第25話 明日へ


「ぐ……ごばぁ!」

 腹部を抑え、血反吐を吐き、壁沿いに伝っていくのは、ファスター。

 白衣の一部は真っ赤に染まり、その眼にはどす黒い意が宿っていた。

「あんのヤロー、加減なしかよ! 人の研究所メチャクチャにしやがって……!」

 怒りを覚えたが、例の剣士に対抗する手段は持ち合わせていなかった。

 逃げ切れただけでも僥倖。

「しばらく、下水道ここで生活か……」

 足を延ばし、壁に寄りかかって座る。

 目の前には、濁った汚水。近くの工場からの排水が混じっている。

 死ぬほど汚らしい。

「悠は……まぁ、放置でいいか。余裕ないし」

 彼の言う悠は、偽者のこと。

 研究所が襲撃されて以来、連絡を取れずにいた。

先導者アルスラーンが顕現した以上、やつらも下手に動けまい」

 そう思いつつ、地面に血を付ける。

 手のひらサイズの円に、内側にはルーンらしき刻印が刻み込まれていた。

「『神が伝いし、我が神道ディ・ラープ・ア・レプリカ』」

 血の魔法陣が光り、魔術が発動された。

「回復まで……時間を稼がせてもらうぞ!」

 気絶するように、眠った。




 ──研究所襲撃日、夜、路地裏。


「ッチィ!」

 不機嫌そうに舌打ちをしたのは零時。

「まさか、アルスラーンが顕現しやがるとはな」

 溜息を吐き、眉間にしわを寄せる彼に、ペットボトルを差し出したソラ。

「アルスラーンって?」

 隣に立ち、自分の分のジュースを飲む。

「『先導者リペアー』意味は名前の通りだ。『神』の神造兵器、その一体だ」

「神の……」

「俺たちを産み出した『神』。やつが人を統治するために造られたとされる『神の伝達者ゴッデス・ピルグリム』の一体だ。役割は『争いの停止』。世界を壊さないようにするストッパーだな」

 ファスターとの戦闘を予期していた彼だったが、アクシデントが二つおきた。

 一つは、先刻の『先導者』アルスラーンの乱入。

 もう一つは……

め……!」

 アメリカから狙撃してきた敵、ヤクモ。

 彼の知る限り、弓を用いて太平洋を横断する一撃を放てるのは彼女以外いない。

 人間の範疇を超えた必殺。

 藤波 悠の心臓をぶち抜いた時点で、疑惑は確信に変わっていた。

「『神の残滓』、8を冠する者」

「ああ。そして、もっとも厄介なやつだ」





「……帰ったよ」

 一人、誰もいない家に着いた。

 巨大なクレーターの真ん中で、半壊している我が家。

 かつて、リビングだったものは、かつての面影を残さず崩壊していた。

「暁斗……!」

 数日前を思い出し、泣く。

 流れ落ちたものは、時計の代わりに時間の経過を教えてくれた。

「どこいったんだよ……!!」

 結局、取り返せなかった。どこにいったのか、未だ分からずじまい。

「教えてくれよ……!」

 明日を迎えることのしんどさが、何倍にもなった気がした。

(明日こそ……必ず)

 ぶち抜かれた黒い胸は、鼓動を無くしている。

 でも、気持ちだけは、少しずつ昂り始めていた。


「取り戻してやる」













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