第4話 空の上の養鶏場(前編)
「マレーシアって、鶏が抜群に美味しいんですよ。キツネさんが
そう言ってくれたのは、マレーシア現地のCEOだ。
異国に行くとき、もっとも大事なのは水と食事が合うかどうかだ。
そういった点では、誰に聞いても鶏が美味いというレビューがあったため、非常に楽しみにしていた。
が、まさか飛行機の上で自分が鶏のようになるとは思わなかった。
◆
不安を胸に飛行機の中に入った時、最初に出た感想は「せまい」だった。
今回、会社側が予約した飛行機は、安さだけは断トツと言われるZIPAIRという格安航空会社だった。
噂には聞いてはいたが、あのJALを親会社に持つ飛行機だと聞いていたので、そんなに気にしてはいなかった…が、現実は非情である。
まるで寿司でも詰めているかのような狭さと、ごった煮状態の搭乗客により、さながら空の上の養鶏場とでも言えそうな光景が広がっていた。
僕が記憶している海外旅行のほとんどは、小学校のころに父に連れられて行ったことぐらいだ。そのころはまだスマホなんてなかった時代で、乗った旅客機もユナイテッドだった。
国内はJALやANAも利用したが、大体普通の広さで気に留めたことなど全くなかった。が、今回はやばい。酷いというよりはやばい。
177cmある巨体では、ほとんど可動範囲がない状態で座らなくてはならないのだ。ようは、新幹線の席だと思ったら、山手線の椅子だったようなイメージだ。前の席と自分の身体のスペースは40cmほどしかなく、やたら小さいテーブルを展開すると完全に何もできなくなる仕様だ。
さらに、密閉された空間で大量の人があふれかえれば、当然空気は薄くなる。
物理的に、息苦しかった。格安であれば当然治安も悪い。客の質もどことなくアウェーイな感じがひしひしと感じられた。
その時、脳裏に幼いころ遊びに行った、新潟の祖母の会話が甦った。
「あんねぇキツネちゃん。バーカ安いもんは、何か削っているから安っすいんだて。だーて、キツネちゃんは良いもんはしっかり
そうか、これが答えか。
安かろうまずかろうとは言ったものだ。
呆気にとられながら、横幅70cmもない席に座り膝を抱えるように腰を調整する。
しかし、ここで困ったことが起きた。
腫れた左のタマが、圧迫されるのである。
冗談じゃなかった。これが笑い事じゃなくて、本当に一番しんどかった。
普通の太ももであれば、こうまで圧迫はされないだろうが、僕は時折、趣味でロードバイクをしている。とすると、当然太ももは発達し、むっちむちになる。
こうなると通常でもタマが圧迫されやすい体になるのだが、それでも身体というのはいい感じに自動調整するらしく、そんなに気になることはなかった。
が、たった1~2cmの腫れは、体全体を揺るがすほどの障害と化していた。
全てが僕にとって悪い環境となっており。いわゆるチンポジを整えるよりも厄介な状況でベルトを固定して耐えなければいけない状態になるわけだ。
(いやいやいや、まてまて。まってくれ。これはかなりまずいぞ)
安静にしていれば何とかなるという数時間前の狙いなど瞬時に霧散し、物理的に嫌な汗をかき始める。
そしてさらに堀を埋めるかのように、隣に着席した年の若い男性が、脚広げ族という始末だった。その隣には男性の恋人であろう恋人の姿もあり、二人の世界を構築してとりつく島もない。
実際、不安の為にこまめにスマホのメモに書いていたフライトレコードには、この状況を以下のように記載している。
『なんだこの狭さと治安の悪さは。動物園の養鶏場かよ。客もZIPされてる感がすごい。隣のニーチャン足広げ族で肩身が文字通り狭い。』
ストレスのはけ口はもはやスマホのメモ帳しかなく。言葉も荒くなるというものだ。
ほんとうに、それだけ追い詰められていた。
轟音と共にかかるGを感じながら、僕は日本を飛び立つ。
(今すぐ帰りたい。1週間前に引っ越したばかりの、キラキラ輝くあの新居に戻りたい。)
そう念じながら、叶わぬ願いは霧散する。
脈々と育ちつつあるキ〇タマは、なお熱をもって自己主張を強めていった。
ちなみに、日本からシンガポールへのフライトは、約6時間30分である。
しかし、問題はこれで終わりではなかった。
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