第8話 クレイジータクシー(後編)

仕方なしに、スマホでGPSをオンにし、現在地をマップに出す。

タクシーの速度は快調で、国境はもうすぐだった。


「なんか、混んできましたね」

「ですねぇ」


どの国でもそうだが、大動脈化している道路のゲートは混むらしい。

だんだん周りの密集度が高くなり、数分で車は大渋滞エリアへ突入する。


ふと、何か違和感を感じる。

今までは高速道路に近い通りだったため気にならなかったが、明らかに周りの車の動きがおかしいのだ。


(なんだ…? なんかおかしいぞ?)


するとどうだろう。

ゲート近くになると、ものすごい量の車が、我先にと前に入ってくるではないか。

距離にしてほぼ3メートルもなく、何台もスレスレのところで回避していく。


「え、ちょ、これ!? 大丈夫なんですか!?」


たまらずにXに聞く。

ただでさえ余裕がない身体なのに、異国で事故などにあいたくない。


「大丈夫だと思いますよ」

「本当に…!?」


例えるなら、そう。レーシングゲームや、オープンワールドのゲームでやるような、トンデモ運転があると思うが、それをリアルでやっているような状況だった。

ウィンカーは出さない。横入りは当たり前。時速は30キロから40キロ以上。

車だけでなく、二人乗りのバイクも大量に混ざっており、車線などほとんど守らずに曲芸のような走行をしている。

一昔前に、何かのドキュメンタリーでインドのすさまじい交通事情動画を見たことがあったが、まさか自分がこの国でそんな体験をするとは思っていなかった。

つい先ほど、寛容さがどうとか思っていたが、もうこれは狂気だった。


(生きて、帰れるだろうか?)


リアルにそんなことを思ってしまう。

しかし、入館ゲート直前になると、渋滞は過密さを増し、スピードを出して突っこんでくる者はほとんどいなくなっていた。これで少しは安心できるだろうとホッとする。が、神はどういうわけか、僕に過剰なサービスをしてくれているらしい。



「うおおおおお!?」


鳴り響くクラクション。急ブレーキ。こする寸前まで迫りくる互いのボディ。

寸前の所で、左右にぐらりと車体が揺れ、危ういタイミングでタクシーは衝突を回避する。

お互い急停止し、突っ込んできた白い乗用車も目の前で止まる。

固まっていると、いきなり白い乗用車から50歳ほどの男が運転を放棄し、怒鳴りながら近づいてきた。


(え、なんだあいつ!?)

「これはちょっとまずいかもですね」


何度かマレーシアに来ていたベテランのXも、流石にこの状況は初めてらしい。

炎上案件のチャットを見るのもやめ、そっと外をうかがう。

男はスマートフォンをこちらに向けながら!異国語でもわかるくらいの罵倒のようなものを叫び続け、タクシードライバーへ抗議している。


ともすれば、タクシードライバーとその彼女の対応は、塩だった。

うるせぇなぁ…といった感じで無視を決め込み。まるで相手をしない。

彼女の方はというと、ため息を一つ着くと、スマホのショート動画を視聴することにしたようで、やはり社内で動画の爆音が流れ始めた。


はっきり言って。カオスだった。


このマレーシアでは、三振アウト法とか。交通ルールとか。マナーとか。そんなものは、この国にはないようだっだ。

というか、この時点で僕はじぶんのキャパシティを越えたようで、記憶がしばらく曖昧だった。

Twitterのログを見る限りは、その怒鳴り込んでいたおっさんは窓ガラスに貼られたタクシーのIDをスマホの写真に撮り、晒してやるからな!的なことを言って元の車に戻って行ったらしい。


そして、なんやかんやあって、気が付けば二つ目のゲートを通過してパスポートを改修していた。

いきなり飛ばしてしまって申し訳ないが。僕の記憶も飛ばしていたので、割愛とさせてほしい。


(これが、マレーシア式か……)


さておき、こういったトラブルがあった中で、僕は人生で初めてマレーシアという国へ足を踏み入れたのだった。

もはや、空港時の「VIP」のイメージは崩れ去り。その辺でヒッチハイクしたDQNカップルの車に、運悪く相乗りしてしまった。と言われた方が納得する状況だろう。


ちなみにこの後、タクシーは盛大に道を間違え、国境のハイウェイで曲がってはいけないところでUターンしてしまい。戻ることもできずに国境へとんぼ返りし、そこから40分ほど国境の職員と話し合いになり、予定から1時間遅れ。つまり3に、僕たちはようやくジョホールバルのホテルへと到着する。


しかし今一度思い出しながらこのエッセイを書いているわけだが、このタクシードライバー……トップクラスの地雷だったのではないかと思う。

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