カウントダウン『5』

―香葡さんの誕生日まであと五日―


「おはようございます!! 香葡先輩!!」


「あぁ! おはよう! 燈! 今日も元気だね!」


「えー! 香葡先輩だって、滅茶苦茶元気なくせに!」


「バレた? ふふふ」


香葡さんは、毎朝、そう言って、少し、悪戯っぽく笑うのが癖みたいだ。


「あ、橘君! 今朝も来てくれたの? 本当に嬉しい! 頑張ろうって思える!!」


「あ……そう? 良かった……。邪魔だったら……どうしようかと……」


「邪魔なんて、そんな事思ったりしないよ! 大歓迎!」


君の顔が、少し赤らんでいるのが分かる。あぁあ、そんな顔してたら、君が一番恐れてる、君の気持ちが、香葡さんにバレると言う惨事になってしまうよ?


「香葡先輩! 先輩って、何か好きなモノとか無いんですか?」


「好きなモノ? 何? 例えば?」


「う~ん……、趣味とか!」


「……そうだなぁ……バレーボールが、今は全て!!」


「……」


君、ごめん……。香葡さんが、そう言う人だって、私、何となく分かりかけてたんだけど、本当にそうだとは思わなかった……。何か、君が香葡さんの、誕生日に贈るプレゼントの候補を、何とかリストアップするために、ちょっと探り、入れたつもりだったんだけどな……。


「食べ物とかは? どうですか?」


「う~ん……」


(お願い!! 何か言って!!)


私の、祈りも虚しく……。


「食べられればなんでも! 私、好き嫌い無いの!」


「……」


君、ごめん……。何だか、そう言う答えが返ってくるような予感がしてたんだ。当たっちゃった。





それなら!




「先輩、ちょっと」


「え? 何?」


「如月? なんでおいてくの?」


「君は良いから、ゆっくりおいで。ゆーっくりおいで」


「? う……うん……」


私は香葡さんと、少し、ひそひそ話をするために、君を遠ざけた。




「香葡先輩って、好きな人って、いるんですか?」


もう、こうなったら、超直球でいこう! と、私は決めたのだ。


「あー……、そう言うのは、実は……私ね、何だか、ちょっと自分で言うのも何なんだけど、告白とか、結構されるの。でも、今の所、好きな人はいないよ。だって、今は、バレーボールが一番面白いからさ!」


「そうなんですか!?」


「え? そんなに驚く事?」


「だって、香葡先輩、本当にモテるから! 私の周りにも、香葡先輩に憧れてる人、知ってるんです!」


「えー……、なんか恥ずかしいな……。私なんて、ようでもないよ? 本当に、バレー馬鹿だし、勉強が出来る訳でもないし、特別綺麗でも無いのにね。はは」


「香葡先輩は綺麗ですよ! しかも、優しい! モテて当然ですって!」


「そんなこと言って、燈だってモテるんじゃない?」


「へ?」


「燈、2年の男子の間で、すんごい人気なんだよ? 知らなかった? もう、超人気者!!実はね、体育館、男バレと共同で使ってるじゃん? その時に、リベロの燈のスーパープレー、目の当たりにした男子連中が、いつも燈といることの多い、私に、紹介してってせっついて来るんだよね……。もう、うるさいくらい」


「そ、そうなんですか? ……全然知らなかった……」


「あはは! 燈は、色んな所に気が利くけど、そう言うの、気にしないんだ」


香葡さんが、ハハハと笑う。


でも、私、本当に知らなかったんだ。自分がモテるとか、自分が、君以外に誰かを恋愛対象として見るとか、考えたことなかったから。


でもね、この時思ったの。こんなに勘が良くて、頭も良くて、あらゆるものに敏感なはずの私が、自分がモテている事に気付かなかったのは、やっぱり……、君が、好きだから……なんだろうね。只、それだけ……なんだろうね。


