第4話 銀と黒

「なんだ……お前……なんだ……何なんだ!!お前は!!」

「やめろ……来るな……来るなー!!」

「人じゃ、人じゃないのか?」

交差する赤。喰らい尽くすは黒。命が、魔力が、銃弾が飛び散る戦場。

死、死、死、死、死が死を呼ぶ地獄。

10分にも満たないソレは全て殺し尽くし、全て飲み込んだ。

誰1人として生き残りはいない。

誰1人として抵抗をできなかった。

人のカタチをしたケモノ。

ソレは藤波悠であり、藤波悠でない者。

地獄の体現。終わりの具現。

全てを飲み込む黒煙。全てを壊す黒き風。

破壊によって、争いによってあたり一面が焼け野原となった。

悠ですら理解することのできない獣の本性。

それが、全てを破壊した。



1時間前。

「何だよ…‥これ」

悠は不思議な岩に触れた。

『承認。[海神叢雲]ノ解凍ヲ開始。魔力量、性質、共ニ問題無シ」

禁忌に、触れた。

「お前は……一体……」

どこからかも分からぬ声に悠は恐怖をぶつける。

『冷凍化解凍、所要時間三十分」

触れてはいけなかった。見てはいけなかった。

これから、平和が、平穏が、全て崩れ去る。

その事をまだ悠は知らなかった。いや、知りたくなかった。

「あ……ぁ……」

恐怖で体が震えている。

これから何が起こるのか。これから俺はどうなるのか。

不安、恐怖、絶望、碌でもない感情に縛られ、動けなくなっていた。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああ!!」

無理矢理にでも身体を動かす。

歩数にして10歩も無いはずなのに、扉が遠く、遠く感じた。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」

