カウントダウン『6』

―香葡さんの誕生日まであと6日―


「おはようございます! 香葡先輩!」


「燈! おはよう! 今日も早いね。うちらいつも一番乗り! ふふふ」


香葡さんは、そう言って、毎朝、少し、悪戯っぽく笑う。そして――……、


「おはよう、橘君!」


「おおおおはよう……ございます……朝比奈さん……」


「あはは! なんでタメなのに、敬語なの? 橘君って、本当にシャイって言うか、恥ずかしがり屋さんだよねぇ!」


そう言って、香葡さんが、君に話しかけるのは、今朝が初めて。私は、この前、杏弥と君を朝練のギャラリーだと言って、香葡さんに紹介した。今朝、君がここにいるのは、勿論、私の策略である。


「ですよねー! 香葡先輩! この人、やっぱりシャイすぎますよね?」


「あか……如月!そんなにからかわないでよ……」


と、香葡先輩の真ん前で言いそうになって、慌てて私の事を、名字で呼んだ君。私と、君には、その、があるんだ。


「ねぇ、燈と橘君って、どんな知り合いなの? 学年も違うし、燈はすんごい明るいのに、橘君はおとなしい感じだし。そんな二人の共通点が、思いつかないんだけど」


香葡さんは、本当に真っ直ぐな人で、思った事を口にするタイプだった。君とは、正反対だね。


「実は、この人に、痴漢から助けてもらった事があったんです! その時のこの人の格好良さ、先輩にも見せたかったなぁ!」


「えー!! 格好いい!! 痴漢捕まえたの!? 橘君!!」


香葡さんは、それはもう、意外!! とばかりに驚いた。


「あ……いや……まぁ……。そんな事するの、最低でしょ? だから……じっとしていられなくて……」


君は、心の中で、小躍りでもしてるんじゃないだろうか? なんたって、憧れて、好きで好きで仕方ない香葡さんに、『格好いい!!』と言わしめたんだから。


でも、忘れないで? 私に、感謝しなさいよ? 君を、こんなに上手く格好の良い男の子に思わせてあげたんだから。しかも、この朝、この一瞬で。


「で、今日も、この人、朝練のギャラリーです!! なんか、この前の練習試合見て、バレーボールにはまったらしくって。でも、この人、自分には運動神経ないから、見てるだけでも楽しかったって言って、それはもう、香葡先輩のスパイクに感動してたんですよ!!」


「…………」


君は、私の方を見て、『言い過ぎ!!』みたいな視線を送ってきた。ふん! そんなの、関係ないもんね! 私にかかれば、君の恋を成就させるくらい、なんてことない事なんだから!


それに引き換え……、


「えー……なんか、そんな、感動するなんて思ってもらえるプレー、私、まだまだなのに…。でも、嬉しい!! ありがとうね、橘君! 橘君が応援してくれる分まで、私も、燈も頑張るよね!?」


「はい! 勿論です!!」


香葡さんは、もうにっこにっこして、君を見つめていた。君には、その視線は少し痛かったかな?片想いの最中って、冷たい態度をとられれば、当たり前に切ないけど、でも、その反対、嬉しくても、胸がぎゅうーって締め付けられるような感覚も、あるんだよね。


君は、今、まさにそんな心中なんだろうな。香葡さんに笑いかけられて、名前を連呼されて、格好いいと言われて、君の分まで頑張るよ、って言ってもらえて…。でも、君の心臓には、ちょっと、刺激が強すぎたかな?君の、昨日から練習してた笑顔が、もう引きつり始めてる。


ちょっとちょっと! 朝練が終わってからが、勝負なんだからね!


『お疲れ様』とか、『スパイク格好良かったよ』とか、『あんなに曲がるフローターサーブ見たことないよ』とか、いっぱいいっぱい、褒めたり、香葡さんの笑顔を引き出す、と言う使命が、君には、残ってるんだよ? こんな朝の挨拶から、青ざめていてどうするの?


