第18話 昔話


「俺は、契約をしよう」

「代償は?」

「俺の魔力」

「契約は、成立した。■■■、■■■■■。この戦いは、君の刃となろう」


懐かしく、慈しむべき、悲しみの記憶。

忘れたくとも、忘れることはできない。

楽しかったか、と言われたら決して首を縦に振ることはできない。苦しかったか、と言われたら肯定以外の答えが無い。

過酷、地獄、絶望。負の感情が歪み、蠢き、混じり合っていた。

探したくとも、見つからない。

40年前の、思い出を。

独り身の俺にとっての、唯一記憶に焼き付いていた思い出。


「……やるな、人間」


誰が言ったか、良く覚えていない。

ただ、碌な奴じゃなかった事は身体が覚えていた。

光を映す白銀の瞳は、かつての妻を想う。

名も忘れ、顔もうろ覚えの彼女の姿を。

心の底から、楽しかった。

けれど、拒絶した。

俺にとってそれは、最大の弱みとなっていた。もし、彼女達を狙われたら、俺は命を差し出す。その覚悟を持っていた。

だけど、気づいた。

俺が居ない方が平和なんじゃ無いかと。

最悪の答え。

だけど、天秤は彼女らの平和を選んだ。


その結果が、これ。

千の者を殺し、幾万の者を救った。

一人、見る者羨む豪邸で、ソファに座っていた。


──ローレンライト。


黄金の髪は、自堕落に乱れていた。

美しい白銀は、今は濁り、かつての輝きを失っていた。

唯一の友人であった彼女は、子供に託した。幼い頃に、家元を離れたから、きっと彼は覚えていないだろう。

少し、寂しくあった。

けれど、自分で選んだ道だ。後悔はできない。

きっと、自分は成長した彼らを見たら、正気を保てなくなる。

確信した。してしまったんだ。


、後は頼んだぞ」


あんなことを、言ってしまった。

その時点で、どこか壊れていたのだろう。

無限とも思える時間の中、静寂と共に時計の針がカチカチと時を刻む。

たった1秒が、とても長く感じた。


先祖の話を、昔親父から聞いた。

俺の先祖は、白龍らしい。

かつて、大陸を横断し、世界を股に掛けた最強の龍。

名を、■■■■■。

一点の曇りも無い、白亜の肉体。

それに、濁りも澱みも無い瑠璃色の瞳。

現在のブリテン島は、彼の死体だと聞く。


いつかの夢は、身体を汚し、犯し続ける。

泣きたいと、思った。

逃げ出したかった。

妻に、彼女に会いたかった。

隠し拒んだ想いが、現実を、今を蝕む。


隣で、少し錆びたかつての相棒。

それは、剣。戦場を共に駆け抜け、時に怪物をも討った。


「……。どうしてだ」


ありし日の記憶。

過去は、今を蝕む。

目が痛む。

が煌めく。


「終わった、ことだろう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る