第14話 裏切り


眠い目を擦りながら、通学路を歩く。

大きなあくびをして、ゆったりと。

今だに左腕があった場所が黒く染まる。

貫かれた胸は、今も痛んでいた。


靴を脱いで、上履きに履き替える。


(今日は、何も無いと良いな)


そんな希望を抱き、階段を駆け上がる。

長い廊下を歩いて、教室の扉を開いた。


「……なんで」


そこは、本来悠がいた場所。

そこは、本来悠がいるべき場所。


そこに、奴はいた。

制服を着て、夕の机に座っていた。

両肘を机につけ、友達と話している。


「!」


全員が一瞬、悠の方向を振り向いた。

静寂に包まれたクラス。


「誰だ、お前」


最初に口を開けたのは秋だった。

それだけで、悠の心の何かが砕けた。

ふと、それは悠の方向を振り向き、ニヤリと笑った。

そして、悠の元へと近づく。


「に、せ、も、の」


そう唇を振るわせ、彼は秋たちの方へと戻っていった。


「……」


悠は、何も言えなかった。

誰も、悠が入れ変わったことに気づかない。

かーんと始まりのチャイムが鳴った。

平然と、一日が始まる。


みんなが楽しそうに笑って。


それを、悠は悲しそうに見ていた。

見ることしか、できなかった。

気づけば、手のひらから血が滲み出ていた。


「……ッ」


無言で、学校を飛び出してしまった。


悠は許されない行いをした。

自分自身と名乗り、悠の全てを奪った。


駅前の道を、肩を落として歩く。


「ん、どうした、そんな暗い顔して」


悠に差し込む希望の光、それは、マルクの声だった。


「……マルク!!」


悠はマルクに事情を全て話した。

唸り声を上げながら、二人は歩く。


「……なるほどな。お前を名乗る偽者ドッペルゲンガーに、全てを取られたと。んで、協力してくれる人がいないと」


復唱でもするかのように、マルクは悠の話をまとめる。


「にしてもお前、随分と面倒なのに巻き込まれたな。ぶっちゃければ偽者ドッペルゲンガーなら、まだマシなんだよな」


マルクの発言に戸惑った悠。

そんな悠を気にすることなく、マルクは独り言のように自分の考えを呟く。


「なぁ」


「?」


急に、マルクが悠に話を振った。


「もしかしてだが、それは?そうなると、かなり不味いことになる」


「え……ああ」


肯定。

マルクの額に汗が走った。

電車が走り、轟音が二人の間に入る。

冷静に、思考を制御する。


「今すぐ『海神叢雲』を取りに帰れ。ソラは俺から言っておく。弟の安全は……お前の偽者なら、大丈夫だろ」


声色を変えて、悠を諭す。

無意識でその意思を汲み取った。

正直に言えば、少し楽観していた。


「わかった」


駅で別れ、悠は電車に乗り込んだ。

がたん、と揺れるせいで少しも安心できない。

田んぼを抜け、電車は目的地へと着いた。

駅を抜け出して死ぬ気で走る。


「はぁはぁはぁはぁ!!」


息切れなんて気にせず、体力なんて知ったことでは無い。

10数分走って、ようやくクレーターが見えてきた。

いまだに修復が始まっていない巨大なクレーターの斜面を滑るように、駆け降りる。

そこから更に走って、ようやく家が見えてきた。


鍵のかかっていない玄関を破って、海神叢雲を回収し、暁斗の部屋に入った。


「!」


暁斗の姿が無い。

家中を駆け巡って、リビングにたどり着いた。

リビングの机に置いってあった手紙。

恐る恐る手に取って読み上げる。


『もう、遅い』


悠の中で、なにかが砕けた。

黒が蠢いて、手紙を飲み込んだ。

今、完全に敵として認識した。


「……またかよ!」


悠の怒号が、誰も居ない家に響き渡る。

黒が、更に強く蠢き始めた。


「絶対に殺してやる!あのクソ野郎!」


暴走とも言わんばかりに、魔力が爆発した。

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