17:真相(1)

「……ふーむ」


 レドの書斎である。

 そこには、大きく首をかしげている部屋の持ち主の姿があった。

 彼が見つめてきているのはアザリアだ。

 机の上で大人しくしている野鳥──アザリアを、レドは眉をひそめて見つめてきている。


「……本当に元気が無いな」


 彼が呟くと、それに応じるものがあった。

 レドと共にアザリアを囲むメリルが頷きを見せる。


「はい、まったくありません」

「元から大人しい方ではあったが……」

「それにしてもですねー。ご飯も一口も食べません。こうして美味しい柑橘かんきつも用意しましたのに」


 その柑橘はレドの手にあった。

 串に差した柑橘のひと欠片。

 彼はそれを一瞥いちべつした上で眉をひそめる。


「とにかく食欲は無さそうだな。病気か?」

「さーて、なんともです」


 2人はそろって首をかしげたが、彼らの様子にアザリアは内心でため息だった。


(放っておいてくれれば良かったですのに)


 アザリアは自らの意思でここにいるわけでは無かった。

 もはや何もする気力も無かったのだ。

 自らの生死すらどうでも良かった。

 そうして屋敷の柵の上で無防備にじっとしていたのだが、その場所がいけなかったのか。

 少々、低すぎた。

 メリルに見つかり、彼女の人の良さがこうしてこの部屋に導いてきたのだ。


 人が良いと言えば、それはレドもだった。

 彼は悩ましげにあごをさする。

 

「鳥か。馬や牛を診れる者は多くいるだろうが……鳥かぁ。しかも、家禽かきんでも無い野鳥か」

「スザン王国広しと言えどですねぇ」

「まぁ、とにかく探してはみるか」

「はい。後で手配を」


 気遣いを受けている。

 親切にしてもらっている。

 それは理解出来た。

 感謝すべきだとも分かった。

 しかし、アザリアはどうにも、それをありがたいと思うことが出来なかった。


 感情が生まれてこないのだ。

 頭に浮かぶのは、昨日目の当たりにしたものだけだ。

 思い出したく無くとも頭に浮かび、それが否応なくアザリアの感情を殺していく。


「……あぁ? 何してんだ、お前ら?」


 よって、不意の闖入者ちんにゅうしゃの姿にも特に驚きは無かった。

 現れたのはマウロだった。

 不審の表情を浮かべる彼に、部屋の主は顔をしかめて応じた。


「毎回言っていると思うが、来る時は来ると前もって知らせろ。前回は出来たというのに、まったく」

「前回は現状を知らせるというしっかりとした用事があったからだ。今回は遊びに来ただけだからな」

「だとしても知らせろ。あと、ノックぐらいはしろ、ノックを」

「まぁ、うん。そこは善処してやっても良いが……なんだ? 鳥を囲んで深刻な顔をして。一体どうした?」


 応じたのはメリルだった。

 彼女はアザリアの頬をつつきながらに眉をひそめる。


「この子が調子悪いみたいでして、それでまぁ、こんな感じで」

「ほお。それで主従しゅじゅうそろってこれか? 大聖女殿の不在で、王国が揺れているこの時期にな。まったくのんきなことだな」


 マウロの皮肉めいた言葉に、メリルは軽く肩をすくめた。


「まぁ、確かにです。ただ、一応この子はレドさまにとっての大切なお客人ですので」


 これにレドは真剣な顔で頷いた。


「そうとも。確かにこの国は大変な時期だが、それとこれとは話は別だ。どうだ? 野鳥に通じている獣医などに心当たりは? あれば紹介して欲しいところだが」


 マウロは呆れた様子で首を横に振る。


「残念ながら心当たりは無いが……いやしかし、不思議なもんだ」

「ん? 何の話だ?」

「野鳥の状態にも心を痛める優しいボンボンのお前がな。よくもまぁ、長いこと憎まれ役を続けられたもんだよ」


 アザリアはわずかに感情を動かすことになった。


(憎まれ役……?)


 それは一体何の話なのか?

 レドにも疑問の感情が生まれたらしい。

 不思議そうに首をかしげた。


「憎まれ役? やぶから棒に一体何だ?」

「どう考えても、お前の大聖女殿に対する演技の話に決まっているだろうが。他に何がある?」


 アザリアが内心で「演技?」と疑問を呟く一方で、今度はレドに疑問は無かったらしい。


「あぁ、その話か。別に、不思議でも何でも無いだろうに」

「うさぎが狐のふりをするようなもんだったろ。どう考えても無茶だ」

「確かに最初は違和感もあったが、それが最善だったのだ。そのことは貴殿もよく知っているだろう? きっかけは忘れもしない。あれは10年前の……」


 自然とアザリアが耳を澄ますことになった。

 だが、話のきっかけになったマウロである。


「げぇ」


 そんなうめき声を発したのだった。

 次いで、彼は慌てた様子で首を左右にする。


「わ、分かってる! その話は重々承知しているわけで……くそ、しくじった。そうか、この話はどうしてもこれに繋がってしまうのか」


 妙なつぶやきを漏らすマウロに対し、レドは明らかな不満の表情を浮かべた。


「なんだ? これから良いところだというのに。私を友人と呼ぶのであれば、話の邪魔をしない優しさがあってしかるべきじゃないか?」

「そんな優しさは無い! むしろお前が優しさを見せろ! 俺が何度その話を聞かされたと思っているんだよ!」


 マウロの反応は望んだものとは違ったらしい。

 不満の色を濃くするレドだが、不意に彼は笑みを浮かべた。

 その表情は、なんとも言えない顔をしているメリルに向かう。


「どうだ、メリル? 君は久しぶりだろ? 聞いてみたいとは思わないか?」

「あー、けっこうです。耳にタコが出来るほどに聞かされましたので、これ以上は本当にもう」


 はぁ、とレドの嘆かわしげなため息が部屋に響く。


「そうか、まったく。どうにも貴殿らには優しさが足りないように思えて仕方ないが……いや?」


 何かを思いついたらしい。

 レドは満面の笑みを浮かべると、アザリアの顔を覗き込んできた。


「君はどうだ? 私が聖女殿に初めて出会った時の話だがな。聞きたいとは思わないか?」


 無意識にだった。

 アザリアが頷くと、レドは快哉かいさいを叫んだ。


「ははは、どうだ! 貴殿らも見ただろう? これがな、心優しき者の本来の反応というものだぞ?」

「偶然だろ」

「偶然です」


 彼らの反応は無視することに決めたらしい。

 レドは満面の笑みで口を開いた。

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