第19話 光
『別の病院に行けば見てもらえると思いますよ』
『別の病院に行けば見てもらえると思いますよ』
『別の病院に行けば見てもらえると思いますよ』
「んあーーーーッ!!」
2023年5月2日午後。
あの医者の言葉を脳にリフレインさせながら、僕は自転車を漕いでいた。
思い出し殺意というものだろうか。時間が経った後にイライラが増す。
まだ季節は寒く。5月になったというのに長袖で1枚上に着ないと辛い。
会社には「ゴールデンウイーク前にもう一度医者に行かないと!」とお願いをし、快く了承を貰って午後半休。準備を整えて家を飛び出す。
目指すはほぼ隣町。1キロ先の病院だ。
ペダルを漕ぐと、妙にタマがサドルに当たる。
内臓から刺激されているような気持ち悪さがあってどんよりした気持ちになるが、寒い日のおかげでまだマシだった。
何がマシかというと、タマの袋が縮こまっていて、ブラブラしにくいのだ。
バカみたいな話だが、これが大マジだ。リラックスしたり風呂に入った後の伸びた皮膚は、どう足掻いても回避できないほどにブラブラする。
これが本当に泣けるほどつらく。鈍痛と圧迫の二重祭りでトランクスなんて履けない辛さだ。
ズボンも股下に余裕があるものを履くしかなく、いっそスカートでも買ってやろうかという気持ちになる。無論、身長177㎝の大男がそんな出で立ちになったら事案になるのでやらないが。
*
病院Cへ行き、さっそく尿検査と血液検査を受けた僕は、担当医のまるで呪文のような独り言診断を受けていた。
(何言ってるかわからねぇ…)
高齢かつ独り言と声の小ささが相まって、割と不安が増す診察を受ける。
「この数値は……なんだっけな……あー……こうなってるから……ちがったかな…」
「あの……」
「じゃ、……ズボン降ろして」
「あ、はい」
終始こんな感じである。
不安は増すばかりだが、とりあえず話は進んでいるものとして言われたとおりに触診を受ける。
「ちょっとね。経過観察だね」
「経過……観察……」
日本に帰国してから、すでに結構な日数がたっていた。
改善しないどころか悪化しているような気がしている身としては、かなりの絶望感を感じる。
しかし、自己判断でまた病院を変えれば、再審査の過程でさらに時間がかかってしまうだろう。流石にそれはできないので、仕方なく医者の言うとおりに腫れたタマを抱えて家に帰る。
―――そして、経過観察を繰り返し、なんとさらに3週間が経過した。
*
「ずいぶんと時間がかかっちゃったけどね。今日はとりあえずキンタマにペンライトを当てますね」
「金玉に……ペンライトを……!?」
もはや名運尽きたかとあきらめかけて3回目の診察で、僕は唐突に理解不能の診察を受けることになった。
いや、言葉としては理解できる。しっかり日本語だ。
しかし、口の中を覗くノリでペンライトをタマに照射するというのはびっくりした。
が、サポートで立っていた看護師さんが気を利かせて説明をしてくれる。
「性病やウィルスの線はない状態で、ここまで腫れあがった場合ですね。水が溜まっているかもしれないので、強い光を密着させて診断するんです。タマに水が溜まっていた場合、光りますので」
「なるほど……光るんですね」
キンタマキラキラ水曜日。
あまりのパワーワードの連続で脳がアホになりつつあったが。理屈としてはようやく理解できた。
つまりあれだ。ペットボトルの光拡散ライトだ。
実にわかりやすく、かつリアクションに困る状況だった。
医者は部屋の電気を消すと、医療用のペンライトを取り出す。
「じゃあ光を当てますね」
「はい」
「…………あれ?」
「なんかありました?」
「キツネさん……今力抜いてますよね?」
「え、はい。無になってましたので、力は抜けているかと」
「えっとですね……今日寒いからだと思うんですけど……タマの皮が厚くなっていて、うまく光らないんですよね」
「……………………なるほど?」
それしか言えなかった。
いや、人生は驚きの連続だ。僕のタマは光らなかった。心の中のアルター使いが、もっと輝けよと囁く。とはいえ、これ以上は流石に判断が難しかった。
「恐らくなんですが。陰嚢水腫かなと思います。うまく光らなかったのですが」
「そうですね。キンタマ光らなかったですね…」
「一応、今後の件を考えて、ワンランク上の病院に移動してください。エコー調査をして、詳しく調べてもらいましょう。うまく光らなかったので」
何なのだこの会話は。
「ちなみに、ここから40分くらいかかる病院なんですけどね」
「う”っ……結構かかりますね……」
正直、圧迫感が強いこの状態で長距離は精神的につらかった。
なおこの時点で、タマの大きさはすでに直径10㎝を越えていた。
*
そして、1週間後
僕はとんでもない診断結果を言い渡される。
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