第25話 入院

「やあキツネさん、調子はどう? 昨日はすごかったね。写真もバッチリとったからね」

「……写真を」


高熱と尿道カテーテル、そして腹の激痛で寝不足のボクに、優しく提案する先生の言葉は別の意味でやばかった。

グッドモーニング。

新しい朝が来た。



先生の名誉のために言うと、摘出後の写真は国立がんセンターで詳しく調査されるので、必ず撮影するものなのだという。そりゃそうか。現場にいない人へ、取れたての肉塊レポートを詳しく共有する必要がある。

が、記念撮影と化してるボクのタマは、どちらかといえば魚拓に近いものと化していた。


「まぁ、施術後にCTや血液検査レポートと一緒に、白黒の写真ががんセンターから届くんですけどね」

「え”っ!?」


マジである。

実際今も手元にあるのだが、白黒写真で生々しいXの写真が後日プリントされて届いた。しかも、写真は2枚あって、実物の写真が1枚。輪切りにされて詳しく調査されたときの写真が1枚という。

マジもんのラフフォックス金玉解体新書である。


「まぁさておき。高熱はあるけどご飯は食べて大丈夫ですからね。昼から普通に食べてください」

「助かります!」


手術をするとなると、当然絶食しなければならない。

手術1日前の夕飯は食べない方がいいし、術後も拒否反応防止のために水すら3時間くらい飲んではいけない。今回は内臓にかかわる部位なので、点滴とスポーツドリンクだけが補給源だった。


人間というのは不思議なもので、普段ぐうたらしている不摂生な体でも、危機的状況に陥ると「回復しないと!」と全力で体が戦い始める。

つまり、思考も体調もすべてが回復モードにバチリと変わり、生きようとしてくれるのだ。

痛みと熱で朦朧としていたのもあり、気が付けば一晩経っていたというのが現状だったが、目が覚めた瞬間猛烈な空腹感を感じていた。

というか、自発的に朝7時に起きてること自体久々だった。(普段は朝食が食べられないタイプ)



「大丈夫そうなので、カテーテルは取りますね」

「やったー!! ・・・え?」


尿道カテーテルは、地獄である。

これは後世にも共有しておきたいのだが、無理やり尿道に管を突っ込まれ、逆流防止のためにバルーンが内部で膨れ上がっている状況は、控えめに言って辛い。違和感と残尿感。気張ってはいけないと思いつつ一時になり始めるとキリがない異物感。

腹の痛みを耐えるときにも、ちょいちょい力が入っていたようで、カテーテルを引き抜いてもらったあと、少し内部で出血があった。


「あの、抜いてもらったのは非常にうれしいんですが…トイレはどうすれば?」

「はい、もうご自分で言っていただいて問題ありませんよ!」


・・・・・・ほう?


人間は体を起こすときどの筋肉を使うか気にしたことはあるだろうか?

答えは全身であるわけだが、とりわけ腹の筋肉というのは、どの動作でも動かすものである。

したがって、ボクの腹筋は文字通り割れて…いや、裂けていた。

麻酔は消え、血液の循環もよくなり、痛み止めと点滴が切れていたわけだが。当然痛みはダイレクトにくる。薄皮一枚切ったのとはわけが違うレベルなわけで。

ちょっとでも動かそうものなら、激痛が全身に走るわけだ。

だが…今この瞬間から、排泄をしたければ自力で向かえ。と言われたわけである。


人間、考えた瞬間にトイレに行きたくなるものである。

尿意と便意。二つ合わせて羅生門。


現在ボクは医療用のおむつを穿いている。入院患者はみんなこの状態になるのだが、それでもボクは大便だけは意地でもトイレに発射したい派だった。


(負けてたまるか!! 便意に!! 何が痛みじゃこなくそッ!! 腹が裂けたぐらいで負けてたまるかッ!!! バカめ!正義の味方がクソなど漏らすかぁぁああああ!!!)


多分人生の中で一番頑張った気がする。

身体を起こすときの激痛。苦悶のうなり声。額に伝う汗。

歯を限界まで食いしばりながら生まれたての小鹿よりも震えながらベッドに腰を掛ける。

左足に力を入れた瞬間、あまりの痛さに崩れ落ちそうになる。

だが負けるわけにはいかない。厄介なことに、今いる病室はトイレから最も遠い場所にアサインされている。つまり、こんなスタートラインでつまづいているわけにはいかないのだ。

立ち上がれない。立ち上がれない。立ち上がれない。

つらい。


心の中で5秒泣く。6秒目には覚悟を決めた。

右足に重心をずらしつつ、痛みが少ない体系を探る。


(こいつ……動くぞ!!)


ラフフォックス、大地に立つ。

マジでファーストガンダムみたいな感じだった。

点滴の棒を杖代わりにしながら、すり足の要領で1歩1歩ゆっくりと歩く。

力むと漏れる可能性がある。ギリギリのラインで力を抜く。

もう、癌がどうとか。この先の生活とか、そういう些細なことはどうでもよくて。とにかく早くうんこに行きたかった。



人生の中で、ここまで必死に大便をしたことはあっただろうか?

いやない。覚えてる限りはない。


白目になりながら用を足すが、これがまたしんどかった。

出すときも筋肉が動く。拭く時も筋肉が動く。個室から外に出る時も筋肉が動く。

つまり激痛ポイントが思った以上に多かったのだ。


「ハァ・・・ハァ・・・」


限界までフルマラソンしている気分だった。小便をするときですら、この激痛と戦わないといけないのかと思うとゲンナリする。

が、反面良いこともあった。

少し歩いただけで、思った以上に体力が戻った気がするのだ。

これには明確な理由があって、全身の筋肉を動かすことで血液が循環し、体の回復力が促進されるのだ。気分も大きく良くなった。

自分はまた普通に歩くことができるのだ。


ふと、昨日までは歩くことが苦痛になるくらいタマが圧迫していたのだ。

痛みはあれど、あの圧迫感はなくなっている。普通に歩ける。それがどんなに良いことなのかを改めて実感する。

病院で定期的に歩く描写があったが、かなり重要な要素だったんだな…と知った。



病院食はまずい。そんな風評は一度は聞いたことがあると思うが、想像していたより3倍は美味しかった。

昼になり、念願の病院食に舌鼓をうつ。

少し量が多い気がしたが、根菜と中心としたバランスの良い昼食は非常に美味しかった。なんというか、染みる。

恐らく調理師がしっかりしているのだろう。塩加減も悪くなく、言われるほど薄味ではなかった。

病院によってこの辺りは変わるのだろうけれど、ちょっとしたカルチャーショックだった。

とはいえ、食うと動く。腹が。

そりゃもう元気に動き出す。特に水分は多めにとれと言われるので、尿意は思った以上に早く来る。

(あと何ラウンドやるんだろうな…)


1回目よりは大分ましになったとはいえ、やはり痛みは強い。

仕事をしているときよりも、長い一日になりそうだった。

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海外でキ〇タマが2倍以上腫れた話 ラフ・フォックス @LaughFox

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