第5話 始まり
「…………」
目覚めると其処は廃校だった。
一体、どれほどの間眠っていたのだろうか。
硬いベッドで寝ていた様だ。
上半身の服が無い。
全身が痛い。
「……まじか」
左腕がない。
肩から少し下がすっぽりと無くなっていた。
けれど痛みはない。
悠はベッドから起き上がろうとする。
「がッッ……」
全身が悲鳴をあげている。
すると、こつこつ、と足音が聞こえてくる。
暗い闇の中でよく見えない。
こつこつと足音が段々と近づいてくる。
パチっとライトが部屋全体に付いた。
すこし眩しい。
目の前にいるのはフードを被り季節に合わぬコートを纏った人。
フードを捲ると其処にはソラが居た。
ソラの手元には水の入ったボウルとタオル。
どうやら悠が眠っていた時間、ソラが看病をしていたらしい。
「ありがとう」
聞きたいことは山々あるが、兎も角感謝をしなければならない。
「……」
ソラは何も喋らない。
黙々と作業を続けている。
「……最低限の治療はした。魔力による再生はまだ終わってない。もう少し寝てて」
淡々とソラは告げる。
時間だけが流れていく。
何も喋ることがないのだ。
というより何も答えてくれない。
そうこうしていると、また、コツコツと足音がする。今度のはさっきのよりも大きく、影が大きい。
男はサングラスをかけ、全身を黒色の服で統一していた。男にはある特徴があった。それは、金髪。
悠はどこかで見たことあるか?と考えていると、男はサングラスを外す。
「よっす、久しぶりだな悠」
ソレは聞き馴染んだ声、古びた時計、マルクだった。
マルクは古びた椅子に座り、悠に話しかける。「体調の方は大丈夫か?」
「あぁ」
「そうか、なら良かった。あー、その……残念だったな……色々と……」
マルクは目を逸らす。
悠は彼になら聞けるはず、と思い色々と思っていたことを聞いた。
「なあ」
「どうした」
「さっきから魔力、魔力って言ってるけど魔力ってなんだよ?」
マルクは一瞬キョトンとした。
かと思えば次の瞬間には豪快に笑った。
「嘘だろ?」
「マジ」
「マジかぁ」
マルクが答えようとすると、ソラがソレを制した。
「知らないのなら、知る必要は無い」
そういうポリシーらしい。
「上半身だけ、起き上がって」
悠が起き上がると背中に呪文を刻む。
「これで、立てるはず。でも、運動とかはダメ。本当に最低限の処置だから」
悠はゆっくりと起き上がる。
痛くない。痛くなかった。
けれど、少し辛さはあった。
軽く足踏みしても痛くなかった。
何が起こったのか、悠には分からなかった。
困惑している悠を横目に、ソラは部屋の窓を開け、飛び降りた。
「ここ、3回なんだけどなあ」
困った様に言うマルク。
訳が、分からない。
マルクは悠を見つめ、出口へと歩き始めた。
「大丈夫みたいだな。それじゃ、帰るぞ」
外に出ると、一台の黒い車があった。
「乗れ」
悠は言われるがまま、車に乗った。
耳に響くエンジンの音。
夜の道路を二人は進む。
人工の光によって照らされる街。
ここ、倶盧市が誇る光景だった。
平穏。変わりのない日常だった。
赤信号となり、全てが歩みを止める。
「あぁ、さっきの話の続きをしよう。何から聞きたい?答えれる範囲でなら答えてやる」
最初に口を開いたのはマルクだった。
「じゃあ、まず、魔力について」
悠は一番気になっていたことを問う。
マルクは軽く笑って、右手でサングラスを外した。
「魔力。正式名称は存在魔力。命の力。寿命とは違う、魂の咆哮。簡単に言ってしまえば、魂を削って魔術を使う。そう考えてくれ」
マルクの説明を聞いて理解したのかは分からない。けれども、今までのことを考えれば、納得する以外のことが悠にはできなかった。事実を受け入れることしかできなかった
「もっと正確に言うのなら、魂はこの世界に存在する為に必要なエネルギーだ。ある程度は使用しても回復するが、空になってしまえば、それは、消滅する」
死とは違う、完全なる消滅。
生きた証すら消え去る。
ただし、無意識で使うことは出来ない。
自分の魂の在り方を見た者しか使うことができない。
ある意味、その人の本性だと言っても良い。
止まっていた時間が動き出す。
エンジンの音。静寂が消え去る。
「魔力は、無くなったら死ぬ。ソレは分かった。けど……」
悠はそれ以上話すことができなかった。
もうすぐ、家に着く。
地獄を見てしまったから。
現実を、忘れていた真実を、思い出したから。
倶盧市の南部にできた、巨大なクレーター。
何故、こんなものができたのか、誰も知らない。
一説には隕石だと。
巨大なクレーターの中央に半壊した家があった。
焼け焦げており、今にも崩れそうな、悠にとっての全て。
中央に着くと、二人は車から降りた。
一人は、辺りを見渡し、事の大きさを見た。
一人は、壊れた全てを見て、ただ、泣いていた。
少年の目に映る、兄の亡骸。
骸の手を取り、少年は泣いた。
朱く染まった手。
黒く焦げた肌。
ただ、少年は受け入れることしか、できなかった。
「あー、一つ、お前に言い忘れていたことがあった」
男はサングラス越しに少年を見る。
「その……お前の、弟の死体がな……無かったんだ」
「!」
「何処にあるのかは知らんが、少なくともここには無かった」
少年は何かを期待する様に、男を見つめる。
「もし、戦の相手が、オルゲイなら、十中八九生きているだろうな」
まだ助かる、まだ間に合う。
失ったものを、取り返すために。
少年は、決意を固める。
兄の意思を継ぐと決めた。
泣くのは、全てが終わってから。
「俺は……」
身体中の魔力が黒く変化する。
「いや、俺が……」
少年は立ち上がり、男は少年の意思を見届ける。
「全部……」
白銀の瞳が、
本能の黒が、
静寂を打ち壊した。
拳を握りしめ、思いっきり、決意を叫ぶ。
「取り返す!」
少年は、もう、泣いていなかった。
星が、月明かりが、二人を照らす。
零から壱になる為に、少年は、茨の道を進む。
たとえ、結末が無くても。
たとえ、全てが嘘だったとしても。
たとえ、信じた者に裏切られたとしても。
復讐を、成し遂げる。
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