第16話 竜


「ちっ」


舌打ちをして、再度走り出した。

敵は、どこかへと消え去ってしまった。


(なんで、やつは暁斗を誘拐したんだ?)


思考を続ける。けれど、一向に答えは出ない。

風を切って、走り続けた。

電柱を足場にして、加速し続ける。

足の感覚は既になかった。

ただ目的だけを持って、走り出した。

駅を目指して、田んぼを駆け抜ける。




自動販売機に小銭を入れる。


(……10円足りない)


そんなことを思いながら、財布から足りないお金を取り出す。

取り出した10円玉を機械の中へ。

親指で目的のモノのボタンを押す。


がらん、と音を立てて、ジュースが落ちてきた。

金属の落下音が響いて、彼女は缶ジュースを取り出した。

蓋を開けて、中身を口へ注ぐ。

外側からひんやりしていて、中身はそれ以上に冷たかった。

夏の暑さにそれはちょうど良くて、汗をかいた身体を癒してくれた。


「お前、いっつもそれ飲んでるけど飽きないのか?」


今更な質問をしてくるマルク。


「うん」


飲みながら、彼女は短く答える。

このやりとりを何度繰り返したのだろう。

そんなことを考えて、飲み物を口の中にぶち込む。


(……来た)


遠くから迫る巨大な魔力の流れ。

雑に淀んで、溢れ出していた。

空気を蝕んで、黒く染める。

満天の空を歪めて、彼はやってきた。


「!」


悠が見たもの、それは飲み物を飲んでいるソラと、隣で腕を組んで、サングラスをかけているマルク。


「なんで」


「遅い」


それと、零時。

だけど、あの時とは違ってスーツを着ていた。


「お前が」


悠は二つの意味で困惑していた。


一つは、彼がここにいること。

これに関しては、まだ理解ができた。

ソラの師という結論によって。


けれど、もう一つ。

暁斗の匂いが彼から感じられなかったこと。

それは同時に、零時が犯人でないことを意味していた。

そして、それによって生まれた新たな疑問。


「……誰だ」


暁斗を連れ去ったのは。

疑問が、悠の頭を支配する。

考えながら殺気を込め、零時に海神叢雲を突きつける。

空気を澱めて、黒が蠢く。


「まぁまぁ、落ち着けって悠。今回に関しては彼は味方だ。お前の為に協力してくれる。だろ?」


零時を睨みつける悠を宥めるようにマルクが口を開いた。


「あぁ、神の残滓ナインズの依代よ。今回に関しては俺にもメリットがある。十分に協力してやる」


彼は少し口角を上げ、マルクの意思に応えた。

そんな3人から少し距離を置いたソラが、缶ジュースをゴミ箱に投げた。


「納得はしたくないし、信用もしない。けど、時間が無い」


意思を告げ、悠は海神叢雲を降ろす。

左腕の魔力を分解し、身体の中に押し込める。


「……暁斗が連れ去られた」


「まじか」


悠の言葉に予想外だと反応するマルク。


神の残滓ナインズの依代、自分の偽物と接触したようだな。『ファスター』と言った名は聞かなかったか?」


「うん」


的確に、情報を聞き出した零時に、正直に答えるしかなかった。


『……』


「え」


3人は黙り込んで考えていた。

「ファスター」と言う男?に対して。

思考を巡らせて、3人は同じ結論に至った。


面倒なのに絡まれたと。

ただ、その中で零時だけが少し喜んでいた。


「急ぐぞ、敵が敵だ。時間は殆ど残っていないと考えろ」


それだけ言って零時は走り出した。

無論、人以上の速さで。

動きに一切の魔力は感じられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る