第24話 手術
唐突な時間の速さを感じる状態だが、
CTスキャンや手術日程が決まってからは怒涛の忙しさであったため、正直記憶がすっ飛んでいるため割愛する。
通常、手術と入院がセットとなる初日ともなれば、親族の付き添いなどを想像する人が多いと思う。
だが、近年コロナの影響などもあってか、基本的には面会はお断りしている病院が多く、今回の病院もよほどの事がない限りは断るスタイルだった。
そのためボクは旅行鞄片手に、一人でえっちらおっちらと病院まで行き、お世話になる部屋に荷物を置いて1時間もせずに高位精巣摘除術を受けに、手術室へ向かうこととなる。
ちなみにちょっとばかし痛い話をするが。
高位精巣摘除術というのは、タマをそのまま袋ごとちょん切るのではない。
まず鼠径部(腹の下あたり)を9センチほど横に切開して行われる。
ようは、精巣の管を根元からちょん切る必要があるので、腹を切って内側からタマをごりっと外に引っ張り出して処置するのだ。
もちろん、9センチ切っても10センチ以上に膨れ上がったタマは物理的に出せるの?という質問が過去にあったが。人の皮膚というのは伸ばせるものなのだ。人体の神秘である。
想像するだけでギャアアアアとなる内容だが、エイリアンの卵みたいに膨れ上がるタマを除去してくれるのだ。それくらいは余裕で我慢できる。
*
聞こえてくるのは、3回目のパッヘルベル【カノン】
ヨハン・パッヘルベルが作曲した名曲である。
霞かかった思考。
右から左へ流れる旋律。
そして、わずかに感じられる複数人の手の感触。
下半身は白い布で遮られており、音でしか状況を確認できない。
ピッピッピッピ
心電図の音が響く。
ピッピッピッピ
妙に、暑さと呼吸の薄さを感じた。
下半身麻酔によって痛覚はゼロ。
右腕も左腕も動く。
というか、人生で1回あるかないかの下半身麻酔を、こんな歳で行うとは思わなかった。
面白いことに、完全に感覚がなくなるわけではなく、麻酔が効いた後も特定の感覚があった。例えるなら、痛みやそれに伴う神経の信号がなくなっただけというか。
メスで切られる感触も、氷の冷たさもわからない状態なのに、足を動かされているときはなんとなくわかるのである。
これは、興味深い体験だった。
さておき、緊張感はあったが……強いストレスを感じるほどではない。
手術台の上にある大きなライトがやけに気になる。
どこかで、見覚えがあった。
(あぁ、初代アーマードコアの強化人間手術のシーンだ)
この手術が終わったら、重量過多で空だって飛べちゃうかもしれない。
そんなくだらないことを考えるくらいには、暇だった。
「〇〇さん、ここ〇〇の縫合やってもらえる?」
「あ、はーい」
「うまいうまい。フフッ、久しぶりだったよね?」
「そうなんですよー!」
うふふ、あはは。
想像していたのとは打って変わって。手術室の空気は和やかだった。
というか自分の体内を談笑交じりに弄られているというのが、ややサイコホラーっぽさがある。
執刀を担当する先生は、精巣癌関係のなかでもかなりの実力者だということで、ここまで余裕があるものなのかと感心もしたりした。
患者を刺激しないように、専門用語を中心に小声で話しているようだが、割とワード単位で組み立てると状況が見える。
すると、何やら歓喜したような会話が聞こえ始める。
「じゃあ、出すよ♡よいしょ♡」
「わぁ♡すごぉい♡」
「おっきい♡ ……何ヵ月だっけ?」
「2か月ちょっとだそうです♡」
「ええ!すごぉい♡」
……なんだこの会話は。新手の風俗店かなんかだろうか。
しきりに、すごいすごいと話す彼らは、それでも手は止めずにどんどん処理していく(と思われる)。
「もう少しで終わりますからねー!元に戻してっと」
「あ、はいー…」
なぜかウッキウキで先生が教えてくれる。
あと10分だろうか?30分だろうか?
とにかく摘出は終わったようだ。
「じゃあ、あとはこことここ、お願いね。いやぁ、すごいすごい!」
「あの…」
「あーキツネさん!ちょっと待ってね!今持っていくから!!」
「……………え?」
「あ、刺激強いかなー。でも持ってきちゃった☆彡!」
「……………え!?」
仕切り代わりの白いシーツを超え。
くっそ笑顔で出てきた先生は、何やら赤とピンクと灰色と白を混ぜたような物体を銀色のトレーに乗せていた。
なんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれなんだあれ!!!?
「すごいねー!これ、私の経験でもここまで大きいの久しぶり☆!!キツネさんすごいよ!がんばりましたねー!!」
・・・・・・ボクのタマだった。
*
「スプラッタ映画でさ…切り取った肉体を本人に見せるシチュエーションあるじゃん? リアルでそれやられるとは思わなかったよ…」
「どうして…どうして…」
すでに初夏は過ぎ、6月26日
人生ではじめて、手術室に入り、そして病室のベッドで寝ていた。
麻酔と器具でガチガチに固められ、かろうじて動く左手で母にLINEメッセージをしていた。
自分の体の話をしているはずなのに、現実味がなさ過ぎて震えるように笑ってしまったのをよく覚えている。
なお精巣癌患者の中でも、そんなに急速に大きくなってから摘出することはマレらしく。
普段は温厚で落ち着いている先生だったようだが、何かこうテンションが上がってしまったらしい。
術後に看護師さん4名に次々に謝られたのも、めったにない経験だろう。(本当に珍しかったらしい)
そして先生がはしゃぐほどのボクのタマがどれだけ大きかったというと…
結果:直径17センチ。(70mm×170mm×31mm)
アホかと。それは大物とったどー!と先生も喜んじゃうわけである。
さておき、入院開始からわずか3時間もたたずに、高位摘出手術は完了した。
術後は高熱が出てくるため、38度超えの影響で頭はぼやけ。感覚のない下半身が妙に気になりはするが、想像していた時よりも幾分かマシだった。
とはいえ、満身創痍に変わりない。今は1秒でも早く回復してほしいと願うばかりだった。
なんせ、病院のベッドは日数単位で有料なのだ。
1日約8千~1万2千円くらい。介護付きでバランスの良い食事も食べられるホテルと思えば聞こえはいいが、お財布事情的には気が気ではない。
手術代と病室代で、総計いくらになるのか。
手術という大仕事を終えた身としては、次に悩むのは回復時間と金銭の方だった。
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