第12話 病院①
「なんだって!?」
運命は、上げてから下げることで、効果的にダメージを負わせるというのを心得ているようだ。
車移動が中心のマレーシアなので、もうここまで来ると腹をくくるしかないのか…いっそ救急車読んでもらった方が早いんじゃないか…と、虚無になりつつある心で考える。
「つまり、自力でいかないといけない感じですかね?」
「いや、大丈夫だよキツネ。ただ、一つ問題があって…君の心次第というか…」
「What?」
「Kに頼む…!」
(あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)
心で叫ぶ。Kさんとは、わが社のスタッフの一人だ。
聡明で良い判断ができる優秀な人で、Jの妻だった。
そう、奥さん…つまり、女性だった。
「あーーーーうんうん……なるほどね。完全に理解したよHAHA」
「あーゆーOK?」
「……うん! 全然問題ないよ、HAHA」
1秒だけ悩んだが、もはや些細な問題だと一瞬で脳が結論をはじき出した。
というより、ここまでの経緯を考えると、病院に行けるのであれば何でも良いではないか…と。
それに、現地スタッフの中でもJの妻ならば、後々の仕事の調整も何とかなるだろう。
急いでパスポートや財布を鞄に突っ込み。
なんとかホテルエントランスまで歩いて、待つこと15分。
ごついファミリータイプの日本車がやってきて、中からKさんがやってきた。
「Hey!キツネ-san!!カモーン!」
地獄に仏。いや、マレーシアに女神だった。
*
Kさんは、わが社の中でもかなりのやり手で、Jに続いてサブリーダーのようなこともできる聡明な方だ。マレーシアで学生のころから観光客の案内などをボランティアでやっているらしく、この前はブラジルやロシアから来た子供たちなども案内したと教えてくれた。
もちろん、Kさんは日本語が話せないし、英語も少しできるくらいだ。だが、こういった状況は慣れっこで、身振り手振りでベテランの貫禄すら感じた。
同僚というのもあったが、正直心が死んでいた僕としては、非常に救いだった。
僕はあらかじめスマホにダウンロードしていたGoogleの翻訳ツールを駆使し、簡潔な文章で感謝を伝える。「センキュー、ベリーベリーセンキュー。アイ、ヘビーシチュエーション…!」
すると彼女も「YES!YES!ナントカナール!」とほほ笑んでくれるのだ。
本当に、何とかなってほしかった。
腫れたタマは確実に圧迫感を出してきていて、少しづつ成長しているのだと実感する。というか、明らかに体内でゴロゴロしていた。
とはいえ、病院に向かっているという事実は変わらないので、もうあとは何とかなれという気持ちも芽生える。
定期的に話題を振ってくれるKさんの話に答えながら、頭の片隅で僕はようやく「海外で現地の人と生で話す」という体験をしていることに気づいた。
面白いもので、中学生時英語成績が底辺だった自分でも、「会話をしたい!」という状況になると、片言でもいいのでワード単位で組み合わせて話す気になるのだ。
これは驚くべき体験だった。
正直話、僕は海外や英語が本当に苦手だった。
生涯英語中心の空間なんて行かないと思っていたし、会話なんてもってのほかだろうと思っていたのだ。
だが、どういうことだろうか? 会話に集中し、感謝を伝えたいと必死になったのだ。
もちろん、これに目覚めて日本に帰国後に英会話を習おうなんて気は起きない。
しかし、自分の中で勝手に決めていた「どうせできない」という限界値の壁を、簡単に破壊できたのだ。
(案外、できるもんなんだな)
そうこうしているうちに、約20分が経過し、ついに僕は病院へとたどり着いたのだった。
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