第15話 さらば愛しきマレーシアという国
2023年4月22日午前9時
ホテルから見下ろせる警察署では、朝早くから陽気な音楽が爆音で流されていた。
その周りでは街中が爆竹を鳴らし合い、どことなく日本の夏祭りの時のような雰囲気で賑わっている。
4月20日にラマダーン(断食月)が終わり。初めての土曜日ということもあって、羽目を外しているのだろう。
あれから投薬を続けた結果。熱は通常に戻り、悪化具合はストップしているように思えた。とはいえ、タマは腫れたままなので歩きにくく。500mも歩けば鈍痛を感じる。上司Xの激務状態というのもあって、結局ほとんどをホテルで過ごし、最終日を迎えていた。
「いやー……色々あったけど最終日か……。昨晩はやばかったな……」
昨晩、僕と上司は、国際協同組合同盟への入国申請書の提出を忘れていたのだ。
日本からシンガポール。シンガポールからマレーシア。別々の国なので、当然帰国前に電子書類を申請しないといけない。現代は色々と便利になり、MyICAというアプリから申請すればいいのだが、これが意外と面倒だった。
というのも、サーバーがよくメンテナンスになったり。アプリの不具合で正常に入力した内容が反映されなかったり。申請から承認まで1日かかったりするのだ。
もちろん出国日に近い順から審査されるようなのだが、流石にこの辺りは人の目で確認されるものなので、出せばすぐOKというわけでもない。
そのことに気づいたのが、昨日の23時だった。
そして、0時から8時にかけてメンテナンスをするという告知を確認し、大焦りで駆け込み申請をしたのだ。
幸い、なんとかなった。
気づかずに寝ていたら、割とアウトだった。(ぶっつけで入国ゲートで書類書けばできなくはないが、時間がかかる)
*
さておき、準備も終わり。熱もないおかげでゲートもすんなり通れるだろうし、安心して帰れるだろう。
日本に早く帰って、伊右衛門とか生茶が飲みたかった。
マレーシアのお茶も美味しいのだが、大体甘みが強くてデザートという感じがしたのだ。こればかりは国の水というものだろう。
そう水。
今回の出張で気づいたのだが。マレーシアの水だけはどうも合わなかった。
水道水がそのまま飲めないというのもあるが、そもそも水が固い。
シャワーを浴びるとどうもゴワゴワしており、しっかり洗っていても肌や髪が妙に引っかかるのだ。
まずいだなんだと言われてはいるが、日本では水道水があたりまえに飲める環境となっている。軟水でかつ格安に飲めるというのは、結構すごい環境ではないかと思う。
ちなみに世界的に見ると、そのまま飲める水道水というのはわずか10か国にしか満たない。自分の置かれている状況がいかに恵まれていたのかと再確認する。
僕はそんなことを考えながら、お世話になったホテルの部屋を掃除していた。
ああ、思い出す。シャワーヘッドの固定部分が壊れたシャワー室。ルームサービスの人が全く掃除してくれなかったトイレ。前客のやらかしたのであろう謎のヘドロが付いたアイロン台。31階なのに、子ゴキが3匹は出た洗面台。ぬるま湯かお湯しか出ない轟音の給水機。ベッドルームの壊れて使えない電源プラグ。
―――早く帰りたかった。
*
「なんか色々ありましたけど。数年後にはまた来てもいいかなって思える国でしたね。はじめは辛いこともありましたが、アットホームな国でとっても安心しました」
「キツネさん、棒読みで目が笑ってないです」
上司Xと合流してタクシーに乗り。無事にマレーシア側の出国ゲートを越えた僕たちは、すごい渋滞にハマっていた。初日の深夜とはまた別の感じですごい熱気で、どことなく東名高速道路の渋滞を思い出す。
今回のタクシー運転手は非常に「仕事人」という感じがして、40代くらいのお父さんという感じの人だった。やはり、あのカオスのようなクレイジータクシーが異常だったのだ。または深夜のタクシーがやばいのかもしれない。どっちにしろ、あのレベルの体験はもうしたくないと願っている。
と、思っていたのだが。途中渋滞の中で急に無言で車を降り。我々をほっぽりだして仮説トイレへ駆け込み。僕たち悪くないのに永久クラクションの刑というトラブルに巻き込まれたのだが。もう、この程度ではどうでもいいやと流せるくらいには、僕はもう慣れ切っていた。
トラブルが起きないほうが珍しいんだ!学び!
旅行目的の方はぜひ、しっかりとしたツアー関係の方と一緒に行った方が良い。
*
シンガポールに戻ってくると、街並みの奇麗さが段違いに変わり。
街の道路にもゴミが少なく、木々の緑も多く、景観として非常に美しい印象を感じた。元々イギリスの自治領だった点もあるので、街そのものが整っているという印象だ。そのまま無事に空港へと着き。僕たちは遅めの昼食を取ることにした。
適当に入れそうな店に入り、僕はハンバーガーを注文する。ポテトとジュース付きで1800円ほど。うわぁ…物価も高い…という苦笑いが出る。
「いやー……流石に疲れましたね。色々と肉が染みる……」
「そっちはそっちで炎上凄かったですもんね」
「帰国したらすぐ対応しなきゃなんですけど、8時間はぐっすり眠れるんで今日はもう余裕ですよ。アハハハハハ!!」
上司Xも、若干壊れかけていた。
「その、下半身の件はどうです?」
「鈍痛はあるので、長距離は無理そうですね…フライトまでかなり時間があるので、色々空港は周りたいんですけど…」
「あ、じゃあ2時間ほど自由時間にしましょうか。何かあったら連絡下さい。俺も嫁さんと息子にお土産考えないと……」
「うわぁ…パパ大変だ……」
独り身ゆえに、僕も一緒に探さなきゃと焦る必要がない所が、身軽であり少し寂しい。
そろそろ気分を変えることにした。
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