第22話 復讐者は、誰を討つ
「なんだ……なんなんだお前は!?」
マルクの叫びに、彼?は見向きもせず、悠に近づいていた。
彼?は軽い足取りで、倒れ伏した悠の右手を握る。
「可哀想な神よ。残滓となりて、ここまでの屈辱を受けるか」
「……だ。手前」
途切れそうな意識の中、振り絞るように声を出した。掠れた声を聞いた彼?は、憐れむような表情を悠に見せ、
「ですが、もうそれも終わりです。もう、貴女は苦しむ必要など無い」
「……ッあ!」
握った手にギュ、と力を込める。
それは怪力と呼べるほど強く、
「ァァァッ!」
骨を砕き、肉をもいだ。
痛みで意識と取り戻した悠。
だが、
(ふざけッ! 何だこの力!?)
彼は驚きを覚えていた。
自身より断然小さく、細い手に、
「悠!」
「ァァァァァァ!!」
己の手が、潰されそうだ。
マルクが一歩を踏み出そうとした。
だが、
「ッ!」
絶対的な恐怖が、本能を支配した。
彼は動けず、ソレから目を離すこともできなかった。
「おい!ドッペルゲン……」
何とか口を開き、偽者の方を振り向く。
彼を呼ぼうと彼の方を見た瞬間、マルクは言葉を詰まらせた。
(居ない!?)
先程まで居た筈の位置に、彼は居なかった。
(何処行った!?)
見渡しても、その姿はどこにも無い。
そして、
どん!
と、轟音が鳴り響いた。
(今度は何だ!?)
混乱しつつ、音源の方向を見やる。
その方面は、研究所。
見れば、壁がぶち抜かれているではないか。
(クソ、逃げやがった!)
ぼろぼろと崩れ落ちる壁だったコンクリート。
偽者が混乱に乗じて逃げたという、決定的な証拠だった。
「ああもう! 頭がバグる!」
自身の非力さを悔み、噛み締める。
悠の方を再度見れば、片眼で敵を見ていた。
「ぐ、あ!」
小さな唸り声を上げ、血を吐き出す。
悠は魔力で『海神叢雲』を握った。
腕は付けず、幼児の死角から。
魔力溜まりであるその腕で、上空まで剣を運ぶ。
「──考えましたね」
ふと、彼?は呟いた。
先程まで握っていた手を離し、空を見上げる。
上空には、既に落下を始めた『海神叢雲』。
「ですが、通用するかは別問題です」
刹那、彩が消えた。
「は?」
文字通り、跡形も無く。
良くて灰色と呼べる空。
理解した、理解してないに関わらず、時間は進む──
その、筈だった。
『海神叢雲』が空中で、静止したのだ。
「何が……起こった?」
最早、そこに驚愕は無く、ただ呆然と世界に問う。マルクも動いていなかった。
いや、何なら生物……世界そのものが止まっている。
「歯車を外した。わかりやすいように言えば、時を止めました」
「──ッ!」
平然と、彼?は告げた。
完全な絶句。頑張って探しても、かける言葉が見つからない。
「お前、何者なんだ」
「嗚呼、自己紹介がまだでしたね。我が名はアルスラーン。始まりの使徒にして、終焉をもたらす者」
「あるす……らーん」
アルスラーン。
そう名乗ったソレは、今度は悠の胸に手を当てる。その行為を不審がった悠だが、さっきの発言で、完全に力の差をわからせられた。
ゆえに、彼は言葉でアルスラーンと戦うしかなかったのだ。
「こちらは名乗りました。なれば、そちらも名乗るべきだ」
「藤波 悠」
お互い、名を伝え、悠は問う。
「目的は、なんだ」
「神の残滓の回収です」
「はぁ?」
神の残滓。
ここ数日で、何度も聞いた単語。
だが、それがどんな意味なのか、何なのか、彼は知らなかった。
「それと、俺だけを動かすのに、何か関係があるのか?」
「ええ。関係大アリです」
アルスは答え、右手に力を込める。
そして、全力で押した。
「ごぼ……!」
口から血を吐いた。
「今、この世界で動けるのは、神の残念だけですから」
「……待て、その理論で行くと……」
彼が言い終える前に、ドン! と爆音が鳴り響いた。その刹那、巨大な爆発が起きる。
方向は、研究所。
「何故、貴様が此処に居る?」