「それよりさ、燈、もうすぐ期末テストだけど、朝練してて大丈夫なの?」


「ふふふ……。ご心配なさらず! 私、リベロくらい、勉強も得意なんです」


「え? そうなの?すごーい! 燈は文武両道なんだね。私は駄目だ―! もう、バレー推薦とるしかないね!!」


「香葡先輩なら、行けますよ!!」


「それなら、燈だって行けるよ! でも、まぁ、勉強も出来るなら、燈はどこまでも、自由に生きて行けそうだね!!」


「………………………」


私の、足が…止まってしまった――……。


か……⦆


私は、香葡さんに聴こえるか、聴こえないかくらいの小さな声で、そう呟いた。自分がそう呟いている事にも気づかずに……。


「ん? なんか言った?」


「え? 私、何か言いました?」


「え……あ、私の勘違いか……。ごめん、ごめん!」


「あ、いえ! すみません! 朝練頑張りましょう!! 今朝も!!」


「うん! 早く更衣室行こう!!」


「君! もう来て良いよ! 乙女同士の話も終わったしさ!」


「だね!」


香葡さんが、そう言って微笑んだ。君は、その笑顔に、また、みたいだ。




6月に入って、学校の周りや、あの公園の木々は、緑みどりして、本当に生きてるって感じがしたな。君と、4月に訪れた、公園と、おんなじ公園なのに、もう全然桜の花の命は途絶え、木々は、儚さより、木が持つ強さ、みたいなものが、堂々と立派にそびえたっている。


君と、毎日この公園を通るけど、杏弥は私の部屋に一度訪れただけで、あれ以来、私に安心したのか、君を私に任せたようだ。君の、用心棒と、君の、恋の応援団として。杏弥も、応援団には入っている。


ならば、何故、君と一緒に杏弥が、朝練のギャラリーとして来ないのか…と言うと、それは、私からのお願いからだった。


「杏弥、杏弥も朝練、僕と一緒に来てくれるよな?」


君は、まず、当たり前みたいに、杏弥に助けを求めた。


「あぁ。俺は構わないけど」


杏弥は、即答だった。確かに、杏弥は凄いコミュ力だし、と、香葡さんを呼び捨てにするくらい、フレンドリーな男だ。君が杏弥を誘う事は、安易に想像できた。


それを、私が杏弥に遠慮してもらった。君は、勿論、大反対だった。『杏弥が行かないなら、僕も行かない!』とか、『杏弥なしで行ったら、僕の気持ちがばれかねないじゃないか!』とか、『こんな僕がギャラリーにいたりしたら、朝比奈さんに迷惑がかかるよ!』とか……。君は、一体何処まで男らしくないの? 一人で香葡さんに向き合えなくてどうする! それに、辛うじて、私は側にいてあげるって事で、君に、なんの不満がある!!


気持ちがばれる? バレるくらいじゃなきゃ、恋は進展しないもの。それに、迷惑?そんな事、思うような人じゃないって、君が一番、分かってるはずでしょう? どうして君はそんなに臆病なんだ。そんなんじゃ、君は、一生今の君のままで、好きな人がもしも繰り返し出来ても、その人を想って幾度季節が巡ろうと、君の恋が進展する事はないだろうね。


だから! 香葡さんだけは、この恋だけは、クリアしなきゃ!! 全く新しい自分になった気分で、人生、変えてやる! ってくらいの意気込みで、挑まないといけないよ?



……と、私は、君に説教を4時間した。そして、やっと君は諦めて、私と2人で朝練に行くことを了承したのだ。


そして、今朝に至る。


「でも、嬉しいなぁ。橘君が、そんなにバレーに興味あるとは思わなかった!」


君は、明らかに、動揺した。それはそうだ。リベロすら知らなかった君だ。君が興味があったのは、バレーじゃなくて、香葡さんなんだから。


「あ、あ、あの……朝比奈さんの……練習試合見てから、バレーって凄い迫力あるんだな、って、思って……」


「えー、なんか恥ずかしいなぁ……。でも、ありがとう!」


「あ、いや……全然……」


ふふふ……。君は照れて、顔が朱くなってる。バレてしまえ!! なんて、意地悪な事を思った事、君は、私のボールを拾うだけのポジションに興味は湧かなかったんだって思った事、それは、両方、内緒。


「じゃあ、今日も、ギャラリー、よろしくね! 誰かが、たった一人でも、応援してくれる人がいるって、本当に力になるから! 行こ! 燈」


「はい!」


⦅君、中々良かったよ! あとは、私が何とか香葡さんの欲しいモノ、つき止めとくから⦆


⦅うん。よ、よろしく…⦆


そんなコソコソ話をして、私と香葡さんは更衣室に向かい、君は、体育館へ向かった。


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