第23話 CT(2)
「キツネさん、いきますよー!」
「フッフッフー……よっしゃ来い!!」
《開始シマス。大きく息を吸っテ……吐いて……止めてくださイ》
(んににににににににに!!!)
ヴーーーー
僕は、頑張った。
そりゃあもう、頑張った。
酸素を吐いた状態で33秒は、思ったよりもキツかった。
計二回。
吸った状態と、吐いた状態で撮影をする。
どうでもいいが、CTスキャンとは
Computed Tomography:コンピュータ断層診断装置
の略称である。
MRIは磁気によって調査する検査で、一般的には30分から1時間の検査が必要だが、CTはレントゲン写真なのでそこまで時間はかからない。
とはいえ、CTにはCTの問題がある。
息止めと、造影剤だ。
造影剤とは、文字通り写すために入れる液体だ。
健康診断でバリウムという悪魔のような液体があるが、あれと似たようなものだと思ってもらいたい。
いわば、CTの場合の造影剤は血液のバリウムと言えばわかりやすいだろうか?
とにかく、血液に直接針を刺し、この造影剤を投与する必要がある。
「息を止めながらッ!? 造影剤をッ!? 3セットッ!?」
「………ふぁいとです!!」
もうやるっきゃねぇと覚悟を決める。
ちなみに、キツネの体重は176cmの87kg
投与される造影剤はなんと150mlである。
それを、わずか30秒で一気に入れることになる。
「そんな速度で大丈夫か?」
「大丈夫です、問題ありません!」
小ネタを挟みながら血管に針を刺す。
が、この針が予想以上に痛い。
それもそのはずで、通常一般で使われるような針の管が細く小さいものだが、流石に150mlを30秒だ。そんな細い針で圧力をかければ、最悪針が弾けるか、ボクの血管が爆発するだろう。
そのため、血管を考慮して大動脈にぶっとい針を刺す必要がある。
しかも、簡単に抜けるとやばいので、結構深く入れる。
「ングいっっっったぁいねぇ~!?(疑問形)」
「ごめんなさいねぇ…」
リアルで変な悲鳴が出た。
ちなみに、この針刺し処理はお兄さんではなく、熟練っぽい別の看護師さんが行う。
しかし、ここでアクシデントが起きた。右腕でやろうとしたのだが、刺してみたら血管が思いのほか細くて、刺し直しになったのだ。
結局左にするしかないという判断になり、1回で済む痛みを2回1日に行うという珍事が発生した。
とはいえ、ハムスターに噛まれた時の方が痛いぐらいだ。これくらいは流石に我慢できる。
「機械にかければ、採血も同時にやるので……」
「便利だなぁ……」
なるべく刺した部分は見ないようにしながら、僕は再びCTスキャンを開始する。
機械がスタートすると、造影剤の投与から始まる。
「うおおおお!熱い!!投与箇所から体内を円をかくように広がっていく!?」
うねり、ともいうのか。
とにかく、熱い何かが腕から広がり、体全身を駆け巡る。
一気に体温が上昇したことを感じられる。
人間とは、体内の50~60%は水であるということが、如実に感じた瞬間だった。
熱を感じるということは、正常に体が反応しているという証拠である。
(これが螺旋のうねり!? または波紋の力か!?)
そして間を置かず、スキャンと息止めが開始される。
「フッフッフー……おし!」
脳内に浮かび上がるのは、戦国BASARAの武田信玄の姿。
『キツネ、気合!気合じゃあ!!』
下手な運動よりも、わりとしんどさを感じる。
※
とにかく、僕のCT検査はつつがなく終了した。
「また来週、お会いしましょう。今日はお疲れ様でした」
「いえいえ、ありがとうございます。貴重な体験でした」
わりかし、達成感のある戦いだった。
身体のポカポカはまだ続いており、しかし投与時よりも徐々に冷めてきていることも感じられる。
人体って面白い。きょうみぶかー!
そんな無邪気な思考になっているのは、単に疲れて頭が回っていなかったのではないかと思われる。
さておき、その日は身長と体重を図り、バイタルチェックを終えて終了となった。
トータル約1万円。
給料日前の懐にダイレクトアタックである。
激戦のような戦いだったが、まだ一日は終わっていない。
そう、各所へ報告しないといけないのだ。
*
帰宅途中、診断結果を反芻しながらも、やはりメンタルに大きな影響はなく。
割と落ち着いた心境で自宅へと帰還する。
当然、まず電話したのは実家だった。
「ごめん、癌だったわ」
「もう、何て言ったらいいんだよ……」
電話を1コールでとったのは、父だった。
今日一日あったことを伝えつつ、今後の方針に関して話を進める。
「書類があったらすぐ送れ。書く」
「ごめんねぇ……」
「これくらいしかできん。謝るな。お前の身体を心配しろ」
いわゆる昭和の親父を具現化したような父だったが、今回ばかりは衝撃だったらしく、色々と言葉の端々が震えていた。
今自分に切実に迫っている問題としては。仕事のスケジュール問題と金銭の問題だけだった。引っ越してまだ2ヵ月だったのだ。当然、貯蓄などほぼない。
とはいえ、最悪のケースを予測して、高額医療制度の事前申請はすでに済ませていた。
「もし金で何かあっても、こっちで何とかするから。お前は治すことだけを考えなさい」
「はい」
正直、涙が出るほどやさしさを感じた。
とはいえ暗い雰囲気を出し続けるのは性に合わない。
自分の状況を考えながら、話を続ける。
「実際さ。これが脾臓とか膵臓の癌だった場合、検知できずに手遅れの場合もあるわけじゃん?」
「そうだな」
「視覚的に明らかにやばい状況として見える精巣腫瘍で、まだよかった方なんじゃないかと思うようにしてる」
「確かにな……」
父もさすがに長く生きているので、知り合いなどが癌になったという話は、今回が初めてではないだろう。そういったケースを考えると、まず切除して進行を止められるという状況になれただけでも、やはり大きな前進なのだ。
もはや癌は、治らない不治の病ではないのだ(ギュッ)
医学的進歩はすさまじい。
手術の仕方も、年々進歩しているようだ。
聞くところによると、なるべく手術後に体の負担にならないように、直接幹部を切り取るのではなく、腹の横に切れ目を入れて内部から処理をする方法などがあるらしい。手術じたいは1日で終わり、入院期間も平均5日。最短3日くらいで退院できるというのだから驚きだ。
色々と雑談を交えながら、とにかく手術の日までは体を大事にしてねと念を押され、電話を切る。
その後仕事場の上司に連絡し、入院中の引継ぎ期間を話しつつ
SNS関係にも癌だったことを通知してようやく休息できたのは22時だった。
(長すぎる、一日だった…)
1週間後に手術である。
不安はあるが、日に日に大きくなっているタマ事情を考えると、早く何とかしたいという気持ちが強かった。
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