第21話 夕刻より


「バカな……お前たちが……」


動揺を隠せない偽者。

それもその筈。

彼にとっての家が、研究所だったのだ。


「ソラ、中を頼む」

「わかった」


悠の言葉に、ソラと零事が研究所へと突入した。少し離れて、マルクが2人を見守る。

たじろぎながらも剣を握る偽者に、悠が一歩出た。


「悠……お前」

「大丈夫だ。なんとかする」


マルクの心配をふり、悠は敵を睨みつける。

彼はそれに応えるように一歩踏み出した。


「知るか。俺たちも今ここに来たんだ。そっちこそ、何の用だ」

「誰が答えるか」


言いつつ、切先を悠に向ける。

一触即発。

互いの剣が喉元を指し、一歩たりとも動くことはできなかった。


「……お前か? 暁斗を誘拐したのは?」

「は?」


悠の問いに、偽者はポカンとなった。

その隙を逃さず、


「だぁ!」


刹那の無防備に、渾身の蹴りを打ち込む。

予想外の一撃に、脳みその処理が追いつかなかった。ダメージは無い。


「ごぶッ!」


森林に叩きつけられ、土埃が舞った。

傷一つ無い肉体でゆっくりと立ち上がる。


(化け物が)


それは、どちらの思いか。


「話し合いもできないのかよ。俺のコピーの癖に」

「誰が!」


感情をぶつけ、剣をぶつける。

一撃必殺を。


「ッ!」


刹那、偽者の剣が、白く光り始めた。

悠の黒とは真逆。世界を覆い尽くす明かり。

存在魔力『白』だ。

風のように魔力が蠢き、


「来い!」

「シャフト!」


彼らの声で、発射された。

弾丸を凌駕する速度。

空気すらも切り裂き、斬撃は敵を切り裂かんと進む。


「ッッッ!」


寸でのところで剣を滑り込ませた。

放たれた膨大な魔力を抑えるだけでも精一杯だ。


「手前!」

「ふ」


偽者は不敵に笑っている。

焦りを出していた悠に、選択肢は残されていない。どちらが優勢か。

そんなもの、最初から決まっていた。


「終わりだ。我がコピーよ」


咄嗟に、マルクが一歩を踏み出す。


「悠!」


だが、あまりにも距離が離れすぎていた。

悠まで少なく見ても20メートルはある。

刹那で移動できる距離ではなかった。


ばん!


(クソ……! 前が、見えない!)


白が閃光弾のような光を上げ、大きな爆発を起こした。目が眩んだマルク。

刹那にも満たない時間だったが、彼が見逃す訳もなく。

彼が再度目を開くと、そこに死神は立っていた。


「じゃあな、マルク」

「貴様ッ!」


振り上げた剣を振り下ろす。

マルク自身に彼らのような戦闘力は無い。

下手すれば魔力すら使えない一般人以下だ。


(不味い……死ぬ!)


一瞬、思考を巡らせる。

だが、いくら考えても、眼前の敵に勝てる可能性が出て来なかった。


「ぐっ!」


無意識のうちに全身に力がこもっていた。

無情にも、剣は振り落とされる。

だが、


「何?」


その死は、同じく無情にも薙ぎ払われた。

閃光が剣を抑えている。

その正体を見て、彼は言葉をこぼした。


「なるほど。生きていたか」

「こんぐらいで死ぬと思ってんなら、頭冷やせよ」


呆れを見せつつ、彼は笑う。

くたばっていればラッキー程度だったのだ。

当然と言えば当然。

偽者はバックステップをし、間合いを取り直す。

両肩を回し、骨を鳴らした。


「一応聞くが、どうやって?」

「誰が手の内明かすかよ馬鹿」


減らず口は相変わらず。

悠は『海神叢雲』を握る手に力を込めた。

余裕を醸し出しているように見せてはいるものの、実際、限界が近づいていた。

2人とも、あまり体力を使いたくなかった。

だが、その意思を見せれば叩き込まれる。

付け入る隙を与えれば、死ぬ。


(無駄にやりあっても……いや、暁斗は誰が)


それとは別に、悠は思考をやめなかった。

おそらく、偽者ではない。

かと言って、零事やオルゲイでもないだろう。

彼らには動機が無いのだ。


(ファスターを襲撃したのは誰だ?)


