にも話せないんだけど、でも、スーパーマンがいるから、大丈夫。その人、本当に、すんごいんだ!」
私、お面被ってでも学校に一緒に行って、君の様子を盗み見して、そのキラキラした笑顔を、この瞳に焼き付けたかったな。惜しい事をした。本当に。
「よく……分かんねーけど、良かったな! あのかーちゃんじゃ、お前がいつかどうかなっちまうんじゃないかって、マジ不安だったからよ」
杏弥君。君も良い人なんだね。きっと、私が現れるまで、君を支えてくれていたのは、杏弥君だけだったのかも知れない。
ちょっと、お願いがあるの。お願いだから、私を、私を、『友達』として、認めてくれないかな? ちゃんと、これから、杏弥君なみに君を支えて見せるから。
って、今日、君がこの部屋の新しい住人として帰ってきたら、言うつもり。君は、『またか……』見たいな顔をするかな? 『恩着せがましい』とでも思うかな? ちょっと、心配なんだ。私、ちょっと、やりすぎたかな? って、強引すぎたかな? って、反省している所がありまして…。例え、サイテーな母親でも、産んでくれた人だ。それを、コテンパンにしてしまったから。
ポーン……。
「お帰りー!」
「た……ただい……ま……」
君は、まだ慣れていないようだね。君の為に、今日は何とかこの顔で、合鍵を作って来たんだ。だから、今日だけは、私のお出迎え。そのお出迎えに、君は少し……いや、かなり、恥ずかしそうな顔をした。
「はいよ! これ、合鍵」
「あ、ありがとう……」
「ん? どうした?」
君が少し、元気ない。
「本当に……良いのかな……って。幾ら僕の環境が最悪だからって、きさ……燈に、こんなに甘えて……」
「甘えなさい! 良いのだ! 君は、ずーっと、甘えてこられなかったんだから! 私を、80歳のおばあちゃんとでも思って、甘えて甘えて甘え通しなさい!! 受け止めてあげるから!!」
「………………」
急に、黙り込んだ君に、私は、君が出来るはずはないとは思ってはいたけど、からかってくるのかなぁ? と思って、言った。
「ん? 何? ……まさか、本気で85歳に見えるとか言ったら殺すよ?」
「感謝……してるんだ。本当に……。燈には、本当に、感謝してる。今、もう一度言うね。燈、ありがとう」
「……」
黙りこくったのは、私も同じ。だって、こんなに真っ直ぐ、人に、自分の想いが届いたことは、今までなかったから。いつも、失敗して、コミュニケーションダメダメで、悩んできたから。
届いた
そう思えた。そんな、瞬間だった。
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