「じゃ、行こうか! 燈」


「はい! 先輩!」


「じゃあ、橘君、つまらなかったら、途中で帰って全然良いんだからね? でも、良かったら、最後まで見て行って!!」


香葡さんは、そんなとびっきりの言葉を、とびっきりの笑顔で、君に言った。そんな言葉をそんな笑顔で言われたら、君が言うべき言葉は、一つしかない! 分かってるよね?


「ぜっ! 絶対! 最後まで見ていくよ!」


「!!」 


私……、初めて、君は本当は香葡さんに、恋する権利を前から、十分、持ってたんだって、思ってしまった。私の指示なしに、自分で、香葡さんに言葉と、そして、笑顔を向けた事で、私は、君を……、また、好きなってしまった。


「君! 行くよ!」


そう言って、私は、君の背中を、両手で押して、香葡さんのとなりへいざなった。


「お、押さないでよ! 如月!」


君は、また、いつもの君に戻って、香葡さんの隣に行くのを、躊躇った。そんなの、関係ない。私の気持ちが、これ以上、大きくなる前に、隠せなくなる前に、君と、香葡さんを、くっつけないと……。これ以上は…さすがの私でも、胸が苦しい。







「行くよー! 燈!」


「はい!」


パ―――ンッ!!


「くッ!」


トンっ!!


「っしゃあ!!」


私の雄叫びが、体育館に呼応する。


朝練は、強制ではない。だから、受験生である3年生や、ある程度、技術がある2年生は、来ない事もまぁまぁある。でも、香葡さんと私だけは、毎朝、朝練をした。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!! 良いね! 私のスパイク、そんないいところにあげられるリベロ、中々いないよ! この調子で、チーム引っ張るくらいの存在になってね! 燈!」


「はい!!ありがとうございます!!」


君は、体育館の隅で、ずーっと香葡さんと私、そして、数名のバレーボール部員を、朝練が終わるまで、見ていた。私は、何だか、この競技がどうにも性に合ってるらしく、本気で、練習に没頭してしまう。だから、君がちゃんと香葡さんを見ているか、気にするのを、忘れてしまうんだ。


でも、それくらい、バレーボール部は、私にとっても、大事な存在になりつつあった。




「おっす! 見てっか?」


「あ、杏弥。おはよう。やっと来たね」


本当は、私が君の監視を忘れる可能性を、もう私自身計算済みだったから、その私の代わりを、杏弥に頼んだのに、あいつ、遅れて来やがった……。


「朝比奈、すげーな。めっちゃ声出てんじゃん。元気なのは知ってるけど、あれは元気を通り越して、ちょいこえぇーわ。ははっ」


「だね。僕も、朝比奈さんが、あんなに熱い人だとは、正直思ってなかったよ。でも……」


「でも? 何?」


「燈も……、凄いんだ」


「え? 燈ちゃん?」


「うん。滅茶苦茶、ボール、拾うんだよ! この前の練習試合では、よく見てなくて、申し訳なかったなって思うくらい、燈……凄いんだよ……」


「……」





「行ったよー!! 燈!!」


「はい!! 絶対上げます!!」


ズドン!!


もの凄い音で、ボールが、私の腕に叩きつけられる。それでも、痛いなんて言ってられない。もう、私は、のが仕事のリベロ。どんなに無理かも! って思っても、これは繋げなかった…ってなってしまっても、最後まで、ボールを諦めない。


「ナイス! 燈!」


「すぐ来るよ!!」


「はい!!」


体を捩じったり、床すれすれに飛び込んだり、後ろに飛んで、左手一本で拾ったり……。私、このスポーツ、天職かも……なんて、自分で思うほど、私のリベロの才能は、もの凄いものがあった。それは、顧問も、監督も、部長の二階堂先輩も、そして、香葡さんも、認めてくれていた。




「へー……、燈ちゃん、マジすげーな……。カッキー……!」


「だよね……。すごいよね……。朝比奈さんに負けてない……」

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