それと同時に、巨大な爪が空から降り注いだ。
アルスラーンは振り向かず、左手一本で全てを弾く。声が聞こえたのは、その後だった。
「おっと。これは行幸」
アルスラーンは首だけを振り向かせ、襲撃者を見る。薄ら笑いを浮かべるアルスに、それを見下す無表情の男。
「……零時!」
悠がその名を言った。
彼は機嫌が悪そうに悠の方をチラリと一瞥し、アルスラーンへ言う。
「20年前、幽谷に突き落としたはずだが?」
「ええ。あの時は油断してました。お陰で、10年間も動けなかったのです」
言いつつ、零時は拳を握っていた。
臨戦体制だ。
対するアルスラーンは、それどころでは無いと言わんばかりに、しっし、と左手を振っていた。
「『
「こちらとしては、あまり戦いたくは無いのですが」
『夕刻庭園』。
それは、世界そのものに干渉する、アルスラーンの存在魔力だ。
(結界内で全力を出したところで、世界を書き換えられれば負ける。ちッ。やはり厄介だな)
その性質を知っている彼は、悩む。
「……」
長い、永い沈黙。
やれるかどうか、微妙。
可能性は有る。だが、100%では無い。
よくて50%。
「どうしますか? ここで見逃してくれるのなら、こちらとしても嬉しいのですが」
悩む零時に、アルスラーンが言った。
ようやく答えを出した彼が口を開く。
「……良いだろ……!?」
だが、それは途中で止められた。
突如として矢が降り注いだのだ。
「何だ?」
それも、一本ではない。
「弓矢?」
無数に、まるでマシンガンのように降り注いでいた。それも、ある方角から。
「頭を抑えて下さい!」
「わかった」
咄嗟に彼?の指示に従い、右手の先に魔力を展開させ、頭をガードした。
降り頻る矢は悠を掠める。
「……死ぬ!?」
頬を掠めた弓矢は地面に突き刺さり、そのまま塵になっていく。明らかに、魔力で生成された物だった。
「……この弓、ヤクモか!」
その正体に気づいた零時が叫んだ。
弓矢の落下音でよく聞こえなかった。
だが、それは耳では無く、頭に直接伝わる。
(……何だ、これ)
──頭痛がする。
『ヤクモ』『神の残滓』『ナインズ』
この三つの言葉が、脳裏に焼きついて、離れない。
「逃げろ、藤波悠!」
ふと、誰かの声が聞こえた。
だけど、急に言われて、身体は反応できなかった。
「……あ」
立ち上がった時、違和感に気づいた。
胸の部分に、何かある。
「痛い……なぁ」
それを引っこ抜くと、右手が朱く染まった。
右手から伝わる鉄の匂い。鼻を刺激するその匂いに、
(あ、撃たれたんだ)
ようやく、その事実に辿り着くことができた。
「藤波!」
アルスラーンの叫び声が聞こえる。
──何でだろう。
「────────────ぁ」
激痛が走る。
今度は、右太ももに、左肩に。
見るも無惨に、全身に。
痛い。
痛い。
──死にたくない。
だが、現実は無情。
願いとは裏腹に、彼の意識は堕ち始めていた。
「ああ。死ぬんだ、俺」
そう言って、彼は目を閉じた。
「フハハハハハハ!!」
アメリカ、カリフォルニア州の沿岸部。
そこで1人、高笑いをしている男がいた。
彼は優雅にコーヒーを啜り、景色を眺めていた。その場所は、極東と呼ばれた国、日本。
灰色の世界で、彼は動き、笑っていた。
そんな彼に近づく、1人の女性。
新婦のような服装の彼女は格好に見合わぬ巨大な弓を持っていた。
「やはり、腕が鈍っていますね」
「いいや。そんな事はない。数千キロの狙撃。実に見事だとも」
「褒め言葉として、受け取っておきます」
くひひ、と笑う男に対し、無表情に話す女性に、男はまた笑う。
「やはり、捨てたものではないな!」
『神の残滓』ヤクモは豪穹を握りしめ、再度弦を引いた。そして、
「私は、貴方の手足として、使命を果たすのみ」
太平洋目掛け、再度打ち込んだ。
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