彼も同様だった。

未だ、彼と連絡が取れていない。

嫌な予感はするものの、流石に死んだわけでは無いだろう。


((いい、今は集中しろ。アレを斬ることを))


両者、剣を強く。

魔力を流し。

次手を。


極限化の緊張。

張り巡らされる殺気。

降りしきる怒気。

1分にも、10秒にも見た無いであろう静寂。

重く、のしかかった。


「どうだ? ここは一つ、協力をしないか?」


それを、打ち壊したのはマルク。

見合っていた2人が一斉に、こちらを向いた。

その瞳に宿るは銀色の殺気。

だが、同時に驚きの色も混ざり込んでいた。


「何だと?」


そりゃ意外だろう。


「お前……何言ってるのか理解しているか?」


彼らの反応は当たり前。

剣を下ろさず、敵を視界に収めつつ、第三者を見る。睨む視線に、冷や汗が止まらなかった。


「けど──」


何か言いかけた悠だが、


「お互い、このままやりあってもメリットは無いはずだ」


彼の言葉に、返すことができなかった。

正直、薄々と感じていたからだ。

ここで倒しておいた方がいいと。

けれど、今はそれどころでは無いと。


「……」


無言で剣を下ろした。

でも、それは偽者の方。

悠は相変わらず剣を突きつけている。


「否定はせん。確かに、こちらにも成すべきことがあった」


漸く我に返ったのか、


「ああ。そうだな」


悠も剣を下ろした。

お互い、少なくとも今はやり合う気は無くなったのだろう。

剣を鞘に戻し、マルクに歩み寄ろうと近づく。

その姿を見て、彼は安堵の言葉を溢した。


「よし、協力者が増えたな──」


その時だった。


「は?」


一際大きな球体が、彼らの中心で爆発したのだ。太陽の様な輝きを放った黄金の球体。


「──ッ!」


咄嗟にガードしたマルク。

長袖を貫通する、焼かれる痛み。

肌が焦げそうだ。

骨が溶けそうだ。


爆風に煽られ、あたりの木々が薙ぎ倒されている。


「おい! 無事か!?」


何とか声を発したマルク。

肝心の2人は、


「ちッ。何が起こっている?」

「知るかよ! 俺が聞きたい」


魔力を身体に張り巡らせ、爆風を受けていた。

黒いバリアと白いバリア。

なんとか受けきれている2人。

だが、それも限界に近づきつつあった。


(不味い……ヒビが。持たない)


わずかな隙間から流れ込む熱気。

悠の身体へ突き進んでいた。


(熱っ!)


サウナのようだ。

熱気は外に逃げることなく内側に籠る。

暑い。熱い。灼い。


「グ……ソ。 んだよこれ!」


焼ける喉から振り絞った声が、掠れた。

左手だったモノは、魔力に作り変えた。


(あ)


ぷつん、と何かが切れた。

どこかはわからない。

けど、とても大切な場所。

なんとか踏ん張っていた足が、力無く倒れ始めた。


(何だ?)


悠を囲む黒いバリアの崩壊と、爆風が治ったのは、同時。

白いバリアを解いた偽者は、


「は?」


ただ、呆然と立ち尽くした。

彼の視線の先は、爆発地点。

焼け野原となったそこを見て、彼は言葉を失った。

爆発の中心点に、一つの影。


「夕刻より、を迎えに参りました」


ソレは、中性的な見た目の幼児だった。

少年とも取れる体格。

少女とも取れる眼。

その上、子供には似合わぬ黒いタキシードを着用していた。


矛盾点が一つに集中したソレは、笑みを崩さず近づく。マルクを無視し、偽者を無視し。

ただ一言、悠に向け、言いやった。


「依代を捨て、我が許に回帰せよ」

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