何とか禁忌から出ることができた。1番最初に襲ってきた苦痛は、後悔だった。

自身の知的好奇心の為に禁忌を犯すべきではなかったと。

ふと、鏡を見た。朝よりも酷く、銀の瞳は、黒く染まっていた。

悠は倒れるようにして地面に座った。

少しでも、恐怖から、後悔から逃れる為に。




今日は朝からやることがあった。

もうすぐ、悠の誕生日だ。

去年はゲームを。一昨年は玩具を。

今年は何にしようかと、真剣に悩む。

兄として、社会人として、やるべきことをしなくては。

何件ものデパートを周り、良いと思ったものを選ぶ。

悩みに悩み抜き、今年はネックレスに決めた。

黄金と緋色が混じったパールのネックレス。

織はウキウキしながら店を出た。

悠が終わりのトリガーを引いた事を知らずに。



学校が終わり、家へ帰宅する。

部活動には入っていない。やりたいと思ったが、遠征などに行けない為仕方なく。

友達と会話をして路地に着く。

別れる直前、彼らは約束をした。

明日、遊ぼう、と。

それは簡単な約束。けれども、彼らはこの約束が絶対に達成されない事を知らない。

暁斗に明日は、無い。



家の前の交差点で2人は出会う。

運命のように、必然のように。

ただいまとおかえり。

当たり前の光景。絶対的な日常。

2人は仲良く家に帰る。



一体、どれほどの時間、眠っていたのだろう。

もうすぐ、2人が帰ってくる。

もうすぐ、元の生活に戻る。

もう、忘れていいんだと。

もう、見なくていいんだと。

少し、嬉しかった。

思いっきり、おかえりって、言うんだ。

悠は2人を出迎えようと玄関の扉を開ける。

禁忌に触れた時と同じ様に、思いっきり、力強く。



次の瞬間、全てが終わった。

見知らぬ男が10数人立っていた。

「誰?」

何か、無意識のうちに分かっていた。

「お前、銀だな?」

サングラスをかけ、びっしりとしたスーツを着たリーダーらしき男が話しかける。

「は?」

悠には理解ができなかった。

すると、リーダーらしき男が、左手を挙げる。

「取り押さえろ」

その言葉がトリガーとなり男たちの在り方が変化する。

1人は熊へ。1人は狼へ。多種多様に肉体が、魂の在り方が変化する。

獣たちは涎を垂らし、獲物を狩る目をしていた。

悠は恐怖で動けなかった。魂そのものを変化させる異能。それを平気で使う精神が恐ろしかった。

「悠!!」

「兄さん!!」

買い物から帰ってきた二人が叫ぶ。

「あぁ、そう言うことか」

何かを理解したリーダー、オルゲイは右手を腰のホルダーにかける。

「……!!」

織との絶対的な間合いを作る。

「暁斗、荷物…持っててくれるか?」

織はかくる笑って暁斗を見る。

「分かった……」

暁斗は荷物を受け取ると自身が安全思う、路地に逃げた。

「誰だ、お前ら」

「久しぶり、いや?初めましてかな?まぁ、そんなことはどうでもいい。目的は銀の回収だ。俺たちはやるべきことだけをやる。邪魔をするな」

一触即発の時でさえ、彼らは笑っていた。

「お前も銀か、いや、悪く無い。サンプル多いに越したことは無い」

織が一直線に走り出す。

オルゲイがホルダーから、ハンドガンを抜く。

織が一気に間合いを詰める。

オルゲイがトリガーに指をかける。

バン!と、大きな音と共に繰り出される銃弾。

すんでのところで躱した織はカウンター気味の回し蹴りを繰り出す。

周り蹴りとほぼ同時にオルゲイはバックステップをした。

空気をも切り裂く一撃は微かにオルゲイの頬を切るだけに終わった。

「悪く無いな。銀。だが、それだけだ」

「……」

またしても間合いが生まれた。

今度は先程よりも遠く、体術が圧倒的に不利な距離。

だが、やれないことはない。

織は間合いをどう詰めるのか思考を巡らせる。

ふぅ、と、深呼吸をし、目を開く。

先に動いた方が負ける。

だが、先に動かなければ殺される。

オルゲイは織を見つめ、悠の方を見る。

ふっ、と、笑った。

織が不気味に思いながら、右足を引き、構えを取る。

オルゲイは銃口を織に向け一発。

またしてもすんでの所で交わす。

スライドが後退し次弾が装填されるまでの刹那の時間。

全力で走る。だが、射程圏内まであと数歩足りない。

極限の集中力で次弾を交わす準備をする。

オルゲイは銃口を織に向ける。

織は弾を交わす為に集中する。

バン!と、轟音と共に銃弾が発射された。

「……!」

けれど、その矛先は、織では無い。

銃弾は獣達を避け悠の腹部を貫いていた。

「ご……が……ぁ……」

腹を貫かれた悠は一瞬で意識が無くなった。

刹那、あまりの出来事に織は動くことができなかった。

この隙を逃すほど、オルゲイも甘くは無い。

無防備な胸に弾丸を一発打ち込んだ。

「教えてやるよ。人にとって最も隙になりやすいものはな、守る者なんだよ」

反論すらできず、いや、そもそも声を出すことができなかった。

「一つ、俺の魔力は■■だ。冥土の土産ってやつだよ。苦しんで死ね」

織は地面にのたうち周り、何度も血を吐いた。

「血で染まれ、銀。お前は本来、生きてはいけないのだからな。守るべき者すら守れず死ぬ。あぁ、どんな気分なんだろうな、教えてくれるか?銀」

「は………お……前………に………は…………ん………な………」

織は最後の力を振り絞り言葉を紡いだ。

「まだ生きていたのか。まあ良い、持ってあと数分だろう。アレはアイツらに処理させるとして、確かもう一人居たよな。それでいいや」

暁斗への死の宣告。

織には抵抗するだけの力が残っていなかった。

もう、喋れない。

銀の瞳が響み、朱く染まる。

未来への希望を残し、織は空に紋を描く。

もう、この世に未練は無い。

けれど、もう、弟達に会えないと思うと少し、寂しかった。


「ようやくくたばったか。おい!俺は帰るぞ。

お前らはそれの処理をしておけ」

暁斗を眠らせ、部下へ指示を出す。

ソレは同時に藤波の死でもあった。

オルゲイが右手を挙げ、思いっきり振り落とす。

時空が歪み、蒼き炎が浮かび上がる。

蒼き炎に包まれ、オルゲイは果てへと消えていった。


残ったのは亡骸となった悠とオルゲイの部下。

獣としても在り方をやめ、人に戻っていた。

悠は夢の中にいた。

人影一つ。

それは確かめる様に悠に問いた。

お前はどうしたい?このまま無惨に死ぬか、苦痛の上で生きるか。

考えるまでもなかった。

生きたい、と。

それは分かったと答え、悠の意識は完全に途絶えた。

「これ、どうしようか。ボスは捨てろと言ってたけどよ、なんだかなぁ」

「いや、面倒ごとになってしまうのは御免だ。ここで確実に燃やそう」

「結構うまそうじゃない?これ。佃煮とかありだと思うけど」

悪趣味な会話が聞こえる。

死体は四肢をもぎ取られていた。

その中で禁忌は目覚める。

其は、始まりを絶つもの。

其は、終わりを告げるもの。

其は、星を征くもの。

其は、■■■■■■■■

全ては、零に回帰する。


死体が起き上がる。

その場にいた全員が驚く。

けれども、死体には四肢が無い。

立てないと、男達は踏んでいた。

「なんだ?」

四肢の切断面から黒が漏れ出している。

液体でもなければ、固体でも無いそれは、四肢を繋ぎ止め、全てを喰らい始める。

手始めに近くにいた男を、次に獣と化した者を、次に半壊だった家を、全てを喰らう。

悲鳴すら上げれず、ただ、事実を受け止めてしまう。

喰らい尽くせ、喰らい尽くせ。

ようやくソレは目を開ける。

もう、その瞳に銀は宿っていなかった。

有るのは、漆黒の瞳。

ブラックホールの様に全てを喰らい尽くす。

喰っても、喰っても、腹は膨れない。


10分もしないうちに当たり100mの全てを喰らい尽くしていた。

そうして、何も喰らうものが無くなった化け物は元の死体へと戻っていった。

その光景は、誰も見ることができない。

仮に見たとしても、その記憶すらソレは喰らい尽くす。




「…………」

山の上から一つの影が全てを見下ろしていた。

まだ、誰にも知りようがない。


終わりは始まりへと回帰する。

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