18:真相(2)

「聖女殿に初めてお会いしたのは10年前のことだったな」


 レドの言葉に、アザリアは自らの記憶を探ることになる。

 10年前。

 アザリアはもちろん、レドも幼かったに違いないが、果たして出会ったことはあっただろうか?

 心当たりは無かった。

 しかし、10年前。

 その当時については、アザリアには強く印象に残っていた。

 当然の話だ。

 10年前とは、アザリアにとって大きな転機となった時期であり──


「場所は王都の大聖堂だな。そこで、あの方を聖女──それも大聖女として任命する式典があったんだ」


 もちろんのこと覚えていた。

 あの年はそういう年だった。

 村を訪れた聖女によって、アザリアが聖女としての素質を認められたのが春の始め。

 そして春が終わる頃にはもう大聖堂へと招かれた。

 卓越した力を持っているとされ、当時空位となっていた大聖女の地位を与えられることになった。


 まだ自らの力に半信半疑だった頃である。

 それでも与えられた役割を果たしてみせようと、幼いなりに気負って式典に臨んだことはよく覚えているが、


(あの時にこの人が?)


 そういうことになるのだろう。

 その上で、マウロの言うところの『演技』に繋がるのかどうか。

 レドは腕組みをし、しみじみとして言葉を紡ぐ。


「あの時のあの方はな、本当にまったく素晴らしかった。私と同年代だというのに、あの立派な風格はどうだ? 自らの使命に応えて見せようと、胸を張って、その目は真摯しんしな光に輝いていてな。だが……」


 レドはわずかに表情を曇らせた。


「一方で、立派で無い者も少なからずいた。私も含め、大聖堂には多くの主席者がいたのだ。ほとんどは貴族だが、その者たちがな。身分に見るべきところが無く、何より聖女としての『燐光りんこう』を持たない彼女に対し、陰口を惜しまなかったのだ。偽物ではないのかと、平然と口にしていた」


 その記憶はアザリアにもあった。

 緊張のせいだろうか。

 陰口の記憶までは無いが、自身への歓迎の空気が無かったことは理解していた。

 当時を思い出してのことだろう。

 レドは嘆かわしげにため息を吐いた。


「まぁ、嫉妬だ。権威ある大聖女の地位を、農民の娘に奪われるのが我慢ならなかったらしい。そして、あれこれ理由をつけて非難したわけだ。農民風情ふぜいがこのような力を授かるはずが無い。『燐光』が無ければ偽物に違いないとな」


 当然、アザリアは気づくことになった。

 それはレドの今までの罵倒とまったく同じものだった。

 しかし、それを言い続けてきたはずの彼は、やれやれと首を左右にする。


「バカらしい話だ。聖女の力に身分の上下が関係ないことは歴史が証明している。『燐光』は無くとも、彼女の力は同じ聖女が認めたものだ。疑う余地など無い。だが、確かなものとして非難の声は聖堂に渦巻いていて……ふふ」


 不意にだ。

 彼は笑い声を漏らすと、アザリアを得意げな笑みで見つめてきた。


「ここからが本題だ。当時の私は浅はかな連中を何とか黙らしてやりたいと思ったのだが、なかなかの頭の冴えを発揮してな?」


 どこかもったいぶった後、レドはニコリと笑みを深めた。


「大声で非難してみたのだ。農民風情が大聖女であるはずが無い! 『燐光』の無い聖女などいるものか! ……と、こんな感じだ」


 アザリアは目を見開くことになる。


(あ、あの時の……!)


 思い出したのだ。

 

 確かにあった。

 そんな一悶着ひともんちゃくがあった。

 式典の最中、大声で妙なことを言い出した子供が一人いた。

 レドは得意げに話を続ける。


「するとどうだ? 陰口はぴたりと止んだ。当然だな。私の叫びは、無知な子供の間抜けな罵倒にしか周囲には映らなかっただろうからな」


 彼はうんうんと満足そうに頷く。


「バカな子供と同列だと思われてはかなわないのだ。浅ましい連中は、慌てて言い繕うことになった。これだから子供は思慮が足らない、と。身分も『燐光』も、聖女の資質に関わりは無いとな」


 蘇った記憶でもそうだった。

 あの罵声のあと、会場は一転アザリアを受け入れる雰囲気に変わったのだ。

 

 不意に理解が生まれた。

 きっと、そういうことだった。

 何故、レドが会うたびに偽聖女との罵倒を繰り返してきたのか。

 貴族社会に確かに存在する非難の声を封じ続けるためではないか?

 無知な子供と……バカ公爵と同じに見られては敵わないと、貴族たちに思わせ続けるためでは無かったのか?


 ともあれ、話はまだ終わりでは無いらしい。

 レドは再びの笑みを見せてくる。


「当時の私にしては、なかなかの名案だったわけだな? そしてこの名案だが、また別の効能があったのだ。私は大聖女非難の第一人者という立場に収まったのだが、この立場が非常に有効だったんだ」


 なかなか意味が分からなかったが、これについても今まで通りだ。

 レドは得意げに説明をしてくれた。


 非難の声が収まったとは言え、アザリアへの嫉妬自体は何も変わらなかったらしい。

 特にそれが顕著けんちょだったのは、聖女を娘や親族に持つ貴族たちだったとのこと。

 農民の娘風情が、自らの親族よりも高い地位と評価を得ている。

 彼らは自然、アザリアの排除を考えるようになったと言う。


 その時に、彼らが頼りにしたのはレドとのことだった。

 国内有数の大貴族にして、アザリア批判の急先鋒。

 必ず力になってくれると思ったらしいのだ。

 だが、


「おかげで良からぬ企みは全て筒抜けという話だ」


 簡単に阻止出来たということらしかった。


 そして、良からぬ企みは国内の貴族たちだけのものでは無かったらしい。


 スザンと良からぬ関係にある他国にとっては、スザンの安寧あんねい豊穣ほうじょうを約束するアザリアの存在は邪魔でしか無かったのだ。


 しかし、これも国内の貴族たちと同様だ。

 レドを協力者として頼りにし、しかしレドによって暗に阻止される結果になった、と。


「ふふふ。あらためて10年前の私の冴えはなかなかだったな。あの時の行動が、今に至るまでの多くの益を生み出すことになったわけだ」


 彼が得意満面の笑みを浮かべていると、 反応する者があった。

 今までうんざりと聞き役に徹していたマウロが頷を見せる。

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