第24話 格子状のソプラノ
「よーやっと起きたか」
「……」
目を覚ましたのは、廃病院だった。前の時と同じく、硬く冷たいベッドに磔にされている。
ただ、前回と違うのは同伴者。
「俺、どれぐらい寝てた?」
「さぁ? 一週間ぐらいじゃね。オマエのおかげで俺は睡眠不足さ」
よく見れば、マルクの手元に深いクマが刻まれていた。研究所襲撃時にそんなのはなかった。
苦労したのだろう。話しているだけでも少しふらついていた。
「大丈夫なのかそれ。っても、俺にはどうしようもないけど」
「ああ、気にすんな。ちょっとしたら寝る。仕事終わりまでの辛抱さ」
左腕は、やはり無い。肩から下が無いのは、未だに慣れなかった。いくら魔力で補強しているとは言え、無いものを作ろうとするのは精神的にも負担が大きかったみたいだ。
魔力を練っても、作り出せずにいた。
「一週間、その間に起きた事だけ聞かせてくれ」
「ああ、いいぞ。乗りながら聞かせてやる」
ゆらりと立ち上がった。
「ッ」
頭と胸を、殴られた痛み。
いつもの頭痛とは違う。頭を押さえ込んだ時、
「包帯?」
布越しになっていた。ベッドの下にあった剣を掴み、杖代わりにして立つ。
「大丈夫か?」
「ああ……」
マルクに支えられて、廃病院を後にした。
時間は深夜。マルクのオンボロ車はエンジンの音を響かせて、今か今かと待っていた。
助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
考え込む悠を乗せて、車は走り出した。
(海神叢雲はある。アレで俺は……何をされたんだ?)
研究所での戦いは、混沌を極めた。
目標であったファスター、偽者の逃亡。
挙句、第三、第四者の乱入。その2人?共、確かに悠を狙っていた。
(アルスラーン。零事……アイツらは、何者何だ?)
世界の理をも捻じ曲げるアルスラーン。
その力を受けず、対等に戦った零事。
それに、正体不明の狙撃手。
(俺の心臓をぶち抜いた、あの怪物も)
全員の目的やら正体やらが解っていたら、対処もつく。だが、全員敵が味方もわからないのだ。
(完全な敵なら、弓矢が射出された時点で俺を殺せた。あんだけの隙、同じ立場なら絶対そうする……)
敵。味方。敵。味方。
利益か不利益か。今考えるのはそれだけだ。
それ以上は、情報が欠落し過ぎている。考えるだけ無駄だった。
「考え事している様だが、いいか?」
「お、おう」
と、マルクが口を開いた。
「この一週間、ソラが暁斗、
「……暁斗」
肝心な方が見つかっていない不安、今すぐにでも潰したい相手が見つかった安心が複雑にぶつかり、悠を冷静にさせる。
「零事も協力してくれてたんだけどなぁ。アイツ、途中から『事情が変わった』の一点張りで打ち切っちまったんだよ〜」
「あー」
その理由をなんとなく察していた。
アルスラーン絡みだろう。
「んで、偽者の方は……まぁ、大方予想通りかな?」
「学校か」
「イェス。呑気に藤波悠を演じてますよ。ま、下手に逃げられるよりはいいか?」
正直、複雑な気持ちだった。
手の届く範囲にいるのは良いが、よりにもよって学校とは。
「コーヒー飲めるか? それともジュース?」
「水でいい。寝起きにジュースはしんどい」
ピーピーピーと、車が音を出す。あたりを見ればコンビニの駐車場。車を止め、彼はコンビニへと駆け込んだ。
「ほらよ」
「ありがと」
渡されたビニール袋には、おにぎりとペットボトルが入っていた。具はツナマヨ。ラベルは天然水。
「あ、具聞いてなかったや。それでいい?」
「うん」
ピンポイントで唯一食えるやつを買ってきた辺り、慧眼があると思う。
肝心な彼は、エナジードリンク。カフェインが足りないのか、3本も買っていた。
「死ぬぞそれ」
「死なん死なん。これで死ぬんなら、とっくに死んでる」
「はは。それもそっか」
ごくごくとエナジードリンクを飲みきったマルクは、もう一度口を開いた。
「さぁて、真面目な話」
「?」
おにぎりを口に頬張りつつ、耳を傾ける。
その内容は、とても大切な事だった。
「この先、どうする?」
悠は答えない。
1分経っても、10分経っても、答えは出なかった。別に、出し渋っているわけじゃない。
決まらなかった。それだけだ。
気づけば車は走り出していた。
「少し、考える」
夜風が靡き、車は走る。
目的地は無い。果てのないドライブだ。
「ああ、そうしろ」
次なる目的地は、
銀 讃岐うどん @avocado77
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