2:聖女のお仕事(2)

(本当に、あの男は……)


 アザリアは暗澹あんたんとしてある男を思い出すことになったが、彼らにしても同じ人物を脳裏に浮かべているようだった。


「それにしても……何だったんですかね、あの男は?」


 農民の一人が呟き、それが皮切りとなった。

 同様の声が次々に湧き上がる。


「ですなぁ。噂には聞いていましたが」

「偽聖女などと言っていましたか?」

「確かにと言いますか、聖女さまには『燐光りんこう』はありませんがね」

「ただ、聖女さまの実績じっせきを知っていれば、あんなことは言えないはずですが……」


 そうして、農民たちは揃ってアザリアを見つめてきた。

 説明を求めてのことだろうが、アザリアは答えない。

 いや、答えられない。

 黙って、野菜のスープの入ったわんに口をつけることになる。


(そんなこと、私の方が知りたいところと言いますか……)


 アザリアはうんざりと彼について思いをはせることになった。

 聖女としての仕事の直前、唐突とうとつに姿を見せたあの男についてだ。

 あーだこーだとよく分からないことをわめき散らし、アザリアの精神衛生を存分に害した上で去って行った──そう、レド・レマウスについてである。

 

 付き合いとしては、もう5、6年にもなってしまうのであった。


 とにかくあの調子だった。

 5、6年前から同じだ。

 突然ふらりと現れたかと思えば、アザリアを偽聖女だなどと意味不明に罵ってくるのだ。


(まぁ、10年前には多少はあった話ですが……)


 アザリアはため息混じりに昔を思い出した。

 10年前には確かにあったのだ。

 偽聖女だという罵りの言葉を、レドからでは無くとも聞くことは確かにあった。

 

 聖女とは、力を発揮する際に極彩色ごくさいしきの燐光をともなうものなのだ。

 しかし、アザリアにはそれが無かった。

 さらには、アザリアが農村の出身であること。

 その身分に関わらず『聖女』たちの主席たる『大聖女』に任じられたこと。

 その辺りが関係してのことに違いなかった。

 大聖女への任命の式典でさえ、ひと悶着もんちゃくがあった。

 アザリアを偽物だと糾弾きゅうだんする者たちは、それなりの敵意をもって確かに存在したのだ。


 だが、そんな者たちは気がつけば消えていた。


 他の聖女たちが『燐光』について弁護してくれたことがまずの一因いちいんだ。

 彼女たちは『燐光』を無駄の結果だと証言してくれた。

 地脈に伝わるはずの力が、意図せず大気に漏れてしまった結果だと。

 美しくも、それは聖女としての不出来の証であると。


 さらには実績を上げたことが大きい。

 アザリアが活動してきた地域では、それまで以上の豊作が確かにもたらされてきた。


 今では、アザリアを偽物とそしる者はいない。

 しかし、例外はあった。

 ケルロー公爵、レド・レマウスがその当人だ。

 理由はさっぱり分からない。

 彼が何をもって偽聖女と罵ってくるのか?

 いくら考えても、アザリアには理解の糸口すら見いだせないのだった。

 

(しかし、まぁ……)


 説明を求める農民たちの視線にアザリアは思わず肩を落とす。

 なんにせよである。

 レド・レマウスの話などは、食事中にしたいものでは無いのだった。

 どうやってこの話題を切り替えたものか。

 彼らの興味から逃れたものか。

 腹立たしいことにレドのせいで悩まされることになってしまう。

 

 だが、幸いなことに、アザリアはすぐにその悩みから解放されることになった。

 

「まぁまぁ、みなさん。この話題はこの辺りということで」


 救いの主があったのだ。

 少女だ。

 正確には、少女のように見える若々しい女性である。

 彼女はほがらかな笑みで農民たちを見渡した。


「あの人の話なんかしてたら、せっかくの食事がまずくなってしまいますからね。もっと楽しいことを話すことにしましょう」


 ありがたいことこの上ない提言である。

 アザリアは軽く頭を下げてその女性に感謝を示す。

 彼女はメリルと言った。

 特徴とくちょうはなんといっても、年齢に対して異様とも言える容姿だろうか。

 歳は20はすでに超えているはずだが、いぜんとして10も半ばの少女に見えるのだった。

 

 この農村の女性では無い。

 同行者だ。

 付き合いとしては5年にもなる。

 とある農村で出会い、彼女が押しかけるにようして同行してきてからの5年である。

 今では気心の知れた親友同士であり、先ほどのようなありがたい気遣いもしてくれるのだった。

 

 ただ、その親友は何を思ったのか?

 メリルは不思議そうに首をかしげた。


「しかし……ふーむ? あの方ですが、今日は少し変なところがありませんでした?」


 結局というべきか。

 彼女によって、再びレドが話題に上がってしまったのだった。

 アザリアは胸中で頷く。

 まぁ、である。

 親友とは言っても、こういうことはそれはあるのだった。

 望まぬ行動を取られてしまうこともあって当然である。

 ただ、良い感情は当然持てない。

 ジトッとにらみつけると、メリルは慌てた様子で頭を下げてきた。


「す、すみません! 本当、すみません! ですが……変な感じじゃなかったですか? 去り際に妙なことを言ってきたような気がするのですが」

 

 アザリアは「ふむ?」と首をかしげることになった。

 確かにである。

 その覚えはアザリアにもあった。

 いつもは偽聖女呼ばわりだけだったが、今日はそれだけでは無かったのだ。

 アザリアはレドの去り際を思い出しつつ口を開く。


「婚約を辞退しろ……確か、そんな感じでしたか?」

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