第21話 腫瘍
「精巣腫瘍です」
「---------は???」
ドクンッ
心臓がバクバクと音をたて、世界が傾くような感覚を自覚した。
6月19日。運命は決まった。
腫瘍。つまり、癌だ。
僕は、癌だった。
だが、同時に頭の片隅に、冷静な自分がこう語りかける。
(予想はしていたんだよな……)
そう、予想していた。
どのサイト、どのコラムでも、通常睾丸が腫れた際の完治期間は、約1週間~2週なのだ。
抗生物質の問題で仮に1ヵ月かかることもあるだろう。
だが、そういったウイルス性の場合は腫れ具合に関係し、熱をもったり痛みが生じる。水が溜まるようなケースならば、エコー調査の時点で引っかかっている。
MRI検査をしようと言われた時点で、こうなることは半分自覚していた。
消去法で考えれば、これは腫瘍であると。
だが、実際言われる前と後では状況は違う。
次に思ったことは「時間」だった。
「状況は? 対処法と今後の流れを教えてください」
「え、ああ、…キツネさん、心象的に続けて大丈夫ですか?」
「飲み込みました。問題ありません」
「飲み込…おお…?」
「正直、病名がわかったのなら、すぐ対処していただけると助かるんですが」
「もちろんです。その、切除することになるのですが、ご家族やお子さんは?」
「独身です!!!」
元気いっぱいに報告した。
というか、頭の中で仕事の時と同じようなスイッチが入り、タスクの明確化と対処、生存に関するデッド(締め切り)今後のスケジュールなどの問題の方が大きくなっていた。
完全に職業病である。
というかもう、こればっかりは割り切った方が話が進めやすい。
そして、不思議なことに、跳ね上がっていた心臓は落ち着きを取り戻し「何ができるのか問題を定義しよう」という、謎の思考に切り替わっていた。
「まずキツネさん。今すぐ死ぬ可能性は全くないということをお伝えします。そして、精巣腫瘍は完治するケースの方が非常に高いです」
「はい」
この報告は、嬉しい内容だった。
僕の中のイメージでは、癌=ほぼ死の宣告というイメージだったからだ。
癌って完治するんだ…と、素直に感心してしまう。
「そして今後の流れです。まず、精巣腫瘍は進行が速いので、早めに切除をする必要があります。精巣腫瘍の癌細胞がリンパへ通って他の場所に転移していないかが重要になります。」
「なるほど、そうなりますよね。最短で考えるとどうなるのでしょうか!」
「あ、あの、キツネさん。その、さっきも聞きましたが、精巣を取り出すので、今後子供が作れなくなる場合がありまして」
「そん時はそん時なので!」
「片方だけ残った場合でも、抗がん剤を投与した場合、生殖能力が下がる傾向がありまして。また、調査結果によって対処が大きく変わるのですが…」
「そん時はそん時なので!」
「その、ステージが高い可能性も考慮する必要がありまして…今日はこの後CTスキャンと血液、バイタルをとっていただいて、手術当日に詳細をお知らせすることになりますが…」
「早く対処できるということですね!よろしくお願いします!」
思い切りが良すぎた。
普通、悩む。
子孫が残せない。結婚したとしても、夫婦の間でその問題は重くのしかかるであろう。精子センター的なものがあると小耳に挟んだ気もする。
が、こちとら独身である。
無敵の、独身である。
「進行が速いんですよね? ならもうエイリアンの子供育ててるみたいなものですよね!? なら、切り取っていただいて結構です」
「な、なるほど…最短ですと来週の火曜日ですね」
「よろしくお願いします!!!」
こうして、僕の運命の日は決まった。
ちなみに、この時点で僕の左のタマはついに11.5cmに成長していた。
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