殴ってやった!
私と、君の母親とは、取っ組み合いの喧嘩になった。もう、女同士だなんて思えないくらい、激しい殴り合いだった。
痛くない。痛くない。痛くない。全然、ぜんっぜん、痛くない!!
「クソガキ―――――ッ!!」
「クソババァ――――ッ!!」
もう、蹴ったり、殴ったり、髪の毛掴み合ったり……。私は、頭突きだってくらわしてやった。そして、十数分、乱闘が続き、ようやく、奥から、垂らし込んでた男が現れた。
「何やってんだ、お前」
「あんた! 聴いてよ! このクソガキ!」
「うっさい!! クソはそっちだろうが!!! この淫乱女!!」
私も、女も、顔に大けが。くちびるは切れて血は出るし、そこら中に殴り合った傷跡が付いた。
しかし、男が、女の両脇を抱えて、私から無理矢理離そうとした。
「何すんのさ! このクソガキ殺してやんないと気が済まないよ!!」
女はそう叫んだ。それでも、男は、冷静に、私の髪の毛をつかんでいる女の手も、上手に解いて、ズルズル引きずって、私と距離を置かせた。
「「はぁ……はぁ……はぁ……」」
私と女は、もう息切れぎれ。私も、大分、傷を負った。そんな私を見て、男は、ちょっと笑いながら言った。
「お前、すげーねーちゃんだな。この女にここまで食らいつくなんて…。こんな、狂犬病持ってる様な女に、噛みつかれて、逃げなかったの、女じゃねーちゃんくらいだぜ。この女には、良い薬になったかもな。でも、息子は、大変だぜ? お前のせいで、今夜、何されるかわかんねーぞ」
そう言った男に、私は、立ち上がって、パンパンんと制服についた土埃や、抜けたり切れたりした髪の毛なんかを、払った。
「大丈夫よ。……もう、哩玖は……この部屋には帰って来ないから……」
「あ? あんな高校生のガキがどこ行くってんだよ」
「教えるか。馬鹿。とにかく、もう、哩玖はこの女には二度と会わせない。私が、哩玖を守る! あんたも、そのふざけた女に振り回されるような人生辞めたら?」
「けっ! 言うね……」
男が、にやつく。
「とにかく、哩玖は、もうここには帰らない。クソババァ、良ーく聞いとけ。あいつは、すんごい良い奴だ。すんごい純粋な奴だ。すんごい優しい奴だ。すんごい真面目な奴だ。そんな奴が、いつまでも、あんたみたいな奴を頼りにして、縋りついてきたような5歳児の時と一緒にするな。もう、お前に指一本、触れさせない。もう二度と、会わせない。恋しくなった時が、あんたの人生の終わりだよ…。ざまーねーな…」
「…………」
何処か、悔し気な顔をしてる女に、私は、優越感を覚えた。君には、きっと、すんごく、怒られて、もう二度と、話も…してくれないかな? ……って、思ったけど、このまま、ここにいるより、私が憎まれてでも、他に行くしかない状況を作らないと、って思ったんだ。
こんな、強引なやり方しか出来なくて、ごめん。でも、きっと、少しは、君を救えたはず……。そう、思いたい。
「どうしたの!!??」
終電。車内で、君は、私を見るなり、大声で叫んだ。まぁ、無理もないか。体中傷だらけ。髪はぼさぼさ。くちびるは切れてるし、血まで出ている。顔も女の子なのに、殴り合った傷が、もう喧嘩しましたって言ってる。それを、どう言い訳したって、今日、私がした事を隠せるはずもないし、隠したら、君はまたあの家に帰らなきゃいけなくなるし、そしたら、私のせいで、きっともの凄い仕打ちに遭うだろう。
だから、私は、全て、正直に話そうと決めた。
「ごめんね……」
「な、何が!? 何がごめんなの!? って言うか、何が起きたら、こんなになるの!!」
「……君の……お母さんに……会ったよ……」
「!」
君の表情は、一気に硬くなった。
「殴ってやった!」
「!?」
あっけらかんと、そう言った私に、君は、怒る気力も失くしたんだろうね。一瞬、驚いた様子だったけど、すぐ、冷静になって、君は言った。
「馬鹿だなぁ……。僕なんかの為に、そんな風になっちゃって……。もう、僕は諦めてるから、良いのに……」
「馬鹿は君! 諦めちゃだめだよ!! なんで、こんなに大事な事、黙ってたの!? 私、君のたった一人の友達だよ!?毎日終電で帰ってる理由、何度も聴いたよね!? なんで言ってくれなかったの!?」
「……言っても……何も変わらないだろ? ……所詮、高校生だし、お金もないし、あそこしか……あんな家でも、あそこしか、僕の帰る家は無いし……」
「作るよ。君の居場所。私が、あげる。君の居場所」
「え?」
「私と一緒に住もう」
「は!?」
「実はね、私、一人暮らしなの。だから、あの広いマンションで、1人、寂しかったわけさ」
『ハハハ』
と、私は、くちびるの痛みを堪えて笑った。
「でっ、出来ないよ! そんな事……。いくら何でも……い……言ってしまえば……」
「同棲だから?」
「!」
君、分かり易。顔、真っ赤。汗だく。震えてるし…。
「良いの! あんなところにいる必要なし! あんなところにいるくらいなら、私と同棲しなさい! これ、お願いじゃなくて、命令だからね!!」
「………………」
あぁ……震えてたのは……そっちのせいだったか……。
「安心……したんだね? 君は。もう、あの家に、帰らなくて良いから……」
君は、その言葉で、泣き出した。手を、膝の上でグーにして、仔羊みたいに震えながら、君は、ポロポロポロポロ涙を流した。
「……り……とう……」
「ん?」
全然聞き取れない。
「……り…………が……とう……」
でも、分かる。君は、ずーっと、待ってたんだよね。きっと。私は、怒られる事覚悟だった。もう友達でもいられなくなるかなぁ……とも思ったよ。でもね、君を、助けずにはいられなかったの。君は、私の、友達だから。君の、聴こえない、『ありがとう』を、受け取った私は、こう言った。
「うん。君は、なーんにも、悪くないんだよ? 君は、もうあの家に帰らなくて良いの。あそこは、もう、君とは、なーんにも関係ないところ。君は、今日から、晴れて自由だ!」
私は、精一杯、口を開けて、笑った。
「いてて……!」
「うわ! 大丈夫!? 燈!!」
「!?」
君を散々驚かせてきたけど、君に驚かされるのは、初めてだった。
君が、私を、燈と呼んだ。
「あ……燈? いきなり、どういう心境の変化?」
「一緒に住むのに、名字で呼ぶのはおかしいでしょ?」
「ふ~ん。君も、中々粋な計らいをするねぇ。ちょっとキュンとしちゃった!」
君は、泣きながら、笑ってた。
「もう、終電で、帰らなくて良いね」
「うん」
「だから、思いっきり、堂々と、胸を張って、高校生を出来るね」
「うん」
「じゃあ、頑張ろうか!」
「……何を? あ、料理とか? 僕、得意だよ! ずーっとやってたからね。掃除とか、洗濯とか、家事全般、任せてよ!!」
「君は、馬鹿なの?」
「……え?」
「これで、正々堂々、香葡さんに猛アタックできるね、って言ってるの!」
「はい!? そ、それとこれとはっ!」
「違わないよ? 私は、君を、普通の中の普通にしたくて、こんな大怪我までして、君を救ったんだから。普通の君が、普通の恋が出来るように。そのための闘いだったんだよ? そんな事も分からないの? ダメだね、君は」
「……でも……本当に、朝比奈さんはモテるんだよ……。僕なんか、本当に普通過ぎて、相手にされないよ……」
「まぁた、そんな弱気な事を! 良い? 自信って言うのは、ついてくるものじゃないの。つけていくものなの! 努力しないで、恋を成就させようたってそれは無理。でも、恋は、すんごいパワーをくれるんだよ?」
「……そうかも……知れないけど……」
「みてみてよ。私を」
「え?」
「君に、恋した、私をさ